第21話(冒険者たち②)13歳

 その日の朝、わたしの部屋にソフィアが勢いこんでやって来た。


「アイカ、一大事よ」

「ソフィア、どうしたの?」

「屋敷に冒険者がやって来たかも」


 わたしはソフィアの口から「冒険者」という単語が出たことにまず驚いた。ソフィアの愛読書には恋する姫君は出てきても、冒険者は出てこないからだ。だが、彼女は大まじめだった。


「はやく、こっちへ来て」


 わたしたちは二階にあるソフィアの部屋に移った。窓から前庭をうかがうと、なるほど、それらしい一行が到着していた。


 二台の馬車と三頭の馬が見えた。総勢十人くらいだろう。使用人らしき者が荷ほどきをしている。


 わたしはソフィアが「冒険者」と言った意味がわかった。

 一団の中に、一目見て、ただ者ではなさそうな人物がいた。


 男性と女性だ。二人とも長身で、旅装のマントから褐色の肌がのぞいている。男性の方は背丈ほどの大剣を手にしていた。


「ほんとだ。なんだか冒険者って感じだね」

「ほら、アイカもそう思うでしょう」


 ソフィアとわたしは窓ガラスに顔をつけて無邪気にのぞきこんでいた。そのときだ。


 女性の方がふいに振り返った。そして、わたしを見た。その視線のあまりの鋭さに、わたしは思わずのけぞり、顔をそらした。


 わたしはこのとき、魔力を完全に遮断していた。これまでの反省から、他人の前では魔力を出さないようにしていたのだ。

 にもかかわらず、あの女性は明らかにソフィアではなく、わたしを見た。

 本当にただ者ではないのかもしれない。


 さて、この一団が正式な客なのであれば、いずれ挨拶する機会はあるだろう。そう思って、わたしとソフィアは楽しみ半分、怖さ半分で待っていた。


 エリナとヨハンナがわたしたちを呼びにきたのは、それから数時間後の昼前だった。


 身なりを整えて広間に行くと、ヨナスが三人の客人と向き合っていた。


 例の男性と女性がいた。

 二人はよく似ている。間違いなく血縁だろう。同じようなブラウンの短い巻毛で、深みのある黒い瞳が印象的だ。


 そして二人とも背が高い。長身のヨナスよりも頭ひとつ大きかった。両腕を露出した服装は動きやすさを優先したのだろうか。褐色の艶やかな肌が目を引く。


 三人目は若い男性だった。金髪で細身の美しい青年だ。こちらは対照的な軽装で、剣も持っていない。何だか冒険者というよりも商人のようにも見えた。


「帝都から来られた方々だ。しばらく逗留されることになった」

 ヨナスが言った。続いて、わたしたちを紹介する。

「わたしの妹のソフィア。それから従妹のアイカだ」

 ソフィアとわたしは挨拶した。


 ヨナスが細身の青年をハーリン卿、それから長身の男性と女性をサーリネン卿とそれぞれ紹介した。「サーリネン卿は姉弟だ」とも。姉と弟か。似ているわけだ。


「この屋敷は何かと騒がしいので、客人には離れの部屋を使って頂こうと思う」

 ヨナスはそう説明すると、わたしたちに「下がっていい」と言った。


 ヨナスは何だか表情が硬い。気持ちが急いているようで、挨拶は淡々としている。だが、わたしもソフィアも社交的ではないから、むしろそれは助かる。


 一礼して出ていこうとしたとき、長身の男がつぶやいた。


「あまり似ていないな」


 つぶやきが室内に響き、ソフィアもわたしも動きをとめた。


 姉が弟をにらみつけた。

「失礼であろう」

「これは失敬、ひとりごとだ。気にされるな」

 弟は悪びれた様子もなく微笑んだ。精悍な風貌でありながら、笑顔は意外なほどやわらかい。


 ヨナスがわざとらしく咳払いをする。

 ソフィアとわたしは広間を後にした。そして逃げるようにソフィアの部屋に戻ると、二人して顔を見合わせた。


「何だか奇妙な人たちだねぇ」

 ソフィアが挨拶を終えてホッとしたように言った。


 わたしは確信していた。

 三人とも魔法使いだ。

 間違いない。とりわけ長身の姉には底知れないものを感じる。


 それにしても、あの弟の言葉が気になる。彼は確かに「あまり似ていない」と言った。どういう意味なのか。


 ソフィアが言う。

「まあ、ヨナスとわたしは兄妹だけど、似ていないわよね」

「ううん、ヨナスとソフィアは、ヨナスとわたしよりは似ていると思う。同じ亜麻色の髪だしね」

「わたし、アイカと似ているって言われたかったな。あなたと姉妹に間違われたい」

「ふふ、また双子の格好でもする?」


 わたしはソフィアと軽口を叩いていたが、内心では動揺を隠すことに必死だった。


 ある予感に打ちのめされていたためだ。

 だが、それを口に出すのはおそろしく、はばかられた。


  ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎


 わたしは魔女の部屋に向かった。

 あの妙な来客について、アルマと話さねばならない。そんな危機感を抱いていた。


 アルマは時折、思念体のまま魔女の部屋にいる。だが、今日は不在だった。わたしは魔導書グリモワールから時の回廊に行こうとしたが、なぜかサイドボードの鍵がかかっている。


 何かおかしい。

 そもそも室内に魔力の気配がしない。


 一瞬、アルマが消失したのかと思って、驚きで息が詰まりそうになった。そこで、はたと気づいた。

 アルマほどの魔法使いが、あの一行に気付かない訳がない。


「師匠、隠れちゃったのかな」

 おそらくそうだろう。魔法使いに察知されることを懸念して、気配を絶ったに違いない。


 仕方ない。

 わたしは図書室の塔のらせん階段を降りた。

 彼らは何者なのか。改めてヨナスを問いつめようと思った。

 ヨナスはあの一団からわたしを遠ざけようとしている。ここ数日、思い詰めた顔をしていたのも、そのせいに違いない。


 だが、塔を出たところで、わたしはヨナスよりも先に、あの三人に遭遇してしまった。


 三人は平然と内庭に立っていたのだ。

 たまたま散歩でもしていたような雰囲気だったが、はたして偶然だろうか。


 声をかけてきたのは金髪の青年だった。愛想のいい笑顔で。

「これはどうも。アイカさん」

「ええ、どうも。ハーリン卿」


 そう答えながら、わたしの心臓は激しく動いている。


 この人たちは、味方なのか、敵なのか。

 わたしにとって危険な相手ではないのか。

 こんな風に警戒するわたしは、考えすぎだろうか。


 何しろ、わたしはレイン家に来てから魔法使いと遭遇していない。師匠のアルマと、街に居るサムエル先生以外には。


 ハーリン卿だけであれば、わたしも平静を保てただろう。

 だが、ハーリン卿の数メートル後ろで、わたしたちのやり取りに注視する二人の威圧感が凄まじい。二頭の肉食獣に見つめられているようだ。


 わたしは頭の中で考える。


 いま、時間をとめられるだろうか。


 わたしは時間停止を習得しつつあった。 

 二年間の、実際にはそれを上回る年月をかけて鍛錬を積んだ成果だ。ほんの数秒間だけだが、時間をとめられるようになった。


 もしも彼らが敵ならば。

 そして屋敷の中とはいえ、もしも襲いかかってきたら。

 わたしは時間停止で逃げられるだろうか——。










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