第3話


 少年は慎司しんじと名乗った。

 昔懐かしい名前だなと思ったら、祖父が好きだったロボットアニメの主人公から名付けられたと言う。

 そのアニメを見せられて育った慎司しんじは、無類のロボット好きになったそうだ。


「俺が慎司しんじなのに、じいちゃんの名前は聖騎士ないとって名前なんだぜ? 当時はキラキラネーム? とか言うのが流行っていたんだってさ」


 光輝星らいとは苦笑いを浮かべる。

 自分もその一人なのだから。

 光輝星らいとはその少年と老人を送り届ける間、少年の身の上話を聞いた。少年は幼く見えたがだった。

 日本は15年前から成人年齢が16歳になった。同じく年金を取るのも16歳まで引き下がった。そして少しでも多くの人間から国民年金を取れるようにしたのだ。


「うちは生まれた時から母ちゃんとじいちゃんしか居ない家庭だったけれど……俺が成人して、働ける大人が二人居るから、介護ロボットが支給される優先度がかなり低いんだ。おじさん知らないの? 介護ロボットはまだ全国で20%くらいしか普及していなんだよ? おじさんはその中で選ばれた、ラッキーな人なんだよ」

「……そうなんだ。おじさん、あんまりニュースを見ないから。……君は高校にも行っているんだろう?」

「うん、でも俺の高校はオンラインでも平気だから、俺が家で勉強してじいちゃんの世話をしているんだ」

「ずっとオンラインで?」

「うん……別に寂しくないよ! オンラインでも友達はたくさん居るから」


 光輝星らいとは学生時代を思い出す。

 不良では無かったが、真面目でも無く、そこそこの進学校に行き、放課後は友達とカラオケやボーリング、ゲーセンに入り浸り、バイトにも明け暮れていた。

 楽しかった。

 その頃の光輝星らいとは家族の世話をするなんて選択は一つも無かった。

 なのに、この少年はたった16歳で学校に通う時間を削って、祖父の世話をしているのだ。


「でも、バイトも行かなくちゃいけなくて、めっちゃ大変!」

「え、でも母親は働いているんだろう?」

「母ちゃんも強い人間じゃないからね。俺がコンビニでバイトして家計を支えてんの」


 その時、慎司しんじはずっと紙袋を持っていた事に気が付いて、光輝星らいとに差し出した。


「あ、ごめんなさい。ずっと返し忘れちゃった。これ、母の日用?」


 光輝星らいとはその中で揺れたカーネーションを見て、なんだか申し訳ない気持ちになった。

 自分も大変だった。

 日夜ずっと母親と二人きり。数年前から諦めていた。人生の全てを。

 しかし、この少年はたった16歳で光輝星らいとと同じなのだ。しかも祖父はまだ若い。下手すれば20年以上生きる。それをこの少年は青春を全部使って世話をするのだ……。


「…………これ、君のお母さんにあげて」

「え?」


 慎司達のアパートの前まで来ると、その紙袋を少年に差し出した。そして、光輝星らいとは逃げる様に自分の家まで走り去った……。


 ……家に辿り着くと、光輝星らいとを笑顔で迎えるあおいとみどり。


 ――幸せだった。

 そこには幸せがあった。


 しかし、光輝星らいとのすぐ傍で未来ある少年が、光輝星らいとと同じ闇から逃れられないで居るのだ。


「どうされました? お食事にしますか?」


 みどりの笑顔が、光輝星らいとの目に映る。

 手放したくない。

 この幸せを。この気持ちを。

 でも知ってしまった。

 母親の介護で知らなかった、歪んだ世の中の厳しい哀れな現実を……。


 その日の夜。

 眠っているあおいの傍に寄り添うみどりを、ずっと見ていた。

 本当の女性ならば照れるか怒り出すほどに見つめた。それほど、大事な母親を優しく見守る愛おしいみどりから目を放したくなかった。

 その光景はとても神聖で、光輝星らいとが侵してはならない空間に思えた。

 

