ユートピア
私の友人に吉田という元暴走族のリーダーがいましてね・・
この男が若い頃、バイクで事故って入院したんですよ。その時私は見舞いがてら病院に行って彼に言い聞かせたんです。
「年を考えろよ、いつまでも暴走族の頭をやってる年じゃあないだろうが。」
「でも俺に何ができるよ。兄貴みたいに下地がある分けじゃあ無いからな。」
「お前が綺麗さっぱり足を洗うんなら、俺の顔で道筋を付けてやっても良いんだが・・ どうするよ暴走族を抜ける気はあるんかよ。」
彼も分かってたんですよね。行き先も無く、引くに引けない心境だったのでしょう。彼は私の忠告に従い、頭(かしら)を仲間に譲って暴走族を抜けたんですよ。
それで私が、今の建築会社に紹介したんです。この会社の社長も若い頃、何かと助けてやったことがあって、私に恩義を感じているので、無理を言って引き受けてもらったんです。
ああいう世界の男というのは、馬鹿には違いないんですが、序列意識があって男気が有りますから・・一度会社に入ると、今時の若い物には無い誠実さをみせる者が多いのです。 そういう事もあってか、社長にとても気に入られましてね・・ 奴も大事にされれば嬉しいですからねえ。それで真面目に頑張ったんですよ。その後、結婚もしましてね。家も建てて子供も出来て、今では良いオヤジなんです。
「よう! 善良な一般市民・・やってるかあ!」
これが私の吉田への挨拶代わりです(笑) 彼とはもう、何十年の付き合いになるんです。その吉田がビールぶら下げて来るんです。我が家のテラスで時々飲み会をやるんですよ。
「ところで兄貴・・ 兄貴は被り物は嫌ですか?」
「何んだい! 被り物って?!」
「サンタの恰好をするんですよ。それだけで時給1800円になるんですよ。」
「何だよ! 何かと思ったら仕事の話かよ。」
「最近兄き 暇そうだし・・兄貴は時給1600円以下では働く気がしないってよく言うじゃあないですかあ。」
「でも1800円なら俺で無くても若い奴がいるだろう?」
「いや 年寄りが良いそうなんです。サンタですからね。それに、その会社は紹介付きの人しか雇わない会社なんですよ。兄貴には世話になっているし良い話だと思うからね・・」
私は暇そうにしていても、人に任せている店もあるし、収入もそこそこ有るので正直な話しどうでも良かったんですがね、 せっかく吉田が私の為に持ってきた話だし・・ 一度ぐらい人の下で働いてみるのも面白いかもなって・・まあ、シャレで引き受けたんです。それに午前中だけの仕事だということですしね、暇つぶしには良いだろうと思った分けなんです。
□
その建物は高原の端に有りました・・
広い駐車場で車を降りるとその先が緑の芝生になっていて小川があり、そこにお洒落な橋が架かっていましてね、その先が遊園地なんです。
いろいろな遊具や施設が有る広い敷地の中にお城のような白い建物が有りましてね、それが私の勤務地、ユートピアの管理棟なんです。そこでサンタの衣装を着て白い髭を付けて子供に風船を配ったりするのが私の仕事です。
ところが、じっさいに働いてみると、風船配りだけではなくて、たくさんの風船をヘリウムで膨らませたり・・客の少ない平日は芝刈り機を操作したり、施設内の床を床磨機で磨く仕事もありました。 そりゃあそうですよね・・ 風船を配るだけで1800円は高過ぎますからね。でもまあ、どれも別にたいした仕事でもなく、苦もなく働いていました。
しかし、高原の遊園地とはサンタ衣装です。暑いんですよね・・クリスマスでもあるまいにねえ・・ だから時給が高いんですよね(笑)
でね・・
