夢に潜んで惑わすもの

「一角獣は一角獣でも、ユニコーンじゃない……ではいったいなにが?」


 一応基礎教養で、魔法に触れていたら遭遇する動物について学ぶことがあるが、一角獣の項目では、ルーサーはユニコーン以外を習ったことがなかった。

 それに対して、ジョエルがやんわりと言う。


「ええっと、ちなみに君は、妖精学が一度黒魔法認定されて禁術として研究禁止になりかけた話って知っている?」

「えっ……! 一応魔法のいろんな分野が禁術法のせいで黒魔法認定されたことは知ってますけど、でも妖精学も……ですか?」

「そうそう。大量に成果を上げているテルフォード教授が学会で直談判して、法案作成したお偉方を知識量でたこ殴りにしたおかげで無事阻止されたけれど、もうちょっとで妖精学自体も研究禁止になりかけたんだよ」

「それはわかりましたけど……でも、今一角獣の話をしていましたよね? どうしていきなり禁術法の話に……」

「それなんだけれど」


 アルマがきっぱりと言う。


「妖精の定義を、悪魔か魔法動物かで、一度お偉方とテルフォード教授が揉めたのよ」

「悪魔……ですか」

「召喚科の中でも、悪魔と契約する研究は一応研究のひとつとしてあるけれど、あれを魔法動物認定するか、黒魔法における使い魔認定するかで、相当揉めたのよ。なにしろ、妖精の場合も未だに生態がほとんど解明されてないから、定義に不明点が多過ぎるのよ。だから定義の上では妖精と悪魔に違いはない」

「え……でも……アルマもアイヴィーさんも……使い魔で妖精を連れてますよね……?」


 ルーサーのおずおずした指摘で、アイヴィーも「そうなのよねえ」と頷く。


「アルマ言ってなかったっけ? あたしたちが使い魔に仕立ててる妖精って、妖精の影みたいなものだって」

「え……?」


 思わずルーサーはアルマの小瓶を見た。中ではレイシーが光の鱗粉を撒き散らしながら飛んでいる。影と言われても、ピンと来ない。

 それに「たしかに実感は持てないでしょうね」とアルマが解説しはじめた。


「人間は光を当てると影が伸びるわね。その影が本体の人間と同じ行動を取っていても影だって認識できるでしょう? 妖精が妖精郷から人間界に伸びている影で、本体ではないの。あなたが私の取り替え子を見たでしょう? 妖精も本来は人間と同じくらいの大きさをしているとされているけれど、確証も得られてないから、研究を続けているのよ」

「なるほど……じゃあ黒魔法の使い魔ではないっていうテルフォード教授の文献が通ったから、禁術法に引っかからなかったってことですね」

「まあ、そうなっているわね。話が大幅にずれたから戻すけれど。悪魔の中に、夢魔っているわね」

「そういえば……いますね」


 夢魔。夢に現れる悪魔だとされている。

 夢を見ている人間にとって一番好みの姿になって現れるとされている淫魔とか、人間に悪夢を見せるとされているものとか、それらはたしかにルーサーも基礎教養で習った。

 ルーサーが頷くと、アルマが指を差した。


「一角獣の中にも、夢魔に似た特性を持つものが存在しているのよ」


 ようやく話が繋がった。

 ケイトは気まずそうな顔で「ええ……」と唸り声を上げている。


「あのう……私が夢で出会ったのは、本当にユニコーンではなかったんですか?」

「残念だけどね。おそらくそれは、ユニコーンではなく、インブリウムだわ」


 そう言われて、ケイトはしょんぼりと首を落としてしまった。

 彼女の様子に「あのう、なにか気になることが?」とおずおずと声をかけると、ケイトが観念したように答えた。


「私……夢で待ち合わせをしたんです。ユニコーンを増やす方法がないかって」

「ユニコーンを増やす? どういうこと?」

「……ニコヌクレイク、年々ユニコーンの角の奪い合いが熾烈を極めてまして……どうしてだかうちに来るユニコーンが年々減っていたんです。ですからなんでだろうと調べてみたら、うちの湖に到着する前に、業者によって乱獲されていたみたいなんです」

「えっ……! ユニコーンの乱獲なんて、法律で禁止されてるんじゃあ……」


 ルーサーの言葉に、アイヴィーが「いい子よねえ」と皮肉めいて言う。


「皆が皆、ルーサーみたいないい子だったらいいけど。これ禁術法が通ったのとおんなじでね。魔法使いにも具合の悪いのが大勢いるのよ。特に一角獣の角なんて、魔法薬や杖をつくる際にも使える稀少品だからよく売れてね。ニコヌクレイクに来る前に乱獲っていうのは、驚くことでもなんでもないのよ」

「そんな……」

「……お恥ずかしい話ですけど、その通りです。ただでさえ、ニコヌクレイクは一角獣による観光に頼った村ですので、観光資源が失われたら寂れてしまいます。それをどうにかしたいと思っていたら、夢で一角獣が現れたんです」

