第38話 告白

 王城から戻った翌日、ロランはイリアを誘い町に出た。


「ロラン、今日は誘ってくれてありがとう」

「い、いやっ……」


 ロランは珍しく緊張していた。相手からはすでに告白されているとはいえ、返事次第で関係が変わってしまう。さらに言えばイリアが人生最初の恋人になるのかもしれないと思うと緊張せずにはいられなかった。


 ロランは改めて隣を歩くイリアを見る。今日のイリアは鎧姿ではなくチューブトップ型のワンピースにサンダルだ。頭にはつばの広い羽根つき帽子をかぶり、腰まである金髪をなびかせている。


「鎧姿以外を見るのは初めてな気がする」

「私達が出かけるといったらいつもダンジョンだけだったからかな。ど、どうだろう? 変じゃないか?」

「いやっ、そのっ……。に、似合ってて可愛いと思います」


 その言葉を耳にしたイリアの顔が一瞬で真っ赤に染まった。


「か、かかかか可愛い!? そ、そそそそうかっ」

「う、うん……」


 ロランの言葉でお互いに緊張してしまったようだ。これまで普通だったイリアも突如ギクシャクし始めた。


「と、ところでロランよ。今日はどこに?」

「あ、うん。ご飯食べてから服でも見ようかなって」

「そ、そうかっ! それは良いなっ(こ、これは世にいうデ……デデデデデートではっ!? くっ、ロランがいつもより輝いて見えるっ!)」


 この時点でイリアはわずかながら胸に期待を抱いていた。すでに告白は済ませてある。もしかすると今日その返事をもらえるのではと思っていた。


「あ、ここにしようか」

「……こ、ここか? ここは高かった気がするのだが」

「値段は気にしないで良いよ。今日は全部僕が出すから」

「そ、それはダメだ。私も出す」

「良いから。今日は僕が出す日。誘ったのは僕だしね」

「う、うむ……(ふぁぁぁ……、少し強引なロランも……良い……)」


 ロランは食事の場所に高級店を選んだ。ここはマナーがしっかりしていないと恥をかいてしまう場所だ。だがイリアは幼い頃から王女として教育を受け、ロランは執事養成校で一流のマナーを身に付けている。お互いマナーに関しては全く問題がない。


「うん、美味しい。……イリア?」

「え? あ、ああっ。美味しいな! (所作が美し過ぎて見惚れていたっ! あ、味なんて全くわからないっ)」

「良かった。実はここさ、一度潰れかけてたんだよ」

「え? こんな美味しい店なのにか?」

「うん」


 そこにオーナーが締めのスイーツを運んできた。


「ロラン様、本日は私の店を選んでいただきありがとうございます」

「ロラン様? どういう事だ??」


 その問い掛けにオーナーが答える。


「私どもの店は元々小さな食堂でして。客も入らず困り果てていた所をロラン様に救っていただいたのです」

「ロランに?」

「はい。ロラン様から料理を教わり、内装もこのように立派な造りにしていただきました。それからは様々な方に利用され始めまして、今では町一番のレストランになりました」

「へぇ~……」

「ロラン様、本日は心行くまでお楽しみ下さいませ」

「うん、ありがとう。凄く美味しいし大満足だよ」

「ははぁっ、ありがたきお言葉! ではまた」


 オーナーは深々とお辞儀し、席から離れていった。


「なぜこの店に支援を?」

「う~ん……ここってさ元々家族経営の店だったんだよ」


 ロランは支援を始めた理由を語った。


「お店が潰れたら家族がバラバラになっちゃうかもしれないでしょ? 僕も家族とバラバラになったんだけどさ、マライアさんのおかげでまた一緒に暮らせるようになったんだ。やっぱり家族は一緒にいた方が良い。そのために僕ができる範囲で助けようって思ったんだよ」

