第11話

 無事に試験会場の大学の最寄り駅で降りることができた。


 地元よりも雪は少ないけれど、地面が濡れて水たまりが凍っている。

 行き交う通勤客が時折、足を滑らせてるのが目に入った。

 時刻は八時半を過ぎたところ。大学の最寄り駅だけあって、駅周辺にはおしゃれなお店が多い。サラリーマンやスーツ姿の女性。学生服姿が怜生と同じ方向に歩いていく。きっと、向かう場所は同じなのだろう。

 電車に乗ってからはスムーズに進み、試験まで、まだ一時間の余裕がある。コーヒーの匂いにつられて、近くの入りやすそうなコーヒーショップに心を惹かれた。


 けれど、何があるかわからない。試験が終わったあとならいいけれど、受ける前に何かあっては大変だ。とにかく、まずは試験会場に向かうことにする。

 帰りに寄ろうと、少しだけ後ろ髪を引かれながら、バスに乗った。


 そのバスには、怜生と似たり寄ったりの年恰好の男女が乗り込んでいた。試験会場に着くと、バスの中は空になった。


 最後尾に並び、バスを降りる。

 小高い坂道の上にある試験会場は、駅よりも空気が冷たい。

 多くの受験生が、大学の門をくぐっている。


 とうとう――。


 この試験に受かれば、晴れて大学生だ。

 緊張がないと言えばウソになる。けれど、ふと隆之介が送ってきてくれた『努力は裏切らない』という一文が頭に浮かんだ。

 今までやってきたことをするだけだ。


 怜生の中には、どうしようという不安より、この先へ進めるという高揚感があった。


 道を歩いていると、パリっと音がした。

 路面を見ると、昨晩の雨か雪が降ったのか濡れており、所どころ凍っているようだ。貼った氷が踏まれ、円形のひび割れができている。

 受験生は凍った所をよけながら進んでいく。

 怜生も凍った所をよけながら歩いていた。


 地元の雪に比べたら可愛いものだけれど、油断は大敵だと思った時に、それは、突然に起った。


 斜め前を歩いている白いダッフルコートを着た女の子が、滑った。

「きゃっ!」

 怜生の方へと倒れてくる女の子の背中を腕で支え、咄嗟に受け止めた。が、しかし、主軸になった足の下は、凍った路面だったために、体重を支えられず、受け止めた女の子ごと、後ろへと倒れる――。


「うわっ!」

 自分より、女の子の方が気になった。

 けれども、彼女の体重もプラスされ、態勢を立て直すことも叶わず、地面へと吸い込まれるはずだったのだが――。


それを止めた人がいた。


 怜生が女の子の背中に回した腕の上から、違う腕が支えていた。力強い腕で、地面から引き離される。

 尻餅をつくことなく、路面に立つ女の子。その隣で怜生はしゃがんだ姿のまま、助けて反対側に立つ人物を見た。


 紺色のダウンジャケットに、サイドを刈り上げているツーブロック。癖のある前髪で眉は隠れている。その分、くっきりとした二重が印象的な精悍な顔つき。


「大丈夫ですか」と問う声は低いけれど、威圧的には聞こえなかった。

「はい」

と言う怜生と、

「大丈夫です。ありがとうございます」という女の子の声がかぶった。

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