「なにかしゃべったの?」

「はい……増やせる方法があるって」


 魔法使いであったら、そんな都合のいい方法なんてある訳ないと疑うし、夢そのものを疑う。

 しかし一般人ではそもそも夢か現かわからない上に、そもそも一角獣の区別なんて付かない。

 おかしいと思っても、「ユニコーンだ」と言われてしまえば信じてしまう。


「けど……まさかユニコーンじゃなかったなんて」


 ケイトがしょんぼりとしているのを、アイヴィーは慌てて「そんなこともあるって!」と慰めている。

 それを眺めつつ、ルーサーはアルマに尋ねる。


「あのう、そのインブリウムっていうのは? 夢魔に似た性質だってのは、今聞きましたけど」

「夢から夢に渡る一角獣よ。ユニコーンと違い、毛並みは黒いとされているけれど。違う?」


 ケイトに尋ねると、ケイトは大きく頷いた。


「はい……夢に現れたのは、黒い一角獣でした」

「ええ。それなんだけれど……あれは夢で人間を操って、連れさらうっていう少々厄介な性質のある生き物なの」

「じゃあケイトさんが木の洞の中に入れられていたのも……」

「大方、今の時期になったら魔法使いたちが大量にニコヌクレイクにやってくるから、それまでは彼女が誘拐されたと騒ぎにしたくなかったんじゃないかしら。だから木の洞に隠して、魔法使いたちが帰ったあとに連れ去る予定だったんだと思うの」

「……あまりに狡猾過ぎませんか? 妖精って、もっとこう、人の気持ちを考えないで行動しますのに」


 覚えがあり過ぎる行動をルーサーは瞼の裏に思い描く。それにアイヴィーはにやにや笑いながらアルマを見つめると、アルマはあくまでいつも通りのポーカーフェイスのまま答えた。


「そうね。夢魔のように狡猾で残酷だからこそ、お偉方も妖精学を禁術にしたかったんじゃないかしら。とにかく、原因がわかった以上、ケイトさんを連れ去ろうともう一度夢で接近してくるでしょうから、それにどうにか対処しないといけないわね」


 そうきっぱりと言うアルマに、ルーサーは戸惑った。


「あ、あのう……でも夢に現れる一角獣への対処なんて、どうすればできるんですか?」

「あら。インブリウムが夢魔と近いのならば、むしろ幸運だわ。夢魔と同じ対処法が取れるんですもの」

「ええ……?」

「とにかく、ケイトさんに確認ですけれど、ユニコーンのために行動していらっしゃいましたけど、インブリウムを退治してしまってもいいですか? もし断る場合は、別の方法を考えないと、あなたが誘拐されてしまいますけど」


 そうアルマに尋ねられ、ケイトは困り果てたように、視線を彷徨わせた。しばらく視線をうろうろと宙に浮かせたあと、観念したように溜息をついた。


「……妹たちは、元気でしたか?」

「元気でしたけど、ケイトさんに任された店で泣いてましたよ。無事な姿を早く見せてあげてください」

「……村のことも大切ですけど、私にとってあの子たちが一番大事です。インブリウム退治、お願いできますか?」

「わかりました。それじゃあ、今晩あなたの家にお邪魔してもよろしいですか?」


 それに小さく頷いたケイトを見てから、アルマは残りの面々に尋ねた。


「どうする? 今晩はユニコーン観察、私は辞退するつもりだけど」

「うーん、そうだね。アルマひとりだと大変そうだし、そもそもアルマ、インブリウム殺せないでしょ?」


 アイヴィーの指摘に、アルマは小さく頷いた。


「本当だったら殺したいところだけど、一角獣の乱獲騒ぎにはインブリウムもしっかり巻き込まれてるから、追い返すだけで勘弁しておこうと思うの」

「ふーん。だったらあたしはいいよー。どうする男子たちは?」


 ジョエルは小さく「いいよ」と答える中、ルーサーは困ったように皆を見た。


「ええっと……僕ひとり手伝いに行って、迷惑にならないかな? 僕は先輩たちみたいに、魔法をまだ上手く使えないし、知識だっておぼつかないから……」

「あら。そんなこと知っているわ。いいじゃない。いておけば」


 アルマがいつもの調子で言ってのけるので、アイヴィーが彼女の背中を思いっきり叩く。


「もうちょっと他に言うことあるでしょ!?」

「……別にないわよ、そんなの」

「可愛いこと言っておけばいいのに、あんたって子はぁ~!?」


 ふたりのじゃれ合いを、ルーサーは困って見つめていたが。ジョエルがやんわりと言う。


「まあ、あのふたりがああなのはいつものことだから」

「はあ……」

「一応俺たちもフォローはするよ。ただ、君が少しでもアルマに気があるんだったら、ちょっとはいいところ見せたほうがいいんじゃないの?」


 そう釘を刺されて、黙ってルーサーは軽やかなジョエルの赤毛を眺めていた。


(そういえば、彼もアルマの幼馴染なんだった……)


 ジョエルとアルマ。どちらも魔法の方向性が合わない上に長子だから、婚約の話はまるでないが。学院内でだったらそんなことどうにでもなる。

 ジョエルが彼女に対してどう思っているのかは知らない上に、ルーサー自身も彼女とどうなりたいのかなんて想像が付かないが。


(いつまでも、普通科の守られるだけの一般人じゃ、なんのためにオズワルドに来たのかわかりゃしないもんな……僕はまだ、応用魔法なんてなにひとつ使えないけれど……)


 そう思いながらも、ルーサーは少しだけ意気込んだ。

 ひとまずは、持ってきていた教科書を読み返すことからはじめることにした。

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