第8話


「あら、如月ちゃん。今日はコートを着ていないのね」


 次の日、如月は教会に来ていたのだが、如月が来た瞬間。シスターは珍しいそうにそう言った。


「今日は……暑いので」


 確かにその日はその時期にしてはものすごく暖かった。


 しかし、今日コート着ていないのは決して椎名に言われたからではない。朝、自分で考えてコートを着て来なかっただけなのだ。


「まぁ、これだけ暑いとなぁ」


 そう言って空を見上げていたが、瑞樹はそのまま何やら考え込む様に視線を下に向けていた。それには如月も気がついていた。


「……」


 しかし、瑞樹が何をそこまで引っかかっているのか如月には分からなかった。


 なぜなら、あのコートは年がら年中ずっと着ているワケではなかったからだ。当然、春から夏に入った辺りの暑い日は着て行かない事もある。


 如月からしてみれば「むしろ、それは普通なのでは?」と思えるほどだ。


「なぁ、如月」

「はい」

「お前さん。ひょっとして椎名に会ったか?」

「え」


 ただ、まさかここで見抜かれると思っていなかった如月はほんの一瞬驚いてしまった。


「いっ、いえ」


 すぐに誤魔化したつもりだったが、瑞樹やシスターの様子を見た限りどうやら少し遅かったらしい。


「え! 如月ちゃん、あいつに会ったの!?」

「……」

「やっぱりな。姉貴の言葉にお前さんの目が泳いでいるから、もしかして……と思ったが」


 正直、如月としては瑞樹が「お前さん」と呼んでいるところを訂正したかったが、それ以上に瑞樹が「もしかして……」でこう言ってきた事の方が驚きだった。


「そんなに驚く事じゃねぇだろ。俺たちだって椎名を探してんだからよ」

「……」


 確かにそうだ。


 しかも、今は『怪異』絡みの事件が多く、それらに椎名が関わっているのではないかと思われている。

 それならば、当然動向を探っていても何ら不思議ではない。


「……で? あいつに会って何か言われたか?」

「いっ、言われたと言いますか……世間話くらいはしましたが」


 嘘ではない。そもそも、椎名とは出来る限り話さないように如月なりに気を遣っていた。


「へぇ、どんな?」

「えと、昨日は……確か『明日は暖かくなるからコートは入らないんじゃないか』という事を言われましたが」

「!」


 ここまできて隠すつもりもなかったので、如月は素直に昨日の会話をそのまま話した。


「あら、それだけ?」

「はっ、はい」


 シスターは意外そうな顔をしていたが……。


「みっ、瑞樹さん?」


 なぜか瑞樹は如月の言葉を聞き終わってから青ざめている。


「……おい、今日、如月の母親はどうしている」

「え、確か今は家にいるかと……」


 如月がそう答えると、瑞樹はさらに顔を真っ青にして「ヤバい!」と言って教会を飛び出して行った――。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆


「瑞樹さん! どこに向かっているんですか!」


 飛び出してしまった瑞樹をシスターと如月はすぐに追いかけた。


「決まっているだろ! 如月の家だ!」

「え! どっ、どうして……」


 如月は瑞樹の言葉に面食らっていたが、シスターはその理由が分かったらしく「なるほどねぇ」と噛みしめる様に呟く。


「わっ、分かるんですか?」

「狙われた相手とその仕掛けた相手はなんとなくね」

「如月が『視える様になった』って時にもっと考えておくべきだった」


 そう言って瑞樹は唇を噛みしめる。


「どういう事……ですか?」

「如月の父親がコートを媒体に取り憑いているっていう時に、どうしてそうなっているのかもっと深く考えていれば……!」

「え」


 瑞樹に悔しそうに言うが、当人であるはずの如月はキョトンとするしかない。正直なところ、全く事の重大さが分かっていない。


「取り憑いている……というよりは表に出ずに見守っているという方が近いかも知れないわね。でも、日頃から物申したかったんじゃないかしら」

「それはどういう」


 如月の質問に答えるように、瑞樹は食い気味で「お前さんの生活についてだ」と答えた。


「え」

「如月は学校選択に限らず如月は母親から様々な制限をされている。それに加えてお前さんはそれに気がついていない上に世間話をするかの様に何気なく話す。それをあの椎名が聞き逃すとは思えない」

「さっき、如月ちゃんは『世間話なら』って言ったけど、その中でそういった事は話していない?」

「……」


 そう聞かれてしまうと、素直に頷けない。


 正直、椎名と話をしている時。一応気にはしていたが「普通と違う」と思いながら話をしていた自覚は全くと言っていいほどなかったからだ。


 確かに、瑞樹の指摘通り「自分が普通とは違うかも知れない」という事は如月も薄々と気がついていた。

 そして、それに気がつくのは大体話を聞いていた相手に指摘されてやっとという事も……。


 しかし、今にして思えば椎名は如月と話す時にいつも如月の少し上を見ていた。


 如月はずっとそれを不審に思っていたが、実はこの時、椎名の目に如月の亡くなった父親の姿が見えていたとしたら……その反応も納得が出来る。


 その上、椎名は如月よりも『怪異』に慣れている。それらも踏まえて考えると――。


「!」


 そこでようやく如月は事の重大さに気がついた。


「何しても急がねぇと! どうなっているかは分からねぇけど、一応おやっさんと消防には連絡しておいたが間に合うかどうか」


「どうして消防に?」

「事故としてありあえるのが転落か火災だからよ。基本的に『怪異』は驚かして相手を事故に見せかけるから」

「なっ、なるほど」


 そうこうしている内にマンションに辿り着くと、そこには既に人だかりが出来ていた。

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