恋は領域外の侵略者(比喩でなく)

紺色 紺ノ介

恋は領域外の侵略者(比喩でなく)

 恋と愛。どちらが先に生まれたのかしらね。

 恋のための愛なのか、愛のための恋なのか。

 恋したいのか、愛したいのか。

 恋しなければならないのか、愛しなければならないのか。

 考えても、不毛かもしれないわね。

 けれども、考えるまでもなくこの世界には、

 愛よりも恋が、多すぎる。

 不毛なほどに、多すぎる。

 釣り合ったような二つは、実のところ不釣り合いなほどの差があったのよ。

 釣り合ったフリをして、天秤上の愛の皿は、天に届きそうなほどに、持ち上がっていたの。

 それってとっても、不自然じゃないかしら、ねえ。

 そう思ったのは、そう思えたのは、

 私たちが、あくまで愛に、重きを置いて生きてきたからなのかしら。

 私たちの中では、愛の皿が、重く沈んでいたからかしら。

 それってとっとも、超自然的じゃないかしら。

 ねえ、どうお思いかしら、あなた。


 


 1

 喫茶『ラブアンドピース』は、本日貸し切りである。都心のビル街に、ひっそりと店を構えているそこは、決して有名なお店ではない。が、けれども、有名な人物が通うお店、ではあった。本日は、そんな彼女らの密会の場として、真夏の日中だというのに窓という窓にカーテンをして、密やかな雰囲気を醸し出していた。

「はぁい、エメコでーす! あ、じゃなくて、愛花でーす!」

 エメコとも、愛花とも名乗った彼女は、少し幼げな表情を、けれどもどの女性よりも可愛く整った表情を、これでもかと可愛らしく型作りながら、左右に分けられた明るい金色の髪を揺らしながら、名乗りを上げていた。その服装は意外にもシンプルなワンピースであったが、それがことさらに、彼女の可愛らしさを際立てているようであった。

 配信者、エメコ。本名を、糸推士愛花(いとおしまなか)という。彼女は、その可愛らしさ、愛らしさでネットの海に君臨する、愛のインフルエンサーである。自他共に、そう呼んでいた。

「あ、あの、書切、愛、です。ほ、本名は、柿霧、藍子、です」

 愛花と同じく、二つの名を挙げた彼女は、自分のかけているメガネにやたらと触れながら、おどおどとした様子で、自分の名前をこぼしていた。服装の色合いは地味にまとめられていて……と語るまでもなく、わかりやすいスーツ姿であった。真夏なのに、なぜか彼女はジャケット込みのスーツ姿で、この場を訪れていた。髪の毛は黒く、肩までの長さであったが、前髪は長く伸ばされており、メガネにまでかかる長さであった。そのせいか、表情が隠れて、暗さに拍車をかけているようだった。

 小説家、書切愛(かききりあい)。本名を、柿霧藍子(かききりあいこ)という。彼女は、その見てくれ、様子とは裏腹に、愛の物語を書くことに長けた、ラブストーリーからホームドラマ、その他諸々の物語全てを愛でいっぱいにする、愛のメジャーノベリストである。あまり自分では、そうは名乗らないようではあるが。

「二人とも、今日はありがとう。私は紫陽めぐみ。紫陽花愛、のほうが通りはいいかもしれないけれど」

 二人に続き、またしても二つの名を挙げた彼女。藍子とは違い、栗色のロングヘアをさらと揺らしながら、はきはきと自分の名前を発した。どこか圧迫感があるような、どうどうとしたその声は、けれども彼女の美しさも内包しているような印象を受ける、綺麗な声であった。その声に見合う程に、彼女は美人であった。服装は、フリルのついた白いワイシャツを着てはいるものの、短めのデニムと、黒いハイヒールを履いていて、活発な雰囲気であった。

 女優、紫陽花愛(あじさいめぐみ)。本名を、紫陽めぐみ(しようめぐみ)という。彼女は、その美しさと、己の演じる力によって、数多のラブドラマや愛憎劇で活躍をしてきた、美しくも気高い、愛のアクターである。彼女はそんな自分を、心から誇りに思っているのだった。

「わぁ、めぐみさんだ! エメコ、憧れなんです!

