第36話 ……デート Part1

 通話の終了を知らせる黒い画面を見つめる。切る直前に聞こえた、彼女の微かな声。それも聞かず、一方的に電話を切ってしまった。

「なんだよ、今更……」

彼女から向けられた、珍しく素直でまっすぐな言葉が、頭の中で何度も繰り返される。


『日向の声が聞きたくて……』


「遅いんだよ、もう……」

静かに消えて行く僕の小さな声は、少しだけ部屋の中を漂って淋しそうに窓の外に逃げて行った。


 そんなことがあって迎えた土曜日。僕は、明里と付き合うことになった思い出の公園の脇にレンタカーを止めて、明里が来るのを静かに待っていた。

 コンコン

窓ガラスをノックする音が聞こえて、ゆっくりとウィンドウを下げた。

「お待たせ」

「全然、待ってないよ。乗って?」

僕はシートベルトを外して、助手席の扉を開けた。

「それじゃ、早速行こうか」

「うん!」

明里の返事を聞いて、僕はゆっくりと車を発進させた。隣に座る明里は、いつにも増して楽しそうで、いつにも増して可愛かった。

「そんなにはしゃいでると、着くまでに疲れちゃうよ?」

「大丈夫だよ! 早く着かないかなぁ」

シートの上で小刻みに跳ねる明里がとても愛おしく思えた。


 車を走らせること二時間。僕たちは目的の日光東照宮に到着した。

「きれ~い!」

まだ東照宮の影も形も見えていないのに、明里は物珍しそうにそんなことを言う。

「まだ木しか見えてないけど?」

「この木もきれいだなぁって」

「そうだね。それじゃあ、行こうか」

「うん!」

明里のはじけた返事を聞いて僕はしっかり彼女の手を握って、足場の悪い砂利道の上を歩いた。

「足元、気をつけてね?」

「ありがと」

周りには国の内外問わず、たくさんの観光客の方が見られた。

「けっこう人いるもんだね?」

「そうだね」

会話と呼ぶにはあまりに短い言葉を交わしていると、すぐに大きな表門が堂々と目の前に姿を現した。

「でっかいね?」

「だね」

僕たちは二人揃って、大きな門をくぐった。

「ほら。すぐそこに明里が見たがってた三猿がいるよ」

入ってすぐ左手を指さす。

「ほんとだ! でも、三猿だけじゃないんだね?」

「うん。有名なのは見猿、言わ猿、聞か猿の三猿だけど、この神厩舎を囲うように、この猿の成長の過程が彫られてるんだよ?」

「そうなんだ! 知らなかった!」

目をキラキラと輝かせながら、全ての装飾を写真に収める明里。

「日向君。すごく詳しいんだね?」

「まぁ、小・中の修学旅行で来てるからね」

そう口にすると、明里は申し訳なさそうに俯いて、

「じゃあ、他の所が良かったかな……?」

小さくそう聞いてきた。

「そんなわけないじゃん! 明里と来てる今が一番楽しいよ」

気を遣ったわけではなく、本当に思ったことをまっすぐ言葉にした。

「ほんとに?」

「うん」

出来る限りいっぱいの笑顔で返すと、明里は安心したように深く息を吐いて、

「じゃあ、いっぱい教えてくれる?」

と優しい笑顔で聞いてきた。

「もちろんだよ」

僕もまた笑顔で返事をして、観覧を続けた。

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