私の上司なんですが・・私と相性が悪いというか、嫌なんですよ(笑) その上司というのは神原という名前でしてね・・色が浅黒く、目が切れ長で細く、狡猾な顔をしているんです。見たところ35--6才といったところです。胸に掛かる名札には主任と書かれていましてね・・傲慢で偉ぶったしゃべり方をする男なんですよ。
彼は私を呼ぶときに名前で呼ばないでオジさんと呼ぶのですよ。
「ああそこのアルバイトのオジさん、そこが済んだら施設
の奥の通路の壁を拭いてくれる!」
「あそこは私らは立ち入り禁止なんじゃあないのですか?」
「廊下までなら良いよ・・あのドアを開けなきゃあ良いから。」
「分かりました。あそこは何か特別なものでも有るのですか?」
私がそう聞くと、彼は口の端を歪めながら薄ら笑いで答えた
のです。
「そんな事は気にしなくていいよ! オジさんは言われた事だけやっていれば良いんだよ!」
ずいぶんな言い方ですよね・・もっと言い方が有るでしょうに。 普段温厚な私でもさすがにカチンときましたよ。しかし人の下で働くってそういうものかも知れませんね。私のように人の下で働いたことのない人間にとってはこれも勉強です。
施設内に事務所が有って、その事務室の前の廊下の突き当たりのドアが立ち入り禁止のドアなんです。《正社員以外の者は進入を禁ずる》と手書きの張り紙がして
有るのです。しかしね 私の見当からすれば、あのドアを開ければ施設の裏に出てしまうはずなんですよ。この建物の大きさからすれば、あのドアの後ろに部屋が有るとは考えにくいのです。いったいどういう事なんでしょうか・・何故か気になります。
□
「な・・変だろ!」
私は例の吉田に聞きしました。彼は建設会社勤務が長いですから分かるかも知れないと思ったのです。
「そおですねえ・・ユートピアは内の会社のお得意だけど、ドアの後ろには・・・」
吉田はしばらく考えてからこう言いました。
「たしか、階段が有るんじゃあないですかねえ・・」
「なるほど、 壁に沿って階段が有るのなら幅1メートル有れば良いのか・・ 理屈に合うなあ。」
「でも2階に行く階段は他に有りますよねえ。うちが建てたんじゃあ無いから分かんないけど、たぶん地下室が有るんですよ。」
「立ち入り禁止なら鍵でも掛ければ良いんだよな。ああいう張り紙はお客目線からしても良くないな。」
経営者目線からすれば気に障る張り紙なんですよ。
□
私は午前中だけの勤務なんですが、昼飯はユートピアで食べてから帰宅するんです。ユートピアの職員は無料で食事が出来るんですよ。
「石原さん・・お待たせ!!」
受付のユミちゃんです。 私と話の合う子でね・・この頃一緒に昼ご飯を食べるんです。
「吉田さんから聞いたんだけど・・石原さんって社長さんなんですってね。」
「昔はね・・ 今は1人でのんびりやっているんだ。」
「どうしてここで働いているんですか?」
「給料を貰った事が無いからさあ、いちど貰いたくてね。」
「給料を貰った事が無いんですかあ?」
「若くして開業したからさあ・・ 給料は払う側だったんだ。」
「へーえ、そうなんですかあ。」
「今度給料が入ったらさあ、デートしようよ。私のおごりで何か食べに行こう。」
「あっ、それ良いですね! 私と石原さんがデートしてたら人にはどう見えますかねえ、最近流行りのパパ活とか(笑)」
「パパ活かあ・・ いやそうは見えないな、爺さんと孫かな(笑)」
屈託の無いユミちゃんの笑顔を見ていると癒されますよ・・
ピチピチとした肌・・
キラキラ輝く目・・
若いっていいですよね。
一瞬、横目で見上げるしぐさには年甲斐も無くドキッとさせられます。
彼女と他愛ない話をしている間・・その僅かな時間だけ私は自分の年を忘れているんですよ。 でも、残念ながらパパ活にも見られませんけどね(笑)
□
そんなある日の事・・
あの立ち入り禁止のドアに対する疑惑を深める事が起きたのです。それは8月に入って頃で、ユートピアは夏休みを楽しむ子供たちで連日賑わっていました。
・・迷子のお知らせです・・
・・まさお君の叔母様・・
・・まさお君の叔母様・・
・・まさお君が事務所でお待ちです・・
その放送の直後に事務所に駆けて来る30代の女性を見ました。そしてその女性が例の立入禁止のドアを開けて中に消えたのです。
何か変だなあ・・
私は気になってそのドアを開けて中を覗いてみたのです。予想どうり中は左方向に階段になっていて地下室に下りて行くようになっていました。下の方は暗く何も見えません。こんな所に何故入ったんだろう?私が見間違えたでしょうか。でも、確かにここを下りていったのです。
□
その日の昼・・
ゆみちゃんと昼飯を食べながら・・
「今日、迷子がいたよね・・」
と私はユミちゃんに聞きました。
「ああ、まさお君ね・・ 私が相手をしていたのよ。」
「あの子はどうなったの?」
「叔母さんが迎えに来て帰りましたよ。」
「お母さんじゃあないの?」
「お母さんが居ない子なのよ。 だからお母さんの妹が・・あのね、あの子ね、主任の神原さんの子供なの。」
「神原主任の子供かあ・・ その子が迷子になったの?」
「まさお君が事務所に来てね。叔母ちゃんが居なくなったから呼び出してくれって言うもんですからね・・」
「そうなんだ! あのさあ・・その叔母さんが奥のドアに入って行くのを見たんだよね。」
「それは無いですよ。あそこは地下の倉庫に下りる階段だから。 それは誰かとの見間違いじゃあないのかしら。叔母さんがまさお君と出ていくのを私は見たんですから。」
「そうかあ。じゃあ会社の女子社員かもな。君はあの地下に降りたことがあるの?」
「ありますよ。」
「あそこはどうなっているの?」
「はい、 今は使ってない部屋ガラクタ置き場ですよ。」
「そうなんだね・・何か大事なものでも有るの?」
「知らないけど、たぶん大事な物は無いでしょうね。」
食堂の窓からは遊園地が一望出来て、外は強い日差しが照り付けています。
「今日は午後から暑くなりそうだね・・じゃあまた明日。」
私はそう言いながら席を立ちました。
勤務を終えて駐車場に行こうとすると警備の山本さんが声を掛けてきました。
「お帰りですか お疲れさま。」
「今日は暑くなりそうですねえ。」
「夏休みで子供も多いし、午後からが大変ですよ。」
「ああ、山本さん、ちょっとお聞きしますがね。事務所の奥のドアにお客が入る事ってありますかねえ。」
「あそこは地下室の倉庫ですから、客が入る事は無いですよ。何か有ったんでか?」
「いや、女性客が入ったのを見たものてすから・・」
「そうですか・・ 間違えて入ってしまったんでしょう。」
「そうかも知れませんね。 それではお先に失礼します。」
あんな暗い場所に間違えて入るのかなあ・・と疑念がふかまりました。
□
その日の夕方吉田がやって来ました。
今夜は我が家のテラスで夕涼みがてらにビールを飲むんです。
「で兄貴、あの話はどうなったのよ。正社員以外は立ち入るなってドアの話。」
「ああ、あれねえ・・やっぱ地下室だった、地下倉庫らしいよ。」
「なんだあ、地下倉庫かあ。 まあそんなとこでしょうね。」
その時でした・・ 私の携帯が鳴ったのです。
「はい、石原ですが・・」
「ああ、警備の山本ですが・・実は今夜は私の当直でしてね。夜の見回りをしていたら駐車場に見慣れない車が1台有るんですよ。夜は私の車しか無いはずなのですがね・・この辺は民家も無いですからね・・誰かが夜間だけ車を置いているとも思えません。 でね・・石原さんが今日言ってましたよね。客が地下に降りたって。それと関係が有りますかねえ・・何か気になったものですから。」
