妖精犬の捜査活動

 突然のアルマの言葉に、アイヴィーとジョエルは顔を見合わせた。そのあと、アイヴィーは小さく咎めるようにして囁く。


「ボリューム下げて、店主さんに聞こえる」

「ごめんなさい。でも火急の用なの」

「それにしてもなあに? 誘拐事件なんて聞いてないんだけど」


 店主に聞こえない程度に小さな声で、アイヴィーは尋ねてくる。ジョエルとルーサーはちらりと店主を見たものの、他の魔法使いたちへの接客で忙しく、こちらの会話にまで気が回らないようだった。

 アルマも店主に聞こえない程度で声を抑えながら答える。


「ちょっとね……ただどうも不可解なの」


 一角獣の観察ポイントである湖の掃除をしている中で、ケイトはいなくなった。この時点で村人たちが慌てて探し出したと、ケイトの妹たちは証言している。しかし一角獣の観察に来た魔法使いたちがそろそろ現れるために、捜査は打ち切られた。以降アビーとハンナは魔法使いが客として現れるたびに、ケイトの捜索を頼んではいるものの、アルマが現れるまで断られ続けている。

 最初は一角獣の現れる湖に出かけた経緯から、一角獣の好みとしてさらわれたケースを疑ってレーシーを使って探し出したものの、レーシーは今年一年は妖精がニコヌクレイクに現れていないと言う。

 だとしたら、この不可解なケイト行方不明事件をどう捉えるかだ。


「なるほど……だからあたしに頼んだの」

「ええ。いっそケイトを直接探したほうがいいんじゃないかと」

「了解。で、その肝心のケイトの匂いはあるの?」

「妹のほうの匂いはあるんだけど」


 そう言ってアルマが取り出したのは、アビーに貸したぐしゃぐしゃのハンカチである。それをアイヴィーは「ふうむ」と言いながら自身のクーシーに言った。


「この匂いに近い匂い、探せる?」

「ワウ」

「この匂いそのものじゃなくって、近い匂いだからね……これで探し出せると思う?」

「大丈夫だと思う。姉妹で切り盛りしていたキッチンの匂いを少々拝借したから」

「なるほどね、なら大丈夫だと思う。はい、探して」


 真っ黒なクーシーは尻尾を振って頷くと、最初に湖へと歩いて行った。


「それじゃ、ついてきましょう」


 そのままアイヴィーは店の支払いを済ませてから、クーシーを追いかけはじめた。

 アイヴィーの背中を眺めながら、まだルーサーは据わりの悪さを感じていた。


「ええっと……未だに僕はわかってないんですけど。これって状況証拠から言って妖精のしわざ……ですよね? だとしたらケイトを探す意味ってあるんでしょうか? というか探し出せるんでしょうか?」

「あくまで推測だけれど。最初は村人全員で口裏を合わせて彼女をさらったという線も考えた。でもそれをする意味がわからないから止めたの」

「ええ……どうしてそんな悪趣味なことする必要あると思ったの」


 ルーサーがアルマの言い出した言葉に口元を引きつらせると、ジョエルが「んー……」と答える。


「そりゃ、この村の観光資源は一角獣だから。一角獣っぽいエピソードは多ければ多いほど、ここに来る魔法使いたちは喜ぶだろうからねえ。実際に角なんて取り合いが過ぎて、ちっとも手に入らない人のほうが多いから、そっち方面では不満が溜まっている。そんな人たちが無駄骨だと憤慨しないような手土産を提供したいというのが、観光地に住む人間の見解だろうね」

「でも……その推理は外したんですよねえ……?」

「まあ、ここを訪れる魔法学院の生徒が男だけだったら考えたけど、普通に私たち含めて女子生徒も大勢来るからね。魔法使いがその手の話を聞いたら、危ないから校外学習を止めかねないし、そうなったら首が絞まるのはニコヌクレイクの住民のほうだわ」