「ふふ、ありがとうね。ええと、愛花ちゃん」

「はい、エメコは、愛花です。これはその、配信中にうっかり名前を出さないように、気をつけているだけなので、お気になさらずぅ」

「そう、わかったわ。大変なのね、配信者というのも」

「そうでもないですよぉ? エメコ、楽しくてやっているだけですし! 大変っていうならぁ、文字を書いている先生のほうが大変そうですし。ね、書切先生?」

「せ、先生だなんて、と、と、とんでもないです。ゆ、有名人のお二人と比べちゃうと、わた、私、なんて。へ、へへへ。どうぞ気安く、ただの藍子と、お、お呼び下さい」

「あら、先生は世の女性陣の中では、特に有名だと思いましてよ? 女優仲間の間でも、もれなく先生の作品を愛読されていますわ。胸をお張りになって、先生……じゃなくて、藍子さん」

「そうですよぉ、藍子さん、自信を持って下さいよぉ。エメコも、配信中に話題にしちゃうくらい、マジリスペクトなんですからぁ」

「へ、っへへ、あ、ありがとうございます。お、お二人にそんな、言われちゃうと、へ、ふへ、嬉しい、です」

 話しが途切れるところを知らなかった。女三人寄ればなんたら、その通りである。決して、本日三人が一堂に会したのは、こんな姦しくお喋りをするためではないのだが、しかし三人寄ればなんとやら。知恵を出し合う前の、大事な大事な前座であることは確かなのだった。

 テーブルに置かれたアイスコーヒーの氷が、カランと音を立てて溶けていく。冷房の効いた店内で、けれども氷が小さくなるまで、三人は談話を止めることはなかったのだった。


 2

「じゃあ、互い互いにお互いを知ったところで。そろそろ本題としましょうか」

 三人の中でも一番の年長者(詳しい年齢は控える。レディの年齢を知ることは、宇宙の真理を知るくらいに、危ういことである)であるめぐみが、率先して談話を止めた。その合図に、一つの文句もなく口を閉ざした二人の様子を見るに、全員がしっかりと、本題は忘れていなかったというところであろうか。

 それとも、本題を目の前にして、全員が緊張していたとか、現実逃避をしてしまったとか、そういう見方もできたが、どうであるかは、告げられなかった。

「はぁい、めぐみさん」

「そ、そうですね。そのために、集まりましたがゆえ」

「では。今日という日に、私たち三人……似ているところがありそうで、まったく接点のなかった私たちが、互いの呼びかけで集まった、その理由。本日の、表題を、語りましょう」

「「「つまり、愛よりも恋が多すぎる問題について」」」

 三人の声が、なんの示し合わせもなく揃った。そんな、驚くくらいの息の合いようは、この三人であったから、と捉えることが、自然であるように思えた。

 その、生きとし生けるものの大半が、あまりにも自然的に享受しているそれ、恋に関しての不和を感じ取った、愛に特化した三人なのだ。息も合うだろう、といったところだ。

「これは、とてもおかしいこと……の、はずなんですぅ」

「は、はい。愛が多いというなら、ま、まだしも。恋が多いというのは、ほ、ほほ、本末転倒」

「そう。本来なら、愛が多いことが、世界としては超自然的なはずなのよ。だというのに、日本に限らず、この世界は今、恋であふれかえっている」

「「「生物的に、愛を本能に据えるならまだしも、恋を本能に据えるというのは、自然にするには、あまりにも不自然」」」

 ちなみに、この三人が話している世界についてだが、決して異世界や別世界、パラレルワールドの話しをしているわけではない。現代世界、現代日本、現代社会での話しである。

 おおよそ、一般人がその話を聞いてしまったとしても、理解できずに首をかしげるのが精々の反応であろう。そんな、わけのわからない表題についてを、彼女らは、どこまでも真面目に、真剣に、話し合っていた。

「ていうかぁ、愛のない恋が多すぎるのよねぇ。エメコ、オコですよ?」

「ふ、不自然、極まります。けれど、この不自然さに気付けないほどに、げ、現代社会人は、恋に侵されている……浸食されて、支配されている」

「きっと、私たちのこんな話しも、ただの与太話だと思われてしまうのが、関の山なのでしょう……不本意ですわね、甚だ」

 三者三様表情を歪め、怒りや不安、焦燥の意を表していた。各々の界隈で有名な人物達が、一同にそんな表情をしていれば、一般人にも少しの説得力をもてそうな気配もある。そんな雰囲気に、店内は浸されていった。