「それは変ですねえ、 バスや車が無くてはユートピアには来れませんからね。 車が有ると言うことは誰かがまだ園内に居るってことになりますよねえ・・」
「そうなんですよ・・ それでちょっとね。 へへ、何か不気味ですよね。」
それを聞いていた吉田が言いました。
「ねえ兄貴、今から行ってみませんか!」
「でも、二人共飲んでいるしさあ・・」
「奥さんに運転してもらえば良いじゃあないですか。」
「そうだな、じゃあ行ってみるか!」
「山本さん、ちょっと今からそちらに行きますから。そうですね、30分ぐらいで着きますから・・ええ・・はい・・いえ・・大丈夫ですよ・・どうせ暇ですから。」
そして我々3人はユートピアに向かったのです。
ユートピアに到着したときは11時を回っていました。問題の車は広い駐車場にぽつんと駐めてありました。我々は車を下りて山本さんの居る当直室に行きました。
「山本さーん! あれえー! 居ないなあ・・」
私が携帯を出して山本さんを呼ぼうとしていたときでした。山本さんが血相を変えて事務所に駆け込んで来たのです。
「ああ・・・石原さん!・・」
「どうしたんですか! 何か有ったんですか!?」
「いや・・・さっき事務所の方で何か懐中電灯の明りが見えたので、泥棒かと思いましてね。事務所に行ってみたんですよ」
「で?・・・」
「すると、明りが例の地下室のドアの中に消えたんですよ・・追っかけて行く勇気がなくてね石原さんを待ってからと思いましてね」
「ああ それは賢明な判断ですよ相手は何を持っているか分かりませんからね」
我々は当直室に備えられた懐中電灯を3個を持って地下室に向かったのです。地下室への通路は横幅が1メートルです・・山本さんを先頭に私と吉田とカミさんが続きます。
山本さんが電灯のスイッチを入れると階段の天井の蛍光灯がつきました。階段を下りると10メートルほど廊下が続き奥の方は行き止まりのようです。
「廊下の電灯は点かないのですか?」
「さっきからスイッチを入れているのですが壊れていますね」
廊下に面して2つの部屋が有って、窓ガラス越しに見ると2つともガラクタが入っている倉庫のようです。
「山本さんの見た賊はどこに消えたのでしょうねえ・・・」
「確かにこの地下に入ったのですが・・・」
「この部屋の中も一応確認してみましょうよ」
皆で2つの倉庫を確認してみましたが、そこに有るものは誇りにまみれたものばかりで人の隠れるような場所は有りませんでした。
その時でした、何処かで女の笑い声がしたのです。
「は・ははははは・・・」
廊下に反響して鳥の声のように聞こえます。
「あれ! あれ、何ですか?!」
「外だよ! 事務所の前の廊下だよ!」
私はそう言うなり階段を駆け上がったのです。そして、見たのです。施設のドアを開けて出て行く女の姿を・・
それは迷子放送のときに見たあの女でした。私は廊下を走り女を追いました。そして女に続いて施設の外に出たのです。しかし、そこには誰も居ませんでした。女の姿は施設を出た後どこかに消えてしまったのです。
「兄貴! 女は?・・ 」
「消えた!・・ 消えたんだ!」
「見たんですか?」
「見た!・・ 間違いなくあの女だ!」
「しかし、どこに消えたのでしょうねえ・・」
「あっ! 車だよ! 車!」
カミさんの言葉に皆がはっと気がついたのです。そうだ! 女は必ず車の所へ行く。
私たちは全員で駐車場に向かって走り出しました。しかし駐車場に着いてみるとそこには私たちの乗ってきた車と山本さんの車が有るだけでした。問題の車は消えていたのです。
「あれは迷子放送の時に見た女だよ・・間違いない。」
「でも、何でこんな時間に。」
「分からない・・。」
