第10話 星レビューってなあに その1

 さて、これはまた別の日のお話。

 例によってママが不在の週末に、パパはまたスマホとにらめっこしていました。

 タケシ君、そろそろタイミングがわかってきています。

 これはまたもや、「オタク談義」が始まりそうな予感。


「パパ~。またなにかあった?」

「あー、うん。まあ、とにかくSNSっていつもなにかしら起こっているから」

「ふうん。で、今回はなんなの」


 タケシ君、もはや余裕の顔です。

 パパはどうやら、タケシ君に「オタクとしての礼儀とふるまい」だとか「レイティング」なんかをうまく伝える担当になっているようですし、いつも時間があるときにはタケシ君と話をする材料をさがしているのです。


「今回は、これが燃えていた。ある人がこういうことを言い出したんだ。『少女漫画を読む男なんてほとんどいない』さらにまた別の人が『そのとおり。なぜなら少女漫画は面白くないからだ』ってね」

「へー??」


 タケシ君、ちょっとぴんときません。

 なぜならタケシ君自身、あまり少女漫画は読まないからです。学校の女の子たちが話題にしている少女漫画雑誌を書店で見かけることはありますが、ふわふわ、キラキラしたピンクや蛍光色が基本の表紙を見るだけで、ちょっとした壁を感じます。

 きょうだいに姉や妹がいたら、また話が違うのかもしれません。

 ママはいますが、ママは基本的にあまり少女漫画を読みませんし……。あの人は少年漫画や青年漫画を中心にファンになっていて、つくる同人誌もそれらのキャラクターを使ったものなのです。


「うーん。僕もあんまり読まないから、それはわかんないけど。でも、『面白くないから』っていうのはひどいよね。面白くなかったら売れないんでしょ? だったらそもそも商業作品になってないんじゃないの?」


 タケシ君は先日パパと話をしたときのことを思い出しながら言いました。

 そうです、需要と供給の関係です。

 だれかがそれを「欲しい」と思うから、それは商品になって社会に流通するのです。


「その通りだね。商業ベースにのっているものは、基本的にそれが『売れるだろう』という観測のもとに提供されている。人気作品は特に沢山売れることになるから、やっぱり多くの人が『面白い』と思っている作品が優先的に雑誌に載っている……と考えるのが自然だ」


 今回も、パパは何かを考え考え話している様子でした。


「でも、ひとつまちがっちゃいけないことがある」

「ん? なあに」

「『人気作とくらべると、そんなに多くの人に求められていない作品』というのが決して面白くないわけじゃない、ってことだ。これは実はとても大事なことだとパパは思ってる」

「んん……? どういうこと?」

「例えばね……」


 言ってパパは、スマホでレストランの紹介サイトを出してみせました。


「別にマンガに限らないよね。たとえば食事。食事を提供する店だと、ほら……こんな感じで星でレビューが入ってるのって、多いだろう?」

「あ、うん。そうだね」


 確かに、アニメ作品や本、そのほか衣料品などの日用品でも、販売サイトには星で評価がついているものが多いです。5つあれば最高。多くの人が星の数でその商品を「評価」し、それをもとにして平均値がだされて、星3つとか4つとかであらわされています。

 タケシ君自身、ネット上のサイトでなにかの商品を選ぶときに星の数を参考にしたことは何度もあります。もちろん、パパやママと一緒に見たのですが。


「こういう評価を、タケシはどう思ってる?」

「え? どうって……」


 急にそう言われても困ります。


「えっと……。3こ星がついてるのと4こついてるのだったら、4の方がいい商品なのかなあ? って思ってそっちを買う……かなあ。お店だったらそっちへ食べに行くかも」

「うん。そうだよね。それもまあ、間違いじゃない。これはそうやってお客さんに『参考にしてくださいね』ってついている指標だからね」


 パパはうなずきつつも、ちょっとだけ微妙な笑みを浮かべました。


「でも、タケシ。人の好みは色々あるよね。ある人が『これはすばらしい、大好き』といっているものでも、他の人は『それほどじゃない。自分はこれは嫌い』っていう。それは普通のことだよね?」

「あ、……うん。それはそうだね」

「むしろ、みんながみんな同じものを好きだと言い出したら、それはあんまりいいこととは言えない。多くの人が高く評価しているものは、確かにそれなりの信頼性があるとは思うけどね」

「うん」

「でも、多くの人が『いい』と言っていないものでも、『とにかくこれがめちゃくちゃ好き!』という人が一定数いるものって必ずある。そちらに価値がまったくない、なんてだれにも言えない。普通はそんなもんだと思うんだよね。むしろそれが自然っていうか」

「あー、うん。そうだよね」


 タケシ君はクラスの中で、色んな友達が「ぼくはあれが好き」「私はそれ、あんまり好きじゃない」みたいな話をよくすることを思い出しました。クラスの全員がひとつのものを一人残らず「好き」なんていう状況は、まずないと言ってよいでしょう。


「何かが好きか嫌いか、好みに合うか合わないか、ってとても主観的なことなんだ。さっきの『少女漫画は面白くない』だって、その人が主観的にそう思った、というだけの話。その人はそう思ってる、それでいいことだ。まあ、多少の視野の狭さは気になるけどねー」

「え? どういうこと」


 パパはにっこり笑いました。


「パパには知ってのとおり、姉がいるからねえ。子どものころから、名作の少女漫画をいろいろと読ませてもらってきたから。正直、男性が読んだって引き込まれて夢中になっちゃう少女漫画は沢山あるよ。恐らく『面白くない』と言いきった人はあれらの作品を知らないんだろうなと思ったよね」

「そうなんだ」

「そうそう。だから、『少女漫画は面白くない』なんて意見はたいして気にするに値しない。……主観的っていうのはわかるかな?」

「あー、うん。『客観的』の反対だよね」


 タケシ君が考えながら答えると、パパは笑ってうなずきました。

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