笑う女

大学附属病院の第三病棟のエレベーターに乗った時の事だった。

エレベーターには先客が有り若い女性が立っていた。


その女性は私を見ながらニコニコしているのだ。

私は8階のボタンを押してからもう一度彼女を見る。

女はまだこちらを見てニコニコしている。


・・誰だろうか・・

・・いや知らない顔だ・・


見るとボタンは8階しか点いていない。

そうか、私が乗った階で降りる予定だったのか・・

それなら何で下りなかったんだ・・?


「どの階で降りますか?」

と聞いたのだが女はニコニコするばかりで返事をしない。


・・何なんだ、この屈託のないニコニコは・・


8階に着きドアが開いたので私はエレベーターを降りた。

振り返ると女がニコニコしながらボタンを押している。

13階の表示が点きドアが閉まった。


私は8階の内科入院病棟詰め所に行くと夜勤の看護師に聞いた。


「職員でもない女がエレベータで13階に上がったんだけど、変だよねえ。」


「13階は変ですねえ、今は使われてないですから・・どこかの入院患者がエレベータを間違えたんじゃあ無いでしょうか。」


「6号室の患者さんの様態を確認してから帰ろうと思ってね。特に変わったことは無いかな。」


「眠れないと言いますので睡眠剤の偽薬を与えましたけど、良く効いているようです。精神的な不眠症ですね。 あ、良かったらお茶でも入れましょうか?」


回診の時には看護師詰め所でお茶を飲むのが習慣になっているので私はソファーに座った。そこへもう一人の看護師が帰って来た。


「あら先生、今日は遅い回診ですね・・」


「ああ、今日は夜勤明けでそのまま日勤だったんだよ。明日は代休だから帰る前に患者を診て置きたくてね。家に帰ったらバタンキューだから・・」


「先生も大変ですね・・ 奥さんをお持ちになった方が良いんじゃあないですか? なりたい候補なら幾らでもいますよ(笑)」


「いや、この上奥さんの面倒まで見るなんて・・無理ですよ。 僕の方が倒れちゃう。(笑)」



お茶を飲んで詰め所を出るとエレベータの前に来た。

見るとエレベーターは13階で止まったままだ。

私が下降ボタンを押すとエレベーターが降りて来て8階で止まった。

そして扉が開くと、あの女が居たのだ。


私は急いで乗ると1階のボタンを押した。

そして振り返り「何階ですか?」と聞いてみた。


女は何も答えず、ただニコニコしているだけだ。


・・何だよ、この笑いは・・


「内科の入院病棟に来られたのですか?」


と話し掛けたが、何の返事も無く・・そのうち1階に着いてしまった。

私がエレベーターを出て少し歩いて振り返ると、13階の表示が点きエレベーターが又動き出した。


・・何なんだよあの女は・・

・・入院患者の遊びか??・・


何か答えを得ようと疲れた頭で考えたが、頭が回らなかった。


・・それにしてもあの意味の無い笑いは不自然だ・・

・・いや、不気味だ・・


・・駄目だ、帰って寝よう・・

・・今日は疲れた、何も考えたくない・・


駐車場に着くと、私は車に乗り込みスタートボタンを押した。





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