「でも私らが居たのにどうやって地下室から出たのかしら。」
「そうだねえ・・。」
その時山本さんが言ったのです。
「しまった! ナンバーを控えて置くんだった。」
そうは言っても今では後の祭りです。
「しかし兄貴、女が消えて車が消えたら、もうどうしようもないよね。」
「山本さん、何で地下室を立入禁止にしたんですか?」
「私は知りません、神原主任なら分かると思いますが・・」
「神原主任ってどんな人なんですか?」
「よく分かりませんが何でもユートピアの親会社の社員で・・給料も親会社から出ているんだそうです。」
「そうなんですか、それで偉そうにしているんですねえ・・しかし何にも手がかりが無ければどうしょうも有りませんね。」
そう私が言うと山本さんが、
「そうですね、せっかく来て頂いたのに人も車も消えてしまったんではね。何か被害に有った分けでも無いですしね・・でも鍵が掛かってるのにどっから入ったのか調べてみます。」
「車が無くなったという事は、多分もう来ないんじゃあないでしょうか・・それじゃあ私らはこれで帰りますよ。」
そんな事で我々3人は、心細そうな山本さんを残して家路についたのでした。
□
その日はゆみちゃんとの約束の日でした。
私が美味しい店にユミちゃんを連れていく約束の日です。
もちろん下心なんか有りません、誰が見ても孫とお爺さんです。
「こんな郊外にこんな良い店が有ったなんて知らなかったなあ」
「うん、僕も知らなかったんだ。ツーリングの帰りに偶然立ち寄ったらさあ、エビのピラフが美味しくってさあ・・味が本格的なんだよね。」
「ウエイトレスじゃあ無くて、ウエイターっていうのも拘りを感じますよね・・」
「そうだよね・・」
今日はエビのトマトスープ煮にホタテ貝のクリームシチュウ、それと食パンです。
「食パンをトマトソースに浸して食べるんだ」
「ヘーエ、美味しそう・・」
「この頃暑いからサンタの衣装・・大変ですね・・」
「そうなんだよ・・・半袖半ズボンにして欲しいよ。」
「主任の神原さんに掛け合ってみたら?」
「神原さんねえ・・・あの人どうも苦手でね」
「私が話してあげましょうか?」
「お願いしようかな、ユミちゃんは神原さんとは親しいの?」
「そうでもないけど。でも何でも話してくれますよ。まさお君
の事とかね・・」
「まさお君って息子さんの事?」
「まさお君のお母さん・・2年前に蒸発したの、だから時々お母
さんの妹さんがユートピアにまさお君を連れて来るんですって」
「お母さんが蒸発したの?!」
「買い物に出て行ったきり帰って来なかったんだそうですよ。」
「家出かあ、・・」
「捜索願も出したそうですが分からないそうです。」
「そうかあ・・ 神原さんも大変なんだなあ。」
「そうですよね・・ 」
神原主任は1人で子育てをしながら仕事でも頑張っていたのです。 彼の、あのイライラした態度は、それが原因かもしれません。
しかし・・・
あの日・・あのドアに入った女が、あの女がまさお君の母親の妹では無いのなら・・いったい誰なんだろう? 蒸発した母親?・・ それなら子供や妹が気が付かない分けは無いし・・ あの日見失ったあの女はいったい誰なんだろう・・
□
それから暫らく経ったある日の事でした。
私はいつものようにサンタの格好をして子供たちに風船を配っていました。
「暑いのに大変ですね・・」
振り返ると神原主任でした。
「半袖のサンタの洋服を注文しましたよ。明日には来ると思い
ますから・・」
「ああそうですか、それは助かります。有難うございます。」
「ははは・・ 礼ならユミちゃんに言って下さい。」
彼はニコニコしながら去って行きました・・その後姿を何とな
く見送っている時です・・
あっ・・あれは!!
あの女だ・・!!
主任の後ろを少し離れて着いていく女・・ピンクのブラウスの女・・
・・確かにあの女だ・・・
□
ある日私は吉田と山本さんに声を掛けて我がやで一杯やりました。
「又あの女を見たんだよ。ユートピアで神原主任の後を付いて歩いてたんだ。」
「あの夜見失った女をですか?・・」
「うん、あの女に間違いないと思うんだ。」
「兄貴はその女の顔を見たのかい?」
「いや、今回も後ろ姿なんだ・・しかし間違いないよ、何度も見ているんだからな。」
「その女って、どんな女なんですか? 園に来るのなら私も探してみますよ」
と山本さんが聞きました。
「そうですねえ、小柄で155センチぐらいてすね、肩幅が狭くて華奢な感じがしましたね。髪は少し茶色に染めていましてね・・ ピンクのブラウスを着ています。」
「いつもブラウスなの?」
「うん、いつもピンクのブラウスなんだよな。」
すると山本さんが・・
「今度、神原主任に直接聞いてみますよ」
「何て聞くんですか?」
「そうですね、先日一緒に歩いておられたピンクの服を着た女性はお知り合いですかって聞いてみますよ。」
「なるほど・・ たぶん主任の新しい彼女かもね。」
「そうだね、失踪した奥さんって事はないよねえ。」
□
それから暫く経ったある日・・
例によって吉田と飲んでいると私の携帯が鳴りました。
「もしもし山本です・・ 例の件ですが、主任に聞いてみたんですよ。そうしたらね、ピンクのブラウスの女なんて知らないって言うんですよ。」
「知らないってですか?」
「はい、一緒に歩くような知り合いの女は居ないそうです。たまたま近くに居たのを一緒に歩いていたと勘違いしたのじゃあないかって言われてしまいました。」
「聞いたとき変な感じはしませんでしたか?」
「いや普通でしたね・・ 女には懲りているから付き合っている女性は居ないときっぱりと言っていました。」
電話を切った後、私は吉田に言いました。
「ピンクのブラウスの女なんて知らないって言うんだとよ・・」
「へー!・・それ本当ですかねえ。」
「山本さんが言うには、本当ぽかったそうだよ。」
「これはミステリーですよ。 だってね、その女、俺は見ていないし・・ 山本さんも見ていないよね。兄貴の奥さんも見ていないし・・ それなのにさあ、兄貴だけは何回も見ているとなるとお・・・ もしかしたら兄貴にしか見えてないのかもし知
れないよな。」
「おいおい俺は、気は確かだと思うよ・・(笑)」
「いや、そっちじゃあ無くてさあ・・ 幽霊とか・・」
「よせよ、そんなもん今時居ないだろうよ。」
「でもね、何回も見ているのに1度も顔を見ていないっていうのも変じゃあないかなあ。」
「そういえば1度もこっちを向いた事が無いなあ・・・」
「兄貴、 だれか女に恨まれているんじゃあないのお。」
「おいおい変なことを言うなよ。」
何かおかしな具合になってきましたよ。女の霊が私を恨んでいて、私の前だけに現れる・・・いや、それは絶対ありませんよ。
「兄貴、今度山本さんとあの地下室調べてみようよ。何か胡散臭いんだよね。何か有る気がするなあ・・ あの日山本さんは懐中電灯を持った奴が入るのを見たんだからね・・・こっちは4人も居て見逃す分けは無いからね。あそこには絶対何か仕掛けが有ると思うんだよな・・」
「そうだな・・1度はっきりさせないと気持ち悪いよな。」
それから私は山本さんにもその事を話し、今度の当直の日の夜に、もう1度地下室を調べてみる事になったのです。
□
山本さんの当直の日、私はカミさんと吉田を伴ってユートピアに出かけたのです。
「ああ、お待ちしていました。懐中電灯も4人分用意しましたから、今日は徹底的に調べてみましょうよ」
とは言ってもそれほど広い地下室でもなく、調べる所もあまり有りませんでした。
「調べる所も無いわよねえ・・・」
「その木箱の下・・埃の無い所があるだろう、最近動かしたんじぁあないかなあ?」
「箱に触った跡がありますねえ・・ちょっと横にずらしてみましょうか・・」
木の箱は空っぽらしく、吉田と私で簡単に横に動きました。
「ちょっと待って・・その箱の後ろの壁・・・何これ??」
箱の後ろの壁にドアのような物が隠れていたのです。
「ああ兄貴・・これは鉄板のドアだね、鍵が掛かっているぜ」
「このドアを隠すみたいに木箱を置くなんて怪しいわよね」
私はライトを照らしながら詳しく調べてみました。
「鉄板はこんなに錆びているのに鍵は新しいですねえ・・最近と言うか、近年取り付けたものですね。山本さんここの鍵は?」
「いや知りません・・こんな所にドアが有るなんて知りませんでした」
すると吉田が
「このくらいの鍵なら大型のカッターで簡単に壊せますよ。」
「いや吉田さん、それはまずいですよ・・明日、神原主任に聞いてみますよ・・キーは有るはずですから・・」
このドアの向こうはどうなっているのか? 何が入っているのか? 神原主任はこのドアの事を知っているのか?
