第8話

 言い合っていた二人の顔がこちらを向く。


 隆之介の全身にピンアウトして、あの時の人物と照らし合わせてみる。

 隆之介の胸元にかけているサングラス、もしかして……。

 ジャケットの下に着ていたのは、何色だっただろう。

 そこまで思い出すことが出来ないけれど、全身が黒のイメージだった。

 あとは、細身で背が高いこと。


 コーヒーカップを持ったまま手が止まっている隆之介に、黒いキャップをかぶせ、サングラスを掛けた姿を想像してみると……、似ている。

「どうした?」と聞く知幸の顔にハテナが浮かんでいる。


 ここは思い切って聞いたほうがいいか。

 でも、間違っていたら……。

 いや、間違っていない。


 追いかけられている事を電話で聞いたと言った。

 それなら兄のことだ、駅で会った時にどうなったかとか、大丈夫だったかと聞いてきたはず。なのに、そのことについては触れず、別のことをについて怒った。きっと、解決済みだと知っていたのだ。


「もしかして、あの助けてくれた人って、雪野さんですか?」


 切長の目が細められる。

 切れ味抜群の目で見られると、聞くんじゃなかったと思えるほど、怖い。

 けれど、ここはひるんじゃいけない。怜生は真っ直ぐ目を見た。

 知幸は二人を面白そうに見ている。


「だとしたら、どうする?」

 静かな声で隆之介が訊ねた。


 怜生は、スクッと立ち上がると、勢いよく頭を下げた。

「ありがとうございました!!」

 腹から声し礼を言う。本当に絶対絶命だったのだ。窮地から救ってくれた人に会ったら、お礼を言いたかった。どんな人だろうと、あの後どうなったかと気になっていた。どこも怪我のなさそうな姿に安堵した。


良かった――。


 いち、にい、さんと数えてから顔を上げると、知幸は耳を塞ぎ、隆之介は相変わらずの無表情だ。

「もうちょっと、声を押さえろ、な。まだ、キーンとしてるよ。よく平気だな、雪」

 知幸は隣に座る隆之介を、呆れ顔で見ている。


「あれは、たまたまそこに居合わせただけだ。必ずいるわけじゃない」

 頼るな、と釘を刺された。

 言われなくともそのつもりだ。

「はい!」

 無表情で怖いけれど、その表面上とは別の顔もあるのだろう。ちょっとだけ、覗けたように思えた。


 兄とルームシェアをしている人だ。悪い人じゃないのだろう。

 好かれていなくてもいい。

 でも、見て見ぬふりをする人じゃない。それだけは、分かった。


「来年から、よろしくお願いします!」

 もう一度、頭を下げた。


兄の「だから、声を落とせ……」という声と、


「ああ、宜しくな」という声が被って聞こえてきた。

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