「……凄いな。私は王女という立場にあるが、ロランのように誰かのために力を貸すなんて無理だ。私にはそこまでの技量も器もないからな」


 そう自虐するイリアに言った。


「別に真似をする必要なんてないよ」

「え?」

「イリアだってこれから強くなればわかるよ。例えば戦う事で親や子を失う家族を救えるかもしれない。今度の戦いは全世界にいる人たちを救うための戦いだからね。力にも色々あってさ、人々の助けになれるならなんでも良いんだよ。ただ、それを実行できるかできないかだけ。イリアは実行できる方だと思ってるよ」

「そうだろうか……。まだ自信がわかないな」

「それは僕たち周りが異常なくらい強いからだよ。大丈夫、イリアは強くなれるよ。いや、僕が鍛え上げてみせるよ」


 イリアはクスリと笑って見せた。


「あまり厳しくされたら泣くからな?」

「ははは、大丈夫。涙も枯れるくらい汗流させるから」

「……人はそれを大丈夫とは言わないのだが!?」


 それから二人はケーキを食べ店を出た。そして町に並ぶ服屋でウィンドウショッピングを楽しむ。


「ああ……楽しい時間というのはあっという間に過ぎ去るものなのだな……」


 時刻は夕方。空が赤く染まり始めた。


「イリア、ちょっと町の外に行こっか」

「え? わっ!? ロ、ロラン!? これはさすがに恥ずかしい……っ」

「ちょっと我慢してね。よっ」


 ロランはイリアを両腕に抱え空へと浮かび上がる。そして町を一望できる高台へと向かった。


「ど、どうしたのだロラン」

「見てイリア」

「ん?」


 ロランは夕暮れに染まる町を指差した。


「綺麗な景色だな……」

「うん。これが僕たちの守る日常の風景だよ。そして失っちゃいけない輝きで……僕の大好きな風景なんだ」

「そうか」


 ロランはイリアに向き直る。


「そのっ……、僕たちはまだ出会ったばかりだし、お互いの事もまだちゃんと理解してるとは言えないけど!」

「う、うん……」

「イリアからの告白は嬉しかった。こんな僕でも人に好かれるなんて考えてもなかったから……」

「……」


 イリアの胸がはちきれんばかりに高鳴る。


「イリア」

「は、ふぁいっ!?」

「この守るべき日常の中にイリアも加えたい。まずは恋人から始めて……、厄災を乗り越えられたらその……っ、け、結婚しようっ!」

「あ……」


 イリアの瞳から雫が溢れる。


「ど、どうしたの!?」

「す、すまないっ。う、嬉しくてっ。ありがとうロランッ、私の告白を受け入れてくれてありがとうっ!」

「い、いや……。僕の方こそその……ありがとう」

「う──うわぁぁぁぁぁんっ! 嬉しいっ! こんなに嬉しい事は生まれて初めてだっ! うわぁぁぁぁんっ!」


 大声で泣き出すイリアを見て慌てるロラン。その後ろにはいつの間にかアレンとセレナがいた。


「あ~、ロランったら王女様泣かしてる~」

「え?」

「はははっ、王女様を泣かせるとは不敬だぞロラン」

「アレン!? それにセレナも!? い、いつからいたの!?」

「お前が俺たちの所に来たんだ。なぁセレナ?」

「うん。私たちの方が先にいたし」

「あ……うぁ……」


 ロランもどうやら周囲に気を配れないほど緊張していたようだ。二人に遭遇し顔を真っ赤に染めている。


「良いじゃないロラン。お似合いだよっ」

「ああ。悔しいが絵になる二人だよお前たちは。まぁ、愛の深さじゃ俺たちには勝てないだろうがな」

「うんうん。ロラン、イリア様。これから何か困った時は私たちに相談してね。先輩としてちゃ~んと教えてあげるからっ」

「あ──ありがどぉぉぉ……っ!」


 イリアは泣きながらセレナに抱きつくのだった。

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