しかし、あの日の懐中電灯の主がここに隠れたとは思えません。それは不可能です。
中に入ってからでは箱は動かせませんからね。残念ながら今日はここで行き詰まりです。
「私が鍵を借りてきますから明日スッキリさせましょう」
「そうですね、明日又ここに集合しましょうか。」
私たちは明日もう一度ここに集まる事を約束をしたのでした。
□
しかし、その約束は叶いませんでした。何故なら次の日予想外の事が起きたのです。
あの神原主任が警察に出頭したのです。彼は2年前に妻を殺してユートピアの地下室に隠したというのです。
当然大騒ぎになりました。ユートピアは閉鎖され、警察の捜査が始まったのです。
マスコミも大勢やって来てカメラの砲列を並べました。鉄板のドアの中から白骨化した死体も発見され・・ そして神原主任は逮捕されたのでした。
私達はまるで気が抜けたように食堂の椅子に座っていました。皆で口数も少なく閉鎖されて誰も居ない遊園地をただぼんやり眺めていました。
警備の山本さんが麦茶をひと口飲んでから言いました。
「私がね・・ 神原主任に地下室の鉄のドアの件を話をしたときにね・・ ずいぶん驚いた様子でね、困った顔をしてたんですよ。きっと、もう駄目だと観念したんでしょうなあ・・」
「俺たちに秘密を知られたと勘違いしたんだろうねえ。 我々はピンクの服の女に気を取られていただけで、何も知らなかったのにねえ。」
と私が言うと、
「でもさあ、兄貴の見たピンクの服の女って、あれは誰なんだろう? あの女のお陰で殺人事件が発覚したようなもんだからね。」
と吉田がそう言うものだから皆が私の方を見ました。
「いや、どうかな・・ 見たような気がしただけだよ。」
私がそい言うと山本さんが・・
「でも石原さんはピンクのブラウスの女を見たって言ってましたよ。」
私はそれには答えず、窓の外を見ながら言いました。
「ねえ山本さん、あの中段の所にある観覧車・・あの中に人が見えますか?」
「人が乗ってる分けは無いですよ、止まっているんだからね。うん 何処にも人は居ないですよねえ・・」
と山本さんが双眼鏡で確認しています。
「そうですか、きっき一瞬、誰かが乗っているように見えたんですよ・・」
そう私が言うと吉田が怪訝そうに・・
「兄貴、又見えたんか? どこにも人なんか乗って無いよ・・」
と観覧車を見上げます。
「やっぱり乗ってないのか、私は想像力が先走りしてね、変なものを見る癖かあるんだ(笑)」
「あるある、石原さんって考えが先走りますよね。」
とユミちゃんがそう言うものだから吉田も調子を合わせて、
「そうそう、確かに兄貴に想像力が先走るな! ははは・・」
と吉田が笑うものだからみんなつられて笑い出しました。
私も皆に合わせて笑いながら振り返り、皆に背を向けました。
そして窓ガラスに顔を寄せ、観覧車に目をやりました。
・・やはり私にしか見えてないのです・・
あの止まった観覧車、あの窓から女性が手を振っている・・
確かに私には見えているのです・・
ピンクのブラウスを着たあの女が・・
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