 そもそも、恋が多いとはどういうことだ。そんな質問を封殺するくらいの、雰囲気であった。

 そんなもの、恋が多いということだ。そんな当たり前のことを聞くなという、雰囲気であった。

「そこで、私たち愛のプロフェッショナル三人はぁ、恋に対しての所感をまとめることにしたんですよねぇ」

「はい。そ、そうですね。せ、せ、せんえつながら、わた、私が基礎を作った案に、皆様からの意見を貼り付けて、検証を繰り返してきた、そ、その結果を」

「それを元に、今後の行動を決めよう、ということですわ。今回の集まりは、その決起集会、と言ったところですわね」

「「「すなわち、恋とは、領域外から訪れた、人類を侵略する者である、ということに対しての、対策について」」」

「私たちがぁ」

「お、各々もてるその愛で」

「領域外の侵略者から、人類の愛を守らなければですの」

 三人は、どこまでも真剣な表情で、視線を交わし合っていた。そうして、藍子が自分のバッグからとり出し、テーブルに置いた資料に、視線を移すのであった。

『恋の定義。領域外の生命体と定めた上での所感』

 その資料は、そんなタイトルから始まっていた。

 


 3

 恋とは、と語りを始める。

 恋とは、ときめきだ。恋とは、憧れだ。恋とは、焦燥だ。恋とは、狂気だ。

 現代に至り、恋というものに、あまりにも大きな価値の付加がなされていることは、一目瞭然である。

 しかし、原初を忘れている。恋とは、そういうものではなかったはずだ。

 恋とは、愛への道だ。

 生きるものが、その数を増やすために、その身に刻まれた、本能。そうでなくても、一つの存在と、一つの存在の、人生を結ぶための、本能。それが、愛の原初。

 ドラマチックでもなく、ロマンチックでもない、生物学的な、こんな理論。けれども、これが愛の原初であることは、違いようのないほどに、間違いのない事実なのだ。

 それでも、愛はそれ以外の付加価値がある。その意見を、否定するつもりはない。

 私を含め、私たち三人、その付加価値を追い求め、愛を磨いてきた。

 けれどもそれは、愛の原初を強固にする、付加価値なのだ。結局は、愛の原初へと人間を導く行為へと、なっている。

 けれども、恋はどうだろう。恋の付加価値は、どうだろう。

 恋は、愛へと誘う強い力にもなる。それは、本来存在する恋である。

 が。

 愛を壊す、恐ろしいものにもなる恋がある。

 それは、不自然なのだ。

 本来、不自然なものなのだ。

 それを、現代の人々は、けれどもあまりに自然に、受け入れている。

 愛を壊す恋でさえも、受け入れてしまっている。

 その恋は、自然のものではない。

 そう感じた私たちは、その恋を、超不自然なその存在を、こうであると定義した。

 この世界で、生き物が愛し合うこの世界で、超不自然な存在。愛を侵すその存在。

 つまり、地球の自然定義と相容れない、地球外のものであると。そのうえで、愛を侵して略奪するものであると。

 だから、地球外、領域外からの侵略者であると、そう定義した。

 この定義は、正しいと確信している。あまりにも自然で、腑に落ちる定義であると、私たちは確定している。

 なにより、この定義を提唱できた私たちは、愛に重きを置いた活動をしているのだ。

 だから気付けたのだと、ことさらに確信できているのだ。

 これから記すのは、恋という、本来の愛への道であるこれを偽り、地球に侵略をしてきた、領域外の侵略者を絶やすための、計画だ。作戦だ。

 名付けて『恋の侵略防衛戦』とする。


 配信者として、絶大な人気を誇る、エメコ。

 貴方には、その力を大いにふるってもらい、貴方のファンである人々から、徐々に目を覚まさせていってほしい。

 悪気なくいっても、貴方の人気には、最早宗教的な熱狂がある。カルト的な人気がある。

 そんな、数多いるファンの、神様である貴方の言葉は、その人々に届く。

 愛のインフルエンサーである貴方の言葉は、人々に届くのだ。

 まずは、恋の中に、領域外の侵略者がいるであろう事実に、気付いてもらうところから始めるのだ。