「で、でも……この場合はガセ、だよねえ?」

「ガセかそうじゃないかは考慮しないの。普通に呪いがかかっているなんて言われた場所、解呪師以外はわざわざ行かないわ。魔法使いだったらなおのことよ。魔法使いは魔法の研究者なんだから、研究できない、危ないってことにはわざわざ首を突っ込まないもの。皆が皆、テルフォード教授みたいな人だと思わないでちょうだい」


 しょっちゅうフィールドワークに出かけるテルフォード教授は、魔法使いたちにとっても異端の存在らしい。それにルーサーは「なるほど……」と唸る。


「とりあえず、村人が誘拐したって線は消えたけれど、ならどうしてケイトさんを探すってことになったの?」

「ええ。もし一角獣が直接彼女をさらうって話だったら、村人たちはもっと早くに見切りを付けるし、わざわざ三日間も捜索活動をしないから」

「一角獣が人をさらう話なんていくらでもあるけど、大概は一般人だと手に負えない場所にさらうからねえ……そうなったら妹さんたちももっと早くに諦めろと言われていたと思うよ?」


 アルマとジョエルの指摘に、ますますもってルーサーは眉を寄せてしまった。

 たしかに一角獣に限らず、妖精にさらわれたなんてことになったら、ほとんどの人がすぐに諦めてしまう。妖精郷に行く方法が妖精学の研究対象にもなっているくらいなのだ。未だに魔法使いにすら理解ができない神秘に、一般人がどうこうできる訳がない。

 だが、物理的に探そうとしていることが、未だにルーサーには推測すら及ばない。


「ええっと……一角獣がさらってない。村人がさらってないのに、ケイトさんがいなくなった……この場合って犯人は……?」


 ルーサーが困り果てていたら。

 クーシーについていっているアイヴィーが真っ先に回答を放つ。


「彼女本人の意思ってところじゃないかしら?」

「……ええ?」

「妖精って、魅了の力があるのよね。その魅了は一般人じゃ手に負えない。あなただって幼馴染と妖精が入れ替わっていても、妖精が殺されるまで全く気付かなかったでしょう? それと同じ」


 アイヴィーの言い放った言葉に、ルーサーはグサリと来た。

 そうなのだ。ルーサーは未だにアルマの本名がラナだったことの実感が湧かないし、彼女と過ごした想い出も、全て妖精に置き換えられてしまってきちんとした記憶を思い出せないでいる。

 オズワルドに召喚される程度には魔法の才能のあったルーサーですらこうなのだ。一角獣を観光資源としているだけの一般人なんて、ひとたまりもないだろう。

 ルーサーが落ち込んでいるのを見かねてか、アルマが「アイヴィー」と刺々しい抗議を放つと、彼女は悪びれない態度で「ごめーん」とだけ言った。


「まあ、妖精の魅了にどうやってかかったのかはわかんないよねえ……ここ、一角獣の角落としで有名な村なのに、他の妖精って来るのかな?」


 そこでルーサーは気付いた。

 あの姉妹の証言を聞いていたが、妖精の話は一度も出てこなかった。もし一角獣で商売をしている村で、他の妖精が現れたら、それもまた観光資源にするだろうに、それらしい話をここで聞いたことがないと。

