第10話

「怜生!レオー!起きて、起きて!」


 母の慌てた声に、寝坊したのかとガバッとふとんをのけて起き上がると、母はカーテンを開けた。

 まだ、窓から見える空は、藍色だ。山の端さえぼんやりと白い程度。何時だろう。目覚ましは7時にセットしたはずだが、鳴っていない。


「ゆ、雪よ」

「雪さん?」

「もう、何ボケてるの!外真っ白よ!」

「えっ……」


 目をこすり、窓辺に寄った。

 確かに、昨日、天気予報は雪だった。けれど、一夜で景色が様変わりするほど降るとは思っていなかった。

「うわっ!すっげぇ」

 一面、雪に覆われた景色に、思わず声を上げた。


今日は大学入学共通テスト当日。


 前の晩から用意万端だが、天候はどうにもならない。

 試験会場までの移動時間は一時間以上。

「もう、感動してる場合? 急がないと電車に間に合わないわよ。それに、会場だって雪かもしれないでしょ」

「ああ、そっか」

「そっかって、のんびりしない。起きた起きた」


 母に急かされるまま、ベッドから立ち上がると、朝食もそこそこに家を出た。

 家から出ると膝まで雪が積もっていた。

「送るわね」

 自転車では無事にたどり着くのか不安になる積雪だ。ここは大人しく車で送ってもらうことにした。

 山も田畑も、見渡す限り真っ白だった。

 ただ、薄暗いので青っぽく見えるけれど。


 予定よりも一時間早く家を出た。

 ノロノロ運転で、やっと駅に着いたら、電車が遅れていた。一時間に一本しかないのに。

 どれぐらい遅れているのだろう。

 改札口前に立ち、上を見上げる。

 電光掲示板には二十五分の遅れとある。

 間に合うぐらいの遅延。ホッと一息つき、待合室で電車が来るのを待った。


 待合室は、ガラス張りの四角い長方形の形をしている。

 引き戸を開けると、誰もいない。がらんがらんだ。

 ガラス面に沿って平行にイスが並んでいる。


 誰もいないので、真ん中に陣取った。

 座ると、プラスチックのイスが冷たさでキンキンに冷えていて、お尻が冷える。


 お尻のポケットに突っ込んでいた携帯を取り出した。


 サイレントにしていたから分からなかったけれど、数件のメッセージが届いていた。

 駅まで送ってくれた母からは、電車が動くのかどうか。父からは、応援メッセージ。知幸からは、こっちも薄っすら雪が積もってるという情報と、父と同じく応援メッセージ。


「あっ」

 スクロールする指が止まる。

 珍しい人物からだった。

 メッセージが来るのは初めてだった。


『雪野隆之介』。携帯の画面に書かれている文字を見るだけで、ドキドキしてしまう。文面は、たいしたことない。短い一文だ。

 それが、隆之介らしく感じられた。


『努力は裏切らない。頑張れ』

「はい」

 文面に頷いた時、思ったよりも早く電車が到着した。


 携帯をお尻にしまったと時に、新しいメッセージが届いていた。

 しかし、運悪く、広告メールに表示が書き換えられ、怜生は隆之介がもう一文送っていたことに、ずいぶん後になって知った。

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