第35話 小さな想い

「何、コレ……」

私は上京してきてから初めて、自分で料理をした。有名なレシピサイトを見て、分量もしっかり計って、手順通りに進めてきたはずなのに……。

 目の前にあるモノは、スマホに載っている出来上がりとは程遠い、食べ物とくくっていいのかもグレーなほど無残な見た目をしている。

「い、いただきます」

小さなテーブルに乗せられた見るも無残な“料理のようなもの”に手を合わせる。一口大に箸で切り分けて、恐る恐るそのモノを口に運ぶ。

「美味しくない……」

独りだからとかじゃなく、普通に不味い。そんなモノをなんとか食べ終えて、食器を霞んだ銀色のシンクの上に置いた。

「日向のごはんが食べたい……」

ベッドに横になって、日向が作ってくれたごはんのことを思い出す。どんなに気分が落ち込んでても美味しかった日向のごはん。毎日、当たり前のように食べていたから、いつしか感謝するっていう当たり前のことも忘れてしまっていた。本当に自分が情けなくて、イライラする。

「日向。いま、何してるかな……」

一度、彼が頭に戻ってきてしまったら、いつまで経っても日向との思い出が消えることはない。

 この日は、溢れる想いを止められなくて。日向には迷惑かもしれないけど、電話をかけてみた。着信音が二回くらいループして、三周目に入ろうかという時に

『もしもし……?』

彼の優しい声がスピーカー越しに聞こえてきた。もうすでに、胸がいっぱいいっぱいだ。

「もしもし……日向?」

喉がキュッと閉まって、鼻がツンとしてきて、喉の奥に重たい何かが上がってきて、上手く言葉が出ない。

『何か用?』

短い言葉。彼の声には、いっぱいの怒りが含まれているように感じた。

「ごめん。日向の……。日向の声が聞きたくて…………」

自分でもすごい気持ち悪いのは分かってる。引かれても仕方がないと思った。でも、これが私の本心だった。

『なんだよ急に。僕は、飛鳥の声、聞きたくない……』

彼の氷よりも冷たい言葉が、私の胸にぐさりと刺さる。

「そうだよね……。ごめんね…………」

『あのさ、僕。明里と付き合い始めたからさ。もう、連絡してこないでほしい』

あまりの驚きで言葉も出なかった。

 ――明里ちゃんが、日向と……。

『じゃあ、そういうことだから』

「まっ――」

日向と明里ちゃんのことを考えているうちに、電話は切られてしまった。耳にはツーツーッという悲しい音が延々と鳴り響いている。

「なんで……。なんでよ!」

怒りに任せてベッドの上にスマホを投げつける。バウンドしたスマホは、強い音をたてて薄い壁にぶつかった。その直後、その音よりも大きな音が隣の部屋から返ってきた。

「すみません……」

小さく謝罪の言葉を口にする。

「なんでよ……」

ぶつけようのない悲しさを小さな言葉に乗せて、都会の喧騒の中に投げ捨てた。

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