 光輝星らいとは涙を堪えて、その光景を目に焼き付けた。

 ずっと――。




 ――そして、翌朝。

 痛む頭を抑えながら、スマートフォンに登録されたK市の福祉課の番号を、十五回押すのを躊躇とまどい、十六回目で押した――。




◇◇◆




「か~ら~す~、なぜ鳴くのぉ~からすは山にぃ~」


 あおいは朝から楽しそうに童謡を歌い、千切ったおむつを振り回す。光輝星らいとはそのおむつを片付け、汚れたシーツを代える。


光輝星らいと~! 光輝星らいと~!!」


 呼ばれて顔を出せば、


「あ? あんた、誰?」

「……光輝星らいとだよ」

「馬鹿言え、光輝星らいとは25歳だよ! 光輝星らいとはどこ行ったんだい!」

「だから、あんたの光輝星らいとはもう65歳になったんだよ!」

「嘘つけ! この嘘つきカラス~!!」


 ――みどりをK市に返してから半年が過ぎた。再び、あおいの世話に明け暮れる日々がやって来た。

 しかし、光輝星らいとは以前の様な絶望感は無かった。時々……あおいと喧嘩した時や、睡眠が取れない時はやはり後悔はするが、それでも自分が選んだ道。

 光輝星らいとは一人であおいを最期まで看取る覚悟をしたのだ。

 また粗相したあおいと格闘していると、インターホンが鳴った。

 するとあおいもそのインターホンに合わせて「ぴんぽん、ぴんぽん、大正解!」と陽気にクイズ回答者になってしまった。ご機嫌の内に、急いで玄関へと向かい扉を開けた。


 そこには、慎司しんじが居た。

 紺色のブレザーに、灰色のスラックス姿。黒の学生鞄を肩に掛けて、気恥きはずかしそうに頭を下げた。


慎司しんじ君……!」

「……おじさんのせいで、福祉課のブラックリストに載っちゃったよ。何回この家の住所を聞きに行ったと思う?」


 光輝星らいとは笑った。それから、今は手が離せない事を告げると「俺が中に行くよ」と慎司しんじは初めての家なのに、遠慮なく家に入って来た。そして、あおいを見て「こんにちは」と言うとあおいは「おかえり! 光輝星らいと!」と慎司しんじ自分らいとと勘違いした。


 光輝星らいとあおいの世話をしながら、尋ねた。


「……みどりはどうだい?」

「俺の姿見たら分かるだろ?……三ヶ月前から通学出来ているんだよ」

「それは、良かったな! やっぱり、子供は学校行かないとな」

「だから、もう大人なんだって!」


 長年の慣れなんだろう。会話しながらも慎司しんじあおいの汚れた衣類を代える作業を自然と手伝ってくれる。

 新しい防水シーツを数枚持って来てくれた慎司しんじは、ぽつりと言った。


「……俺、勉強するよ」

「えー?」

「俺、おじさんのために、たくさん勉強する」


 慎司しんじは突然、そんな事を言った。


「……おじさんと、みどりさんがくれた俺らしく生きる時間を大切にして、みんなが幸せになる様な……日本中の介護に苦労している全員分のロボット、俺が作るから! だから……」


 慎司しんじは涙を零していた。

 光輝星らいとは微笑み、ティッシュを差し出した。


「……ありがとう、おじさん……」

「……うん、焦らずにゆっくりと楽しんで大人になると良い。若い時の思い出は大事なんだ」

「でも、そんな事していたら、おじさんにいつ恩返し出来るか……」


 光輝星らいとはしばらく考えてから応えた。


「じゃあ、いつか。慎司しんじ君がたくさんの介護ロボットを作り終えた時、僕にみどりを返して欲しい。僕はみどりの笑顔がまた見たいんだ」


 慎司しんじは涙を防水シーツで拭い、へっちゃらだとばかりに叫んだ。


「そんな、そんなの、お安い御用だ……!」




◇◇◇





 ――それから十数年後――


 数年前から介護認定を受けた希望する家族には、くまなく介護ロボットが支給される様になった。日本はここ数年で介護ロボット業界で飛躍的な発展を遂げ、今やそのロボット需要は世界中で注目される様になっていた。


 ――その介護ロボットエンジニアとなった慎司しんじは、既に旧型となっていた介護ロボット『みどり』に最期のデータを入力していた。


 みどりは介護ロボットの試作品として生まれた機械だった。

 同時期に造られたロボットは既に寿命を迎え、数年前に廃盤になっている。

 実はみどりも数年前に急停止してしまい、旧型故の部品不足などから修理が不可能となってしまった。

 しかし、慎司しんじはあの人との約束を守るため、みどりを復活させるために時間と労力を注いだ。あと数年、数か月でも良いから、動いてくれる様に奇跡を求めて。

 そして今日。

 奇跡を手に入れたみどりは慎司しんじの手を離れ、最期の居場所へと旅立って行った。

 


 ――早朝。

 みどりは静まり返った古びた家に勝手に入ると、ベッドで眠っていた白髪の老人を覗き込み、微笑んだ。


 あれから数十年。

 変わり果てた老人と変わらない姿のロボット。

 命の限りを知った二人は再び出会い、そして最期の時を過ごすパートナーとなる。


「……光輝星らいと様。慎司しんじ様より派遣されました、寄り添うロボットの『みどり』です………」


 そう囁いたみどりは「ただいま戻りました」と呟き、懐かしい光輝星らいとが目覚めるのを、今か今かと心待ちしているのだった。



ー完ー

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介護ロボットのみどりさん さくらみお @Yukimidaihuku

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