 そうして、各方々に、人脈を広げて欲しい。ファンを通じて、ありとあらゆる方々へ、その顔を広げて欲しいのだ。

 貴方のファンの中には、どこぞのお偉いさんや、権力のあるものが、必ずいるはずだ。なにせ、匿名性が渦を巻くネットの海だ。必ず、貴方へ熱狂的な視線を捧げる、権力者がいる。言い切れる。

 貴方は、そんな一部のファンに、手を伸ばして欲しいのだ。貴方を心酔するその人々を、味方につけてほしいのだ。

 これが、第一フェーズ。


 次は、私、書切愛の番だ。愛の小説家として、私は動く。

 もうすでに、新しい作品として、恋と愛の話を出版することが、決まっている。

 その作品に、私たちのメッセージを書き潜める。読み手に託す。

 内容は、今この世界で起きている、恋のフリをした侵略者を、どうするべきかを問う、愛を守るための物語だ。それを、誰にでも読めるように、面白く、感動的な作品にして、私は世の中にばらまく。

 愛のメジャーノベリストである私の文章は、人々に届くのだ。

 エメコに宣伝をしてもらいつつ、私の文章は、日本中の人々の目につくだろう。英語かでもすれば、いっそ世界中にも。

 そうして、ゆっくりと全世界の視線を、引きつける。領域外の侵略者、その存在に気付いてもらう。問題にしてもらう。

 私の文章で、世界中に問題を提起するのだ。放っておけなくなる程に、強大にしてしまうのだ。

 これが、第二フェーズ。


 もちろん、私の文章を世界に広げるために、貴方の力も借りたい。日本でも世界でも絶大的な人気を誇る女優、紫陽花愛。貴方の拡散力は、エメコとは違った力を持っている。

 エメコでは届かない人々に、貴方の影響力は手が届く。その人々へと声を発しつつ、私の作品を広めて欲しい。広告塔として、紫陽花愛という女優は、最高の力を持っているのだ。

 そして最後には、私の作品を、私たちの意見を、映像化してもらう手引きをして欲しい。領域外の侵略者としての恋を、映像を用いて形にして欲しいのだ。それを全世界に拡散して欲しいのだ。

 主演はもちろん、貴方だ。そうなるように、私は主役の設定を作っているので、貴方が声を上げれば、いや、挙げなくてもあちらのほうから、必ず主演のオファーがくるだろう。

 映像作品になれば、ネットを見ない人にも、文章を読まない人にも、届くはずだ。

 愛のアクターである貴方の演技力は、人々に届くのだ。

 そのうえで、貴方にはこの作品が、現実を捉えているように思えてならないと、声を高くして発言し続けて欲しい。

 全世界の人々が、その定義に、提起に、少しでも触れることができるように。

 こうして、三者三様のアプローチをして、第三フェーズまでは完了する。

 愛のプロフェッショナルである私たちが、その愛をかけて全力で動けば、完了する。必ず、と、断言をしよう。

 そうして、私たちは最終フェーズへと、駒を進めることになるのだ。

 最終フェーズ。私たち三人が合わさって、領域外の侵略者を炙り出したあとの、策。とどめの、作戦。

 それは――



 4

 喫茶『ラブアンドピース』は、本日貸し切りである。都心のビル街に、ひっそりと店を構えているそこは、決して有名なお店ではない。が、けれども、有名な人物が通うお店、ではあった。本日は、そんな彼女らの密会の場として、真夏の日中だというのに窓という窓にカーテンをして、密やかな雰囲気を醸し出していた……などと、これと全く同じことが、三年前にもあったな、と、喫茶店のマスターは思いながら、三人の女性にアイスコーヒーを持っていき、そそくさとカウンター裏へとさがっていった。

「それではそれではっ! 恋の侵略防衛戦、大成功を祝して!」

「あ、あと、映画の大成功、を、しゅ、祝して!」

「なによりも、私たち三人の愛を祝して」

「「「かんぱーい!」」」

 かーん、と、アイスコーヒーの入ったグラスが、軽やかな音をたてた。乾杯をした三人、それは三年前と同様、愛を持って世界を救わんとした三人、配信者に小説家、そして女優であった。

