第20話:御堂君ったら。もっと言ってください

 俺たちが歩いてきた道と下校路との合流地点で、一人の女子高生が立ち止まって、俺たちをジッと見つめていることに気づいた。

 それは──憧れの人、品川しながわ 咲羽さきはさんだった。


 明るい茶髪のミドルヘアで、いつも明るく天真爛漫な天使のような美少女。

 スリムなスタイルでお洒落な制服の着こなし。


 しかし今の彼女が向ける視線は背筋が凍りそうなくらい冷たく、そして表情は無機質。

 まるで無慈悲な研究者が冷静沈着に観察しているようだ。


 いつも笑顔を絶やさないあの品川さんとは思えない違和感に、俺は呆然と見つめていた。

 すると──目が合った。


 品川さんは無表情のまま踵を返した。



「ん? どうしました?」


 俺が呆然としているのに気づいた堅田かただが、ゆっくりと俺の視線の先に振り返る。

 しかし品川さんはそれよりも先に歩き始め、堅田が見た時には下校路には見知らぬ生徒が歩いているだけだった。


「あ、うん。まだ結構下校途中の生徒がたくさんいるなぁって思ってさ」

「ホントですね」

「でもまあ手を繋いでなけりゃ、駅まで一緒に行けばいいよな。俺たちおんなじ部活なんだし」

「そうですね」

「まあ俺は仮入部状態だけどな、あはは」

「ではそろそろ本入部にしますか」

「あ、ちゃんと活動できる自信がまだないから……本入部はもうちょい先でいいかな?」

御堂みどう君がそう言うなら仕方ありませんね。わかりました」

「おう。さすが堅田だ! 素直なところが可愛いぞ」

「んもう、御堂君ったら。もっと言ってください」

「何度でも言うよ。可愛い」

「そこ、もっと」

「可愛い!」


 品川さんから感じた違和感。

 それを堅田に悟られないように、バカなノリで話をしながら二人で駅まで歩いた。




***


 その日の夜。

 そろそろ寝ようかと布団に入ったのは10時頃だった。

 ベッドの枕元で充電していたスマホが突然着信音を鳴らした。

 音声通話の着信音だ。


 夜に電話がかかるなんて滅多にないので、訝しく思いながら布団の中から手を伸ばす。

 画面を見ると、そこに表示されているのは堅田かただ 美玖みくの名前だった。


 なにか起きたんだろうか?

 それとも部活絡みの連絡事項?


 上半身を起こし、ベッドに座って電話に出た。


「もしもし」

『あ、御堂君ですか?』

「おう。御堂だ」

『夜遅くごめんなさい。今大丈夫ですか?』

「ちょうど布団に入ったとこ。まだ寝ないし全然大丈夫だぞ」

『良かった。私もお布団の中です』


 堅田の部屋で見たベッドが頭に浮かぶ。

 どんな格好で寝てるんだろなぁ……って俺は何を想像してんだよ!


 ところでそう言えば、堅田の声がこもって聞こえる。

 もしかしたら布団の中に潜り込んで話してるのかもしれない。


「こんな時間にどした?」

『今日はありがとうございました。あの……手を繋いでくれて』

「あ、そんなこと、わざわざお礼言わなくてもいいのに。あれくらいならいつでも協力するから」


 って言うか、気持ちよすぎて、俺の方がまたお願いしたいくらいだ。


『それとですね。嬉しいことがありました』

「なに?」

『私の書いてるWEB小説が、ついさっきのランキング更新で日間ランキングベスト10に入ったのです!』


 弾む声色こわいろから、電話の向こうで堅田が喜んでる姿が目に浮かぶ。

 俺も自分のことのように嬉しくなる。


「ホントかっ! やったな! よかったな!」

『はい。御堂君のおかげです』

「いや、俺なんて何もしてないよ。堅田かただの努力の賜物たまものだ」

『御堂君はいっぱい色んなことをしてくれました』

「ホントに何もしてないって」

『ぎゅっと私を抱きしめてくれたり、指でさわさわと気持ちいいことしてくれたり、そして手を握ってくれたり。色んなことをしてくれましたよ?』


 なんだそれ。

 知らない人が聞いたら、俺は単なるエロ野郎だ。


「そんなこと、何の役にも立たないって」

『いえ、私の執筆にとても役立っています』

「そっか……そう言ってくれたら、俺も嬉しいな」

『はい。これからもっと順位が上がるように私も頑張るので、御堂君ももっと色んなことに協力してくださいね」


 堅田が言う『色んなこと』がエロいことのように聞こえて、愛洲あいすさんが頭に浮かんだ。

 だから一瞬ためらいが出たけど、今は堅田のモチベーションを下げるようなことを言うべきじゃないと考えた。


「うん、わかった。任せとけ」

『ありがとうございます。ぺこり』

「ぺこりってなんだよ?」

『電話じゃ顔が見れませんから。お辞儀したのを言い表してみました』


 可愛い。可愛すぎるぞ堅田。


「そっか。ありがとう」

『ところで早速ですけど。執筆への協力をお願いしていいですか?』

「え? どんなこと?」

『えっと……ちょ、ちょっと男性の気持ちをお聞きしたいのです』

「ああ、いいよ。なに?」

『やっぱり男の人って……女の子の裸を見たら……こ、興奮しますよね?』


 こりゃまたいきなりな質問を堅田が投げてきたな。

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