第7話
「……」
「優希。大丈夫?」
「え?」
「なんか……顔色が良くなさそうに見えたから」
「あ、うん。ごめん」
「ううん、大丈夫なら……いいだけど」
口ではそう言っているが、明日香の表情を見る限り、相当気にしてくれているのがよく分かる。
私としてはあまり明日香にそういった顔をして欲しくない。いや、それ以上に申し訳ない気持ちになってしまう。
「どうかしたの?」
ちょうど隣の席が空いていたため、明日香はその席に座った。
「……」
ここで如月は少し迷った。
そもそも明日香は、詳しい事情を何も知らない。だからこそ、話をしたところで特に問題がない様にも思える。
でも、ただそう見えるだけ……という懸念も捨てられない。
「……」
瑞樹もシスターも相手が空いてナだけにかなり如月を気遣っていた。
それは多分、如月がそれだけ瑞樹たちの……いや『怪異』の世界に足を突っ込んでしまっているからだろう。
でも、それは明日香だって似たようなモノだ。
如月ほどは足を踏み入れているワケではないが、全く知らない人間よりは知っている状態。
そして、明日香は如月の友人だ。
椎名が本当に手段を選ばない人間だとすれば、明日香に話して良いのかも正直微妙なところである。
しかし「事情を知っているという人間がいる」というのもメリットがあるのも事実だ。
それこそ、如月の身に何かあった場合。駆けつけてもらえる可能性が格段に上がるだろう。
「?」
チラッと明日香の様子を窺ったが、この間の様な「何が何でも聞いてやる!」という様子は感じられない。
だからこそ、本当に心配しているのがよく分かる。
「……ふぅ、明日香」
「ん?」
「実は、ここ最近マンションにある人が引っ越して来てね」
如月は意を決して明日香に話した。ただ「全て」は話さなかったが……。
とりあえず話したのは「その人とやたらと会う」という事と「その際に如月と話をしているはずなのに、なぜか目線が一切合わない」という事のみだった。
「なっ、何というか……怖くて。しかも、笑顔だから余計に」
「それは……そうね。確かに目線が全く合わないのは……怖いわね」
明日香は「納得」と言った様子を見せ……そして――。
「それ、あの人にも言ったの?」
明日香はコソッと如月に耳打ちをした。
「え……っと」
明日香の言っている「あの人」というのは多分、瑞樹の事だろう。
「瑞樹さんには……言いたくない」
「え?」
「心配をかけたくないから」
「……」
如月が下を向くと、明日香はしばらく無言だったが、その後「そっか」と呟いて前を向いた。どうやら先生が入ってきたらしい。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「はぁ」
本当であれば瑞樹に話す……いや、シスターに話すのが筋だろうとは思う。しかし、シスターも瑞樹も椎名に対する気持ちはかなり複雑だ。
それもそのはず。
二人は直接的ではないんものの、椎名によって母親を殺された様なモノだ。当然思うところもあるだろう。
そういった相手を前にして正常な判断が出来ないかも知れない。
仮にそうなった場合、どちらかだけであれば止められるかも知れないが、二人ともとなると、如月一人で止められる自信はない。
おやっさんも一緒だったら話も変わると思うが……。
「……」
そう考えたところで如月はハッとして首を左右に大きく振った。
なぜなら、明日香に行った「心配をかけたくない」と言っておきながら、あまりにも自分に言い訳ばかりしている様に思えてしまったからだ。
「おや、こんばんは。今お帰りですか?」
「……はい。塾だったので」
「偉いですね」
「……」
椎名はいつもニコリと笑う。その笑顔は何も知らない人が見れば好印象を得られる程だ。
しかし、全てとは言わないモノの多少なりとも知っている如月には、その笑顔が胡散臭く見えていた。
「ところで、明日は随分温かくなるそうですよ?」
「そうですか」
前回シスターが「誘い出された」と言っていたため、あの場にいた如月も椎名にはかなり警戒していた。
「明日着ていくのですか?」
如月はそのまま去ろうと思ったが、ふいに問いかけられたため、足を止めた。
「……何をですか」
そう尋ねると、椎名はにこやかな笑顔で「それです」と如月がいつも着ている『コート』を指さした――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます