第3章 いつかの君へ

第14話 渋滞とラジオ

皆さんは、人間が待てる限界の時間についてご存じだろうか。


諸説あるらしいのだが、例えば病院や役所の待ち時間なら大体三十分前後でイライラし始める人が一番多いらしく、ATMでは五分前後、通勤電車の遅延では十分前後というデータがあるらしい。


つまり、環境の違いによるものもあるが、人間は大体五分も待たされれば大概イライラし始めるらしいのだが、それは僕らも例外ではなかったらしい。


そう、渋滞にハマっていたのだ。



「はああああああ!?!?!?!?!?!?!? なんで進まないわけ?? ちょっと凛歌どうにかしなさいよ!!」



「んなもん、どうにかしようとしてできるもんじゃないだろ!! そりゃ観光地に近いとこ行きたいなんて言ったらこうなるに決まってんだろ!!」



「知らないわよそんなの!! いいからどうにかしなさいな!!! 横からすり抜けていっちゃえばいいじゃない!!」



「それやったら逆走になっちまうだろ、できるか!!」



と、続く渋滞に我慢できずにキレだすとわと、そのキレたとわに、イライラしだす僕の攻防戦が車内で繰り広げられていた。



今日はまた、とわからのリクエストで、ある有名な海岸線沿いの通りに来ていたのだが、週末という事もあって、それはもう鬼のように混んでいて、中心街まで行くのに多分一時間半以上はかかるような形相なのであった。


距離で言えば中心市街地までは数キロにも満たないくらいの距離なのだが、片側一車線しかない道路に、ありえない数の車。詰まらないはずがなかった。


とは言え、ここまで来てしまった以上、引き下がろうにも引き下がれないし、行くところまで行ってしまおうと僕は決意を固めていたのだ。 



・・・・が、依然としてイライラして助手席でわめくとわとの攻防戦は、そのまま三十分以上も続きいい加減自分も疲労が溜まってきていた。



「・・・な、とわ。そういえば、昼飯何食べたい・・・?」



と、ふと話題を変えて話しかけてみるも、何やら反応がない。どうしたものか。


心配になった僕は助手席の方を見ていると、



「ぐううううう・・・・・がああああああああ・・・・・ぐううううう・・・・・・がああああああ・・・・・zzzzzz」



寝てやがるこいつ。 さっきまで馬鹿みたいに声張り上げてイライラしてたのにガッツリいびきをかいて寝てやがっている。


「この野郎・・・スヤスヤ寝てやがって。」


最初はちょっとイラっときていたものの、よく見れば人形のように美しい寝顔で、少しホッとしたような自分がいた。


「・・・・っと、しょうがねえ。ラジオでも聞くか。」


僕はパジェロのオーディオをそれまで聴いていたCDからFMラジオに切り替えて、ラジオから流れてくるDJの華麗なトークに耳を澄ました。


よく聞いていたら、このDJは学生時代よく聞いていた深夜ラジオ番組のDJと同じ人だったようで、耳に馴染みがよくて、なんだか懐かしい気分にさせられていた。


ラジオは、テレビなどと違って視覚的な情報はないけれど、優しい声が耳に伝わり、リスナーが送った人生の悩み、誰かへの思いをつづった手紙や、それに応えるパーソナリティ、DJとの掛け合い、そしてスタジオと聞き手の空間が繋がったかのような独特の空気感。なんだかそれがとても魅力的に感じていたのだ。


その時にしか聞けない、あの独特の空気感が、学生時代のまだ青かった僕にはとても特別で、尊いものなのだった。


そんな、あの時と同じ気持ちのいい空気に浸っていると、ふとDJがリスナーからのリクエストに応えて、ある歌を流す運びになっていた。


「それでは聞いてください、・・・・・」


聴き馴染みのいいイントロが流れ始めた。 どうやら、僕が学生時代にたまに聞いていたアイドルグループの曲の様だった。


この曲は誰もが中高生時代に抱くような社会、そして大人への不満、抑圧される気持ちを思いきり炸裂させるような曲で、学生時代聴いていた時は、とても痛快な気分にさせられるような曲だった。


今聞いてみると幾分青臭すぎるフレーズも沢山あって、なんだかちょっとむず痒い気分にもなったりしたけど、どこか今の自分に欠けているようなものが思い起こされたり、また刺激を受けるような気がして、なんだか、あったかい気分にさせられていた。



気付けば僕は、その曲を口ずさんでいた。


あの頃と同じ気持ちと、今の少し荒んだ気持ちを混ぜ込んで、声に乗せた。


なんだか、とても気持ちがよかった。歌を歌うのはいつ以来になるのだろうか。すぐにパッと自分でも思い浮かばない辺り、自分が思うよりずっと前から歌っていない気がする。


歌を歌う。様々な思いのこもった詩を、自分の中にある思いと、誰かに届けたい思いを持って、音楽にのせて、声を奏でるように紡ぐ。改めて言葉としてまとめると、不思議な感じすらする行為だけれど、こんなに気持ちいいことだったっけ。


ふとそんなことを考えながら、僕はこの歌を熱唱していた。今ある音域を全て引き出して、喉を震わせて、奏でた。この曲は確か四分半くらいの曲だったと思うけど、一分くらいかと勘違いするほど、歌っている間の時間はあっという間に過ぎた。


サビ、間奏、ラスサビ・・・最後の最後まで気持ちよく歌い終え、そのまま余韻に浸っていると、


「・・・ねえ、貴方。凄く歌が上手じゃない。 なんだか凄い染み入ったわ。」


なんと、とわが起きていた。

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