第14話

 試験終わりの外は気持ちがいい。開放感が半端ない。

 それが日が落ちた曇り空であってもだ。

 これで、すべての試験が終わったわけでも、大学の合格通知が届いたわけでもない。けれど、今まで挑んできたことが一つ終わったことには変わりなかった。


 本当は伸びをしたいところを堪え、肩をならすだけにとどめた。首を左右に動かしていると、慧が声をかけてきた。

「お疲れー」

「慧も、お疲れー」

 お互いに疲れているけれど、晴れ晴れとした顔を見て、ハハっと笑い合い、帰る人の波に乗って歩いていく。


 少し前を女性が三人、並んで歩いていた。そのうちの白いダッフルコートが目に止まった。

あれは――。

「佐野さん!」


 声をかけると、真ん中にいた葉月が振り返った。ストレートの肩までの髪が揺れる。二重の大きな目が怜生と慧を捉え、笑みが返ってきた。

「お疲れ様! 会えるといいね!」

 葉月は後ろ向きに歩きながら手を振っている。

「おう」

「ああ」

 怜生は大きく手を振り、慧は軽く手をあげた。

 葉月の両隣にいるのは、友達だろうか。腕を絡ませ、前の人にぶつかりそうになる葉月に「危ないって、前向きなよ」と、嗜められている。

 反対側の女性が、こちらをチラっと振り返ると、葉月にぼそぼそ何かを話している声がした。距離があるのと、雑音で何を言っているのかまでは聞き取れない。


「……、ぶつかって……」

 葉月の声が、少しだけ聞こえた。

 きっと、どんな知り合いなのか聞いていたのだろう。


 目の前には、昨日滑ったところがある。雪は地元はまだ沢山残っているけれど、大学前には、残っていない。

 隣を歩く慧に改めて礼を言った。

「ありがとうな」

「別に、そんなに恩に思わなくてもいいよ。助けられる距離にいたら、怜生だって助けるだろ?」

 さっぱりした顔に、「まあね」と頷く。

 あの一件だけで、何事もなく、試験が終わって万々歳だ。もし、慧がいなかったら、出会っていなかったらどうなっていたのだろう。

 それを思うと、恩に着せなくていいと言われても、有り難く思ってしまう。

「次会うとしたら、まだ、試験会場だな」

「それか、大学でかも」

「それ、いいな……」

と言ったところで慧の笑みが消えた。

「どうした?」


 慧の目線を追った。

 校門を出たところに、私服の男性が立っている。

 背が高く、がっしりとした体格は目を惹くのだろう。

 通り過ぎる人が振り返っていた。

「知兄……」

「お兄さん? 迎え?」

「えっと、今日、これから知兄のマンションに行くことになっててさ」

「それで」

「それもあるけど……」

 言いかけたところで、怜生に気付いた知幸が、手を上げた。


 校門を出た所で、慧とは別れた。

「んじゃあな」と言う慧に「またな」と返した。

 彼とはこれで最後とは思えなかったから。

 慧は知幸に軽く頭を下げたあと、怜生に手を上げ足早に駅の方へと去って行った。


 久しぶりに会う兄の姿は、髪型が変わっているぐらいで同じだった。

「なんだ、友達と一緒だったのか」

 眉をひょいとあげながら言う。

「まあね。昨日、すべ……やべ。足を氷に取られたところを助けてくれたんだ」

「ほう」

「一緒にいると、楽なんだ」

「ほうほう」

 知幸を見上げると、ニヤニヤしている。

 顔をしかめ「なんだよ」と言うと、「いい友達だな。で、試験は?」と言った。

 言葉じゃなくて、親指を立ててニッ笑うと、大きな手が頭にのった。

 その手を払いのけると、知幸に聞いた。

「雪野さんは?」

「雪は、家で寝てる」

「え?」


 いろんな仮説が頭をよぎり、目を瞬きながら兄を見上げた。

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