―― 2 ――

「ね、紗香那さかなちゃん、中途半端に平べったいもの持ってない?」

 1年B組の教室。昼休みに入ってすぐに声をかけてきたのは真智まちちゃんだった。

 色波いろは真智まち。いつも何かを探している不思議な女の子。彼女の注文は、いつも少しだけ難しい。

「中途半端にって、どれくらいかな。プリントとかじゃだめ?」

「紙だと極端に薄いから、だめかなぁ。多分これくらい」

 真智ちゃんが人差し指と親指で『これくらい』を作る。なるほどー、確かにプリントはちょっと違いそう。

 文房具箱の中を探してみたけれど、消しゴムは厚すぎるし、分度器や三角定規は薄すぎて、なかなかうまくはいかなかった。

「あ! 思い出した」

「お、ありそう?」

 私はカバンからお弁当を取り出して、蓋を開けた。今日の献立にはあれがある。

「これ、どうかな? ちょうどいい厚さに切れてると思うんだけど。手作りチャーシュー」

 真智ちゃんが『これくらい』を移動して、私の箸の先に重ねた。

「ばっちりだね。でもいいの? お昼ご飯でしょ」

「うーん、……いいよ。多分バレないし」

 ありがとう、と言って真智ちゃんはチャーシューを頬張った。

 あ、食べるんだ。お腹空いてたのかな。

「お、美味しすぎるぅぅぅぅ」

 良かった。今日のは気合を入れて作ったから、先輩にも喜んでもらえるといいけど。

「あれ、紗香那ちゃん。指、怪我してるの?」

 指先に巻いた絆創膏を見つけて、真智ちゃんが心配そうに声をかけてくれた。ありがたいけど、少し恥ずかしい。

「ちょっとね、考え事しながら調理してたら、火傷しちゃって」

「大変だね。痛む?」

「痛いっていうかヒリヒリしてるかな。すぐに水で冷やしたからそのうち良くなると思うんだけど」

 ちょっと貸して、と彼女は私の手を取った。

「お礼に痛みがなくなる魔法の呪文を教えてあげるよ。まだ誰にも話したことないやつね」

 真智ちゃんの呪文は何度か教えてもらったことがある。『ハリガーネーデコジアケールー』

 とかね。いつも割と実用的だから、もしかしたら火傷にも効くかも。

「ちちんぷいぷいのぷい!」

「え、かわい」

 最後にポンポンと私の手を叩いて、きっと良くなるよと真智ちゃんは席に戻っていった。

 心なしかさっきより平気かもしれない。侮れないなぁ。

 私は散らかし放題にした文房具を拾い集めて、机の引き出しにしまった。

 今日は誕生日だから、人気者の先輩はきっと遅れてやってくる。最近の屋上は少し寒いから、まだもう少しだけここにいようかなって考えた。


 全部が終わって、私がこの教室に戻ってきた時、クラスのみんなはすごく心配してくれた。

 どこにいたのって聞かれてもうまく答えられなくて、いつの間にかみんなの中では短期的な記憶喪失っていう扱いで定着したみたい。私はそれでも構わなかったんだけど、学園の七不思議の十四番目に私の名前が刻まれたことはちょっとだけ恥ずかしかった。

 そんなものなんだなって思った。

 普通に生きていて、自分の外で起こったことで知ることができるのは、ほんの少しだけ。

 この教室にいる私以外の誰も、流花るかちゃんがどうなったのかを、財部たからべくんがどうなったのかを知らない。雨宮あまみやさんのことは私も知らない。みんな行方不明ってことになっている。

 そんなものなんだ。

 本当に怖いことなんてそうそう起こらない。

 でもいつでも誰かにそれは起こっていて、今度は――今度こそは自分の番だったりするのかもしれないということ。

 私は机に肘をついて、右目を隠した。

 あの日のようにいきなり真っ暗闇、なーんてことはない。

 ちゃんと左の目にも教室の景色は映っている。


 ただ、

 少しだけ違うのは、

 ここから斜めに三つ前、

 ちょうど誰も座る事のないその席で、

 笑顔の流花ちゃんが三つ編みを揺らして振り返るのが見えることだけだ。


 幽霊はいないんだったよね。

 ねぇ、あなたは誰?

  

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