「いやぁ、エメコの人生始まって一番の、ドキドキでしたぁ。ファンの皆に声を届けられるかな、って心配だったけど。でもでも、皆、エメコの話しを、ちゃんと聞いてくれて、嬉しかったなぁ」

「愛花ちゃんの影響力は、本人の思うところよりもずっと大きかった、ということよね。しかもそれを、藍子さんはすっかり見抜いていた上で作戦を立てていたんだから、流石だったわね、うん」

「そ、そそそそんなことないですっ! あ、あくまで、客観的な立場から観察して類推した結論であって、そ、その、作戦がうまくいったのは、二人の尽力の賜物でありますがゆえ……」

「そりゃあ、エメコもめぐみさんも頑張ったけどさぁ。でもでも、藍子さんだってすっごく頑張ったじゃない! 本もそうだけれど、計画外の事件が発生しても、冷静に対処してくれて……まさか、エメコのストーカーさんが、外国のスパイさんだったとは、思いもしなかったですよぉ」

「そうね。あくまで表立つ私たちとは違い、ある程度裏方に徹してくれていたからこそ、藍子さんの参謀としての力は計り知れなかったわ。まさかまさか、各国全ての政府中枢にまで、奴らが侵略をしていたとは、さしもの私も想像すらしていなかったもの」

「わ、わたっ、私はその、話しを想像したり類推することが、い、生きがいのようなものですから! こ、こうなんじゃないかな、って、想像することは容易いわけで……結果を引っ張ってきてくれたのは、お二人ですから。愛花さんは、各外国語を駆使して、全世界にファンを拡大して、スパイの尻尾を掴む力を得た。めぐみさんは、その美貌と、心に秘めた度胸を用いて、各国の要人と交渉までしていただいて、そのおかげで全世界にこの作品が広まった。この決定打は、お二人でなければ打てない作戦、空想論だったのです、から!」

「もぉ、相変わらず謙遜がすぎるなぁ、藍子さんは。じゃあもう、三人平等にがんばりました、ちゃんちゃん、でいいですよぉ」

「そうね、決定打も裏方も、どちらも欠かせないものだもの。私たち全員、よく頑張ったわ」

「は、はい! そ、そうですよね。その頑張りの成果として、領域外の侵略者である、こ、恋を偽る存在を、人類は手放せた、のですから」

 姦しかった。三年前と全く変わらず、女三人集まれば、姦しくも華やかな喋りの場が、花を咲かせるのだった。

 違うところを挙げるとすれば、今回は件の作戦が成功した、祝賀会だ、というところだ。

「そこは、当初の推測通りだったわね。私たちが、侵略者について世界中に発信する。そうして、偽りの恋があることに気付いてもらう。その正体を……私たちにとって理解できる範疇へと体を正して、映像化する。実体化させる」

「で、最後は人類の手で、偽りの恋に扮した侵略者を、宙に手放して打ち上げる! いやぁ、痛快な作戦でしたなぁ」

「き、きっと、ここまでうまく作戦が成功した要因の中には、世界中の人々の中にも、恋に対する不信感や不自然さ、それに薄々気付いている人がいたから、だ、だと推測されます」

「そうね。でも、考えればあまりにも、最もなことだったのよ。いくら、偽物の恋に侵略されていても、本物の愛を、忘れたわけじゃなかったのだから。だからこそ、不和に気付けたのよ」

「あーん、愛の完全勝利ですねぇ! けれど、やつら侵略者の目的は、結局の所なんだったんですかねぇ?」

「し、侵略者に心まで侵された、政府の要人さんが、こ、こう言っては、いました。いわく、人間が恋をするときの、熱をエネルギーとしたかった、と。それと、副産物的に、偽物の恋で侵して、愛までも奪い去って、人類を滅ぼす予定でもあった、と」

