本編100万PV突破記念企画

卒業旅行編 その1

 春らしく来月から始まる新生活に胸を躍らせたくなるような暖かさの中、いつもの駅前で行きかう人々を眺める。探しているのはいつものメンバー。といっても、芽衣は飲み物を買いに行っているだけだから、実際に探しているのは篠崎と若宮さんなのだが。

 つい先日、満開には程遠い桜とあまり関わりを持つことはなかった下級生に見送られ、三年間通い続けた高校を俺たちは卒業した。とはいえ、卒業式が終わっただけで、今月末までは学校に籍が置かれているのだが。まあ、幸いなことにそれぞれ進む道は決まっており、あとは新生活が始まるのを待つだけの身となっている。

 だったらすることは一つだろうと篠崎が言い出したのが、こうしていつものメンバーを探している理由だ。芽衣と俺が受験勉強に励んでいる中、指定校推薦を勝ち取った若宮さんと卒業旅行の計画を練っていたらしい。


「よう、雨音。相変わらず早いな」

「俺らだってついさっき来たところだ。そんなに早いってことはないと思うけど」


 小さなスーツケースの上にボストンバッグを乗せたものを引きながら姿を現した篠崎に、よう、と手を上げて返しながら答える。

 俺と二人の待ち合わせの際は時間ギリギリで来ることが多いが、今日はいつものメンバーとだからか、集合時間までは十分ほど余裕を持っての到着だ。若宮さんや芽衣を待たせる気はないらしい。てっきり一緒に来るものだとばかり思ってたんだけど。


「若宮さんは一緒じゃないのか?」

「一緒だったけど、コンビニの前で廣瀬さんに会って一緒に飲み物買ってくるってさ」

「なるほどな」


 確かに、引いてきたスーツケースをよく見てみれば、篠崎には似合わない可愛らしいシールで装飾がなされている。どうやら荷物だけはしっかりと預けられてしまったらしい。それを言ったら、俺だって同じように芽衣のスーツケースにカバンを乗せて引いている状態なのだが。まあ、こっちは自分から預かった訳だし。

 芽衣と若宮さんを待っていると、篠崎は思い出したかのように口を開いた。


「そういえば雨音と廣瀬さんって大学も同じなんだろ?」

「まあ、一応はな。流石に学部は違うから、授業は被らないだろうけど」


 落ちる気なんて更々無かったが、合格の画面をお互いに見せあった時には本当に嬉しかった。お互いにやりたいことを考えて大学を選んでみれば、志望校がそれなりに重なったのもそうだが、第一志望が同じだったことにも驚いたものだ。


「それでも一緒に大学生活を送れるのは羨ましいな」

「同棲始めるやつがなに言ってるんだ」

「そっちだって、半分は同棲みたいなもんだろ。お互いの家によく泊まるくせに」


 それを言われれば、まあ、そうなんだが、なんて感じで軽口を交わしていると、春らしい装いに身を包んだ二人がやって来た。


「雨音くん、おはよ」

「ごめんね、待たせて。壮太の分も買って来たよ」


 若宮さんに挨拶を返しながら、芽衣からペットボトルを受け取る。暖かくなってきたとはいえ、まだ冷たいものを積極的に飲もうとは思えないくらいの気温。買ってきてくれたお茶はそれを察してか温かいもので、ありがたく口にさせてもらう。

 それから、加わった二人を交えて話していると高速バスがやってくる。大きめの荷物を預けてから乗り込む。一応は卒業旅行なのだし、せめて最初くらいはダブルデートのようにはならないよう俺の隣には篠崎が座り、前の席に芽衣と若宮さんがかけている。


「雨音は飛行機乗るのはじめてか?」

「まあ、初めてだけど」

「なんか緊張しないか?」

「いや、そんな緊張することでもないだろ」


 落ち着かない様子の篠崎と話していると、前に座る二人からも似たような話題で話しているのが聞こえてくる。

 未知の体験に期待と少しの不安を感じているうちに、バスは発車時刻になったようで見慣れた駅前のバス停を出発する。案内によれば三十分ほどで空港につくらしい。

 隣で緊張され続けてはこちらまで緊張してしまいそうだから、携帯を操作しながら、目的地のグルメの話でも振っておこう。

 篠崎と若宮さんが計画していた高校生活の締め。卒業旅行の行き先は北の大地に属し、異国の文化の影響を大きく受けた港町。三大夜景のひとつとして名が挙がったりもする観光地、函館だ。海に面していることもあって美味いものの話は尽きないだろう。

 三泊四日の旅行はこうして幕を開けた。

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