チョコと笑顔と

 第一志望の入試が終わり、受験生としてはようやくひと段落がつけるというもの。まあ、結果が確認できるまでにもう少し試験はあるのだし、受かっていなければまた忙しくなるのだが。


「疲れてるかもだけど、ちょっと寄ってきたいところがあるんだ。いい?」

「平気だし、いいけど」

「じゃあ、行こっか」


 芽衣に連れられるがままにやって来たのは、試験会場からほど近い駅ビル。

 今日という日に合わせて用意された特設コーナーは、甘くて少しほろ苦い空気が満たしている。


「流石に今年は手作りとか出来ないから、一緒に選ぼうと思って」

「そういうことか」

「本当は作りたかったんだけどね」


 少し残念そうに言う芽衣に、まあ、ひと段落着いたら作ってくれと答えながら、ゆっくりと足を進める。


「壮太はどんなのがいいの?」

「どんなのって言われるとな。あんまりこういうのは詳しくないんだけど……」

「甘いのとか、ビター系とか、そんな感じでいいよ」

「そういうことなら、甘いのが良いな。あと、中にクリームとか入ってるやつ」

「それならボンボンショコラとかがいいかな。じゃあ、こっちら辺かな」


 楽しげに応えた芽衣に連れられるがまま、店先に並ぶチョコレートを見ていく。小さくも、綺麗なデザインのそれはまるで宝石のようで、思わず足を止めて見惚れてしまいそうになる。もっとも、宝石のようなのはデザインだけでなく、値段もなのだが。四桁半ばのものが多く、ものによっては五桁に届くのだから驚きだ。


「どれも美味しそうだけど、だからこそ決められないね」

「まあ、ここのはちょっと値段も可愛くないしな……」


 口にしながら辺りを見渡せば、カフェのポスターが視界に入る。


「そうだ」

「ん?」


 突然呟いた俺に、首をかしげる芽衣。そんな芽衣の手を取ってエレベーターに乗りこむ。そのままやって来たのはカフェがいくつか入ったフロア。先ほど見た


「カフェにもバレンタインメニューはあるみたいだし、一緒に食べようぜ」

「でも……」


 言いよどむ芽衣の手を取って、フロア案内の前に行く。カフェごとのバレンタインメニューも簡単にまとめられていて、選ぶのにはちょうど良さそうだ。


「高級チョコを貰うのもいいけど、こうして一緒に食べるのもいいだろ」

「壮太がいいなら、いいけど」


 こっちから言い出したんだし、いいに決まってるだろ、と言いながら、案内板に目を通す。どこのカフェでもチョコレートを贅沢に使ったケーキ類が一推しらしいが、中には先ほど見てきたものには及ばないのだろうが似たようなものもいくらか見られる。


「どこのがよさそうかは芽衣が決めてくれ」

「えっ、でも……」


 それがどういうことを意味するか分かっている芽衣は、いくらか戸惑い躊躇っているようなので、駄目押しの一言を添える。せっかくなのだから、美味しそうに食べる芽衣と一緒に食べられたなら、俺にとってはそれが一番なのだ。


「俺はカフェでってのを選んだんだし、これも一緒に選んでるってことになるだろ」

「それじゃあ、私ばっかりが食べたいのを選んでるみたいなんだけど」

「美味しそうに食べる芽衣が見れるなら、俺は満足なんだけどな」


 素直に思っていることを口にしてみれば、芽衣の顔は真っ赤に染まる。


「壮太はさぁ、どうしてそういうこと言うの」


 飛んできた一言は字面にすると少し怒っているようにも感じられるが、別にそういう訳ではないらしい。よく見れば、機嫌が良い時のように右手の指輪をそっとなでている。


「そう言われたら、選ぶしかないじゃん」


 そうやって嬉しそうに言うから、さっきみたいなことを口にしてしまうのだ。まあ、これも言ってしまっては、気にするだろうから言葉にはしないけれども。どれにしよっかなー、と目を輝かせる芽衣を見ながらそんなことを思うのであった。

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