「……副産物的に、滅ぼされたらたまったものじゃぁないわね」

「ほんとですよぉ! ま、今回は人類の勝利で終わったんですけれどね!」

 彼女らの話を聞く限り、そして、彼女らの上機嫌なさまを見る限り、作戦は大成功であったようだ。これにて、侵略者との戦いは終わり、世界は平和な愛で包まれました、で終わる流れのようであった。

「もちろん、そうは問屋が卸さないのですが」

「きゃ! わ、ま、マスター、どうかしましたか?」

 三人の座るテーブルのそばに、いつの間に来ていたのやら、喫茶店のマスターが立っていた。片手に銀色のトレイをもち、その上には色とりどりのフルーツパフェが三つ、乗っていた。それを、もう片方の手で、三人に配った。

「え、っと。マスター、私たち、パフェなんか頼んでないと思うのですけれど」

「えー、マスターちゃんもしかして、お祝いのパフェですかぁ? もぉ、気前いいんだからぁ」

 一人だけ、喜びの声を上げたのは愛花だった。そもそも、この喫茶店を集合場所に決めたのは、愛花だった。彼女はこのお店のマスターと知り合いで、好意で店を貸し切らせてもらっているのだった。常にサングラスをかけた初老のマスターを、愛花はいたく気に入っていたのだった。

「いえ。こちらはお祝いではなく……いや、お祝いはお祝いですかね。まあ、前祝い、なんですが」

 そういうと、パフェのなくなった銀のトレーから、マスターは一つの手紙を取り、テーブルの中央に置いたのだった。

「て、てがみ?」

「それに、前祝いって。マスター、あなたいったいなにを……」

「ちょ、ちょっとマスターちゃん、今日はジョークが難しすぎるよぉ」

「愛に集いしお三方。この度は、偽りの恋、その一端の退治、お疲れ様でございました。こちら、フルーツラブパフェ、当店のオススメを差し入れさせていただきます」

「え……え?」

「……」

「わ、やっぱりお祝いなんじゃーん……ん、んん? マスターちゃん、一端、って言った?」

 マスターは、礼儀正しく、深々とお辞儀をしながら礼を述べた。それは、三人にとっては嬉しいものではあったが、それ以上に聞き捨てならないワードが、彼の口から飛び出したことに、気付いたものから表情を曇らせていった。ニコニコと笑顔だった愛花が、遅れながら表情を曇らせて、雰囲気はすっかり重たくなってしまった。

「ええそうですよ、お三方。一端とはいえ、一番大きな一端を退治してしまったがゆえ、その眼を曇らせているようでございますが……残念なことに、偽りの恋は、かの侵略者のみではございません」

 マスターの言葉に呆然として、二の句の告げない三人を横目に、マスターは淡々と、言葉を述べていく。遠慮なく、ずけずけと、この話がまだ、終わっていないことを告げていく。

「つきましては、この事象を認識してしまったお三方には、偽りの恋を全て退治してもらわなければ、いけなくなってしまいました。まして、このまま返すわけには、いかないのですよ。そちらのお手紙は、私からの契約書、でございます。お三方、貴方達には、愛のエキスパートとして、恋を退治してもらう、ラブバスターズとして、活動してもらいます」

「えぇ……そのチーム名はだっさいよぉ」

 センスの琴線に触れてしまったチーム名に、どうにか苦言を吐いた愛花。マスターは苦笑いをしながらそちらをむいて、最後にこう告げるのだった。

「ご存じでしたでしょうか。使い方が変わりはすれど、英語では、恋も、愛も、ラブ、と総称するのですよ。他外国も、一つの言葉に恋と愛が混在しているところが多いです。けれども日本では、こうして恋と愛を言葉の上、文字の上でさえも分け隔ている。だから、世界のどこを見ても、貴方達にしか、偽りのラブを、偽りの恋として認識できる人は、いないのです、はい」

 だからこその、ラブバスター、というわけなのです、はい。と、マスターは告げると、そそくさとカウンターへとさがってしまった。

 残された三人は、各々に一つ、素敵なパフェを送られてもなお。

 互いの顔を見て、呆然とすることしかできないでいたのだった。



 こうして、三人は幸か不幸か、これからも三人で活動をすることになる。果たしてどんな存在を退治するのか、偽りの恋の真実とは、そして彼女らのチーム名はどうなったのか!

 それはまた、別のお話で。


 続

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