 それにアルマは「多分だけれど」と言う。


「妖精には介入されているけれど、物理的にはされていないと思う」

「うん…………?」


 アルマの言葉に、当然ながらアイヴィーは素っ頓狂な声を上げる。しかしジョエルは理解したらしく「あー……」と言う。

 ルーサーはやはりわからず「えっと?」と尋ねる中、今までヒクヒクと鼻を動かしていたクーシーが「ワンッ!」と吠えた。

 村の端っこ。大きな木の洞に向かって、キャンキャンと吠えている。


「ありがとう、クーシー。それにしても、村はずれにこんな場所があったなんてね」

「ええ……この村、湖以外だったら低い木しかないし、どこに彼女を隠したのかと思っていたけれど、思っているよりも早く見つかったわね」


 洞に首を突っ込んでみると、女性が目を閉じて洞にもたれかかって眠っているのが見える。

 アルマは小瓶を開けて「レーシー」と声をかけると、レーシーがそのまま光の鱗粉を振り撒きながら飛び交った。


【マホウカカッテル、ネムッテル】

「睡眠魔法?」

【ソウ】


 アルマの言葉に、ジョエルが「んー……」と首を傾げた。


「これってもしかして、俺の出番?」

「そうね。お願いしようかしら」

「了解了解。ああ、アイヴィー、クーシーを離して。巻き込まれるかもしれないし」

「はいはい」


 アイヴィーは慣れた様子で「帰って!」となにかを広げた。古紙にはなにかしら魔方陣が描かれているが、その中にクーシーは吸い込まれてしまった。


(妖精を召喚って、こうやってたんだ……)


 今まで使い魔として連れ回しているのしか見ていなかったため、ルーサーからしてみれば不可思議なものだったが。

 アルマもさっさと「戻ってきなさい」と小瓶にレーシーを戻してから、ジョエルにバトンを渡した。

 ジョエルはというと、アルマとは様相の違う小瓶を取り出し、その蓋を開けていた。

 プン……と漂うのは、鉄の匂いだ。


「砂鉄……?」

「俺の魔力をたっぷり吸わせた砂鉄だから、他のとはちょっと違うかな」

「錬金術師の家系って、生まれてから髪がある程度生え揃ったら全員頭にヘアピンを付けさせるの。それで十年くらいだって、生まれ育って魔力を吸ったヘアピンをヤスリで粉にして持ち運んでいるの。少ない量でも、錬金術師の魔力を十年単位で吸った砂鉄だから、私たちみたいに使い捨ての砂鉄ではなくなっているのよね。錬金術でできることだったらだいたいなんでもできるから」

「はあ…………」


 途方もない話を聞かされてしまったと、ルーサーがぼんやりしている間に、ジョエルは小瓶の中身を振りかけた。

 たしかにジョエルの使う砂鉄は、以前にルーサーがアルマからもらったものとは大違いで、砂鉄が意思を持っているかのように、洞の中で動き回っている。まるで蝶だ。

 その蝶が形を崩してケイトの鼻や耳に滑り込んで入ったかと思ったら、すぐに出てきて、再び蝶のように羽ばたきながら洞の外に出てきて、ジョエルの小瓶の中に帰って行った。


「えっと……なにを?」

「妖精の残滓をあらかた鉄を使って無効化したんだよ」

「ああ……」


 妖精は鉄に弱い。妖精の魔力や呪いもまた、鉄を適切量かければ無効化できる。妖精郷の力を使ってまで取り替えられた妖精の魅了とは異なる。

 おまけにこの砂鉄にはジョエルの魔力が籠もっているのだから、妖精の解呪にはもってこいだった。

 しばらく睫毛が震えているだけだったが、やがて眠っていたケイトが、うっすらと目を開いた。

 麦穂色の癖毛は、アビーとハンナの姉妹を思わせ、エプロンやポニーテールにまとめた姿は店を切り盛りしてきたしっかり者の姿が見て取れた。


「う…………? ここは?」

「ご機嫌よう、ケイトさん。オズワルドから一角獣の観察に伺いました、アルマと申します。こちら、私たちと同じオズワルドの生徒です」


 それにケイトは困ったように、同じ黒いローブを羽織った少年少女を見比べると、「よかったら」と手を出すアルマの手に捕まって、どうにか洞から脱出した。


「妹さんたちに依頼されて、あなたを探していました。あなたは数日間行方不明になっていたのですけど、どうしてこのように洞の中に?」

「洞に……私……」


 彼女はしばらく黙ったあと、ようやく口を開いた。


「……夢を見たんです。誰かと話をして、待ち合わせをする夢を」

「誰かは、思い出せますか?」


 それに彼女は首を振った。

 ルーサーは困った顔でアルマを眺めていると、彼女はポツンと「やっぱり」と言った。


「一角獣は一角獣でも、やったのはユニコーンじゃないわね」

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