第11話 嫌がらせが始まりました

 セレナの歓迎会を催した後の登校日。歓迎会以降セレナはマライアの屋敷に泊まり、ロランから掃除や調理について学んでいた。そこにアレンも毎日顔を出し三人で知識を深めていった。そして歓迎会から一週間後。今日は執事コースもメイドコースも授業があるという事で三人は朝から養成校へと向かった。


「ロランさんって凄いですね」

「何が?」

「だって……毎日朝からマライアさんの食事を用意したり起こしたりしてたじゃないですか?」

「まぁ……それが僕の仕事だからね。っていうかいつか君もやるんだよ!? 感心してる場合じゃないと思うんだけど!?」

「……そ、そうでした! 私も働くならロランさんみたいにならなきゃいけなかったんでした!」


 どうにも自覚の足りないセレナだった。そしてアレンはというと。


「……ぐぅ」

「アレン、ちゃんと真っ直ぐ歩いて!?」

「はっ!? ね、寝てないぞ俺はっ!」


 アレンは朝に弱かった。普段は早く寝るそうだが、遅くまで起きていると大概こうなる。よほど普段から規則正しい生活を送っているのだろう。


 そんな二人を連れ校門に差し掛かると以前助けた鍛冶師の娘が立っており、ロランの姿を見つけると慌てた様子で駆け寄ってきた。


「やっと会えた! ちょっと来て!」

「え? え?」


 ロランは女の子に腕を引かれ校門から少し離れた場所に移動させられた。


「あなた、何したの?」

「え?」

「え? じゃないわよ。伯爵家の三女があなたの事である事ない事色々言い触らしてたわよ」

「ある事ない事??」

「そう。あなたに暴力を振るわれたとか、セレナさんと付き合ってるとか。な、中にはアレンと付き合ってるとかあったような」

「なにそれ!?」


 ロランは開いた口が塞がらなかった。


「と、とにかく! あの人は貴族なんだから逆らわない方が良いわよ? もし何かあったんなら早く謝っちゃいなさいよ」


 しかしロランはその忠告に首を縦に振らなかった。


「なんでよ!?」

「だって僕間違った事してないし。その令嬢が取り巻き二人と組んでセレナを辞めさせようとしてたのを止めただけだし」

「じゃあその時叩いたとか?」

「まさか。口しか出してないよ」

「そう。わかったわ。セレナの事は私も気にしておくからあなたはあなたで気を付けてね」


 そんな女の子に対しロランはなぜ自分をそこまで案じてくれるのかと尋ねた。


「恩人だしね。それに……私もあいつ嫌いだし。貴族の立場を傘にきて好き放題やってるし」

「そんな酷い人なの?」

「その辺は同じ貴族のアレンの方が詳しいんじゃない? っと、私もう行くね! あ、あと! その内で良いからお父さんが一回あなたに会って謝りたいんだって! 暇な時顔出してって言ってたよ!」

「あ、うん。わかった」


 そう言い、女の子は去って行った。


「まいったなぁ~……。アレン? アレン!?」


 アレンは校門に寄り掛かったまま寝ていた。


「起きて下さいアレンさぁぁぁぁんっ!」

「寝てない……寝てないぞ……ぐぅ……」


 ロランは校門でセレナと別れ、微睡むアレンを何とか教室まで運んだ。


「やだ……付き合ってるって本当みたい……」

「……じゅるり。は、捗るわぁ~……うへへへ」

「く、腐ってる!? あんたそっちだったの!?」


 とまぁ、教室に向かう道すがら様々な生徒が二人を見てこそこそと噂話をしていた。そして何とか教室に着き扉を開くと、突き刺さるような視線がロランに注がれた。


「……ちっ。良い奴だと思ってたのによ」

「まさか女に暴力を振るうような奴だとは思わなかったぜ」

「ちょっとデキるからって調子に乗ってんじゃねぇの?」

「それよりあいつ男もイケるらしいぜ。怖くて一緒にいられねぇよなぁ~?」

「お~いロラン、アレンの具合はどうだった?」

「「「「ギャハハハハハッ」」」」


 この一週間でクラスの人間が全て敵に回ってしまったようだ。


「……うるさいな。なぜ奴らは朝からあんな大声で笑っている」

「さぁね。さ、席に座ろう」

「ん? あ、ああ」


 ロランは蔑む言葉を無視し席に座った。するとその直後にダニエルが教室に現れ、ロランを教室の外に呼び出した。


「なるほど、イジメですか」

「はい」

「それで君は暴力を振るったのですか?」

「まさか! 僕は軽々しく力に訴えたりしませんっ!」


 ダニエルは真っ直ぐロランを見る。


「ふむ、嘘は吐いていないようですね。わかりました、噂は全て出鱈目で、君は逆恨みされているようですねぇ。しかし……相手が悪かったですね」

「そんなに力があるんですか?」


 その問い掛けにダニエルはこう答えた。


「力があると言いますか……。彼女の家、つまりオズワルド伯爵家はとにかく黒い噂が絶えなくてですね」

「黒い噂……ですか」

「ええ。ですがオズワルド伯爵家は隣国との境に位置し、国防のためにも軽々しく裁けないのが実情です。証拠は揃っているのですが、あの家がなくなれば隣国に攻め込まれてしまうでしょう」


 どうやらオズワルド伯爵家には相当な力があるようだ。それも国家を揺るがしかねないほどの力だ。


「それで罪を見逃すのですか?」

「今の所は。しかし……かの家にはもう一つ噂がありましてね」

「それは?」

「……それはマライア氏の方が詳しいでしょう。帰ったら聞いてみなさい。さ、授業に向かいましょうか」

「はい!」


 この日は一日中雑音が入り授業に身が入らなかった。幸い今日の授業は教科書を読むだけだったので、全て暗記しているロランには問題はなかった。


 そして放課後。


「ロランさんっ!」

「セレナ?」

「む?」


 校門の所でセレナが待っていた。セレナはロランの姿を見つけると慌てて駆け寄ってきた。


「だ、大丈夫でしたか!? 私のせいで大変な事に……!」

「お、落ち着いてセレナ。僕は大丈夫だから」

「ほ、本当に?」

「うん。さ、帰ろうか。今日は掃除の続きから教えるよ」

「は、はぁ……」


 思っていたより気にしていない様子を見たセレナはホッと一安心していた。


「僕よりセレナの方は大丈夫?」

「あ、はい。私の方はいつも通り無視だけなので」

「それをいつも通りって言っちゃうのか」

「あはは、私入学して三日目からずっとこうなのでもう慣れました」

「……メンタル強いなぁ」


 ロランは平静を装っていたが内心は結構響いていた。


 そしてその日の夜、ロランはマライアにオズワルド伯爵家の事を尋ねてみた。


「オズワルド……ああ、あの国境にある領地ね。それがどうかしたの?」


 ロランは養成校で起きている事を話した。するとどんどんマライアの表情が険しくなっていった。


「……あいつ、私のロランにっ!」

「マ、マライアさん?」

「大丈夫よロラン。後は私に任せておいて。しばらく家を開けるわ。もし客が来たら王都に行ったと言っておいてちょうだい」

「は、はぁ……」


 ロランの話を聞いたマライアは翌日の朝、馬車で王都へと向かうのだった。

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