第8話 表現の自由ってなあに その5

「ね。今回のその絵の作者の人とか、お店側って、どうしてちゃんと『レイティング』をしなかったの? ギリギリR18じゃないとしても、じゃあR15とか、つけようと思えばつけられたんだよね?」

「あー、うん。それなんだよなあ……」


 パパはまたぽりぽりと後頭部を掻きました。


「これに関しては、前もちょっと言ったよね。レイティングを厳しくしちゃうと、どうしても見てくれたり、買ってくれたりするお客さんは減ってしまう。これはべつに、萌え絵イラストだけのことじゃないけどね」

「あ、そうか。そうだよね」

「基本的な話だけど、マンガやイラストやアニメやなんかを作って売る人たちは、それを商売としてやっている。作っている人だけじゃなく、出版社や書店なんかも全部含めると、かなり多くの人がそれでご飯を食べているわけだね」

「う~んと……つまり、お仕事ってことだよね?」

「そうそう。パパはオタクとしての裏の顔を持つとはいえ、ただのしがないサラリーマンだ。だけど、そういうクリエイティブな仕事をしてる人もたくさんいる。そしてどんな仕事もみんな、かれらにとっては生きていくためにやっている大切なことだ。これはいいよね?」

「うん」

「だから、ここからはぶっちゃけた話だけど、作り手側はあんまり自分からレイティングを厳しくはしたくない……という事情がどうしてもあることになる」

「あー……。うん。そりゃそうなるよね」

「ただまあ、これからはそういう事情だけで押し通すのは難しくなっていくだろうとパパは思っているよ。作り手自身が、たとえばとても若い人だったりしてそういう『大人の判断』をするのが難しいのであれば、出版社などのちゃんとした大人がしっかりジャッジ……つまり判断して、レイティングをつけていくという活動が今後は求められていくと思う」

「うん。そうだよね」

「さっきも言ったけど、今回はその店だけのことであって、その店の展示会担当者のジャッジの目がちょっと甘かったようだ。担当者自身の『あれは美しい芸術だと思った』というコメントも報道されているしね。なかなか、判断の難しい問題だとは思うけど」

「ん~。そう? やっぱり『裸リボンの少女の絵』じゃ、子どもに簡単に見えるようにしておくのはまずいと思うよー? 僕はね」

「そうだね。せめてゾーニングはきちんとしておいてほしかったね、パパも」

「うん……」


 いえ、タケシ君だって正直なところ「見ていいよ」と言われれば見てみたいです。なんたって、そういうエッチなことには特に、興味を持つお年頃ですからね!

 でも、たぶんそれとこれとは違う問題なのです。


(ちゃんとして欲しいよなあ……。大人だって言うんならさ)


 なんとなくため息が出そうになりましたが、「それも仕方ないのかも」と思う気持ちもあります。いわゆる「オトナの事情」というやつなのでしょう。

 タケシ君にも、そろそろわかってきています。世の中、そんなにキレイごとだけでは動いちゃいないということを。

 パパはそこで、少し真面目な顔になりました。


「ただ、これと『表現の自由』の問題とは、また切り離して考えないといけないと思うんだよね」

「表現の自由?」

 

 どうやらここから、さらに大事な話が始まりそうな気配です。タケシ君はなんとなく姿勢を正して座り直しました。


「そのまま子どもに見せてしまうのはまずい作品だったとしても、それを表現する自由はだれにでもある。公表の仕方はある程度制限されるとしても、『描いちゃダメ』『見せちゃダメ』と禁止するのはいただけない。ましてやそれが、個人的に『自分が見たら不快になるから』なんて理由ではなおさらだ」

「ん……? ってことは、今回はそれがあったってこと?」

「まあ……そうなんだよねえ」


 パパはまた頭を掻きました。


「女性の場合、ああいう女の子のエッチな絵を見せつけられるといやな気持になる人が多い。『なるべくこっそりやってほしい』って言う人がとても多い。『生理的にダメ』って人もね。それはタケシだって想像はつくだろう?」

「あー。うん……」


 タケシ君、クラスにいるマジメな女子の顔をいくつか思い浮かべました。

 たしかにああいう子たちならそういうことを言いそうです。


「まあ、そういうことだよ。でも、だからって『描くな』『見せるな』ってあんまり厳しく言うのは間違っているとパパは思う」

「うん。それはそうだと思う」


 自分がその絵を描いた側だったとしたら? と考えれば、わかることです。

 まあ、今のところタケシ君にそういう絵を描こうという気はありませんが。

 というかタケシ君には、悲しいことにまったく絵の才能がないようなのです……。うへえ。

 

「きれいごとを言ってても始まらないから言っちゃうけど、男性はやっぱり、なにかしらああいう『エッチな作品』を求めてしまう人が多い。女性は男性に比べると性欲の点でかなりおだやかというか、欲求が少なめらしいんだよね。タケシはこれからいっぱい経験することになると思うけど、男性は定期的に性的な処理をする必要もあるし……女性とは状況が大いに違うから」

「ううっ……そ、そうなの」

「そうなんだよー」


 なんというか、これはかなりスレスレな話題のような気がします。

 パパ、大丈夫? これ、いま僕に言っちゃっても大丈夫??


「女性は自分たちの感覚で『男は我慢が足りない!』みたいに思いがちだけど、実際、そんなもんじゃないんだよねえ。だから、エッチな本やビデオやらの需要は昔からちっとも減らない。お客さんがいる以上、その産業は続いていく。そういうものだから」

「うーん。そうだよね……」

「商業作品っていうのは当然、それを見たい人がたくさんいるから商業として成り立つわけだし。実際、今回も必死で擁護していた人たちは、そういう『萌え絵』が大好きで、見たいと思っている人が中心だったし」

「ふーん」

「その作品を『見たい』『買いたい』『手元におきたい』と言う人がたくさんいるから作って頒布はんぷする。映画だったら上映する。それが商売になってきたわけだ。厳しい話だけど、多くの人に求められていないものは、作ったところで商売にまではならない……。需要と供給……っていって、タケシにはわかるかなあ?」

「あー、わかるよ。欲しい人たちの側と、それを与える側のバランスの問題だよね。『需要と供給のバランスが大事なのよ』ってママもよく言ってるし」

「ああ、ママも言ってるよね。ママの大好きなジャンルの作品だって、あんまり大声で触れ回れるようなものではないけど、読みたいって人がたくさんいるから同人誌も作られるわけで……今日みたいに、オンリーイベントなんかも開催されるわけだしね」

「お、おんりーイベント……? ってなに?」

「あっ……」


 と言って、パパは慌てて自分の口を手でおさえました。

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