第6話 GATE

 アルフィーが言うには、仮世界とは朝に記憶をリセットすることで同じ毎日を無限に生きさせる空間だ。つまり、朝に記憶を消去されず翌日まで保つことができれば、無限からの一時的な脱出ができるということだ。


 その無限からの脱出方法こそ、僕の経験した「過去想起」だという。過去を懐かしみ思い出すものではなく、過去そのものを実際に生き直すということ。この過去への跳躍だけが、無限世界に抗う方法らしいのだ。


 ここで大事になってくるのが、多くの思い出を記憶しているかということ。鮮明に想起できる記憶が多いほど、過去へと跳躍する手数を増やせることになる。過去の思い出に入り込み、その場所で、さらに過去の思い出へと移動する。その想起の連鎖こそが、記憶のリセットをやり過ごす手段となる。


 想起の連鎖にゴールはあるのか、言い換えれば、過去をやり直すことで現実世界に戻れるのか。アルフィーは戻れると言った。


「この無限世界に閉じ込められた核となる記憶を見つけさえすればいい。核となる記憶には、現実世界への扉が開かれている」


 僕にとってこの世界線に移るきっかけは、間違いなく彼女だ。鳩にパンくずをまいていたあの少女。あの少女との記憶をたどっていくこと。その果てに、核となる記憶があるにちがいない。


 この想起による時間遡行が簡単ではないことは、アルフィーが体現していた。アルフィーにとって、幼い頃に日本の村で過ごした思い出が核の記憶となっている。しかし、アルフィーはすでに歳を取りすぎた。いまの彼では少年時の記憶を鮮明に思い出すことは難しい。だから彼は、無限世界に永遠に閉じ込められたも同然というわけだ。


 そんなアルフィーのなぐさめは、無限世界に流れ込んできた若者が現実世界に戻る手助けをすることらしい。しかし、この脱出に成功した者はなかった。失敗していく者のなかには強迫障害やうつを発生させて、廃人のようになった者もいる。無限世界の謎すら忘れ去ることで、生きる屍・リビングデッド・操り人形のようにくだらない毎日を永久的にリピートしている。だけど、いやそれでも僕は……。


「無意味な毎日など繰り返さない。なにごともなく過ぎ去る毎日に鈍感になってはいけない。当然のように明日が来ると思ってはいけない。明日のない今日は必ず訪れる」


 彼女に会いに行こう。名前は覚えている。


 

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