第31話 結びの小説

「よかったら、この本読んでみてよ」

突然、私の机の上に一冊の小説が置かれた。表紙を見ただけで察しがつく、明らかな恋愛もの。

「え、いいよ。恋愛小説とか……」

元来、ハッピーエンドで終わる小説が嫌いな私は、恋愛小説というものは好んで読むジャンルではなかった。この時も当然のように本を突き返そうとするが、

「いいから読んで」

彼は一言そう言って教室から出て行ってしまった。手の中に残された、教室で淋しそうに一人佇む女子が描かれた表紙の小説。ページ数はざっと300ページくらいだろうか。

「こんな本……」

今から彼の背中を追って本を返してやろうかと思ったけど、読まずに返すのは申し訳ないような気がしてきてしまって、私は渋々、表紙を開いた。

 スタート。主人公の男子とヒロインが付き合うという所から物語が始まった。もうすでに甘ったるく感じてしまうけど、なんとか踏ん張ってページを捲る。

 ――つまんない

そう思いながら初めの50ページくらいを読んでいた。けど、そこを超えてから物語の世界観に没頭している自分がいることに気づいた。彼女のことを後回しにして、部活のサッカーにのめり込む主人公。自分を見てくれない主人公に、切なさとか、自分はいらないんじゃないかって思ってしまうヒロイン。二人の間に生まれる綻び。離れていってしまう二人。そして、訪れる最後――。いよいよページを捲る手が止まらない。

「おい水無瀬。授業中だぞ」

気づけば昼休みが空けて、五限の自習の時間も通り過ぎて六限目の授業が始まってしまっていた。

「すみません……」

小さく謝って先生が離れて行ったあとも、教科書の影で小説を読み進める。

 話が進むにつれて自分の過ちに気づく主人公。近づくお別れのとき。終業のチャイムが鳴るまでに、私はすっかり300ページ余りを読み切ってしまった。

 こころに柔らかく残る、よく分からない喜びと安堵感。じんわりと心臓の辺りが温かくなるこの感覚。こんな人に感動を与える恋愛小説は、初めてだった――。

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