第四十話「ヒーロー流、公園デート」

 蒼馬いつきは生まれてこのかたまれに見るピンチに遭遇していた。


 同僚・スナオに呼び出された彼女は当初、付き合いでショッピングにおもむく予定であった。


 だから服装もいつものワンピースだし、メイクも薄い。

 気合いの入れ方でいうとせいぜい40%といったところだ。


 ところがどっこい、いまいつきの目の前にいるのはスナオではなく、あこがれの相手オリジンレッドである。

 スナオのとんだ“おせっかい”により、いつきたちは突発的にふたりぼっちにされてしまったのだ。


 仕事でツーマンセルを組むことは多々あれど、こうしてプライベートでふたりきりというシチュエーションは初めてである。

 オリジンレッドとこうして肩を並べて歩くだけで、いつきの心臓ははちきれんばかりの鼓動を刻んでいた。


(ううっ……間が持たない……! スナオちゃん、いまからでも遅くないから一緒にいてよぉ……!)


 そもそもショッピング目的だというのに、待ち合わせ場所に都市公園を指定された時点で怪しんでもいいものだが。

 そこは日本海に面した小さな田舎町で生まれ育ったいつきである。


 なにひとつ疑うことなくころりと騙されたどころか、まだ騙されたことに気づいてすらいなかった。


「なあいつき」

「はいぃっ! なんでありましょうか!」

「とりあえずその、返事をするたびに敬礼するのはやめないか」

「了解しましたっ!」


 いつきはそう言うとおでこにびしりと手を添える。

 ついでにいうと先ほどから右手と右脚が同時に出ていた。




 …………。




 はてさていったいどうしたものか。


 太陽はロボットみたいな動きで自分の隣を歩くいつきの姿を見て、軽く頭を抱えた。


 この状況がスナオの差し金であることは明白だ。

 気を利かせたのかもしれないが、まったくこちらの気も知らずに呑気のんきなものである。


「いつき、せっかくのオフに上司と一緒ってのも気が休まらねえだろ。今日のところは解散でも……」

「ええっ!? あっ、はい。そうですね……」


 いつきのポニーテールが見るからにしゅんとうなだれる。

 まるで叱られた犬のしっぽのようだ。


 その様子に太陽は、はたと気づいた。

 オリジンレッドというヒーローに、いつきが強い憧憬を抱いているのは、太陽もよく知っている。


 なにせオリジンレッドのようなヒーローになるべく、富山の田舎から単身で飛び出してきたぐらいだ。

 いつきがオリジンレッドと行動を共にしたいと思っていることは、けして太陽のうぬぼれではないだろう。


「いやまあ、お前がいいなら、軽く散歩でもするか?」

「はいっ、全身全霊をかけて同行させていただきますっ!」


 いつきは鼻息を荒くしてずんずんと歩いていく。

 軽くと言ったのだが。


 散歩どころかのしのし先行するいつきを見て、太陽は昔の自分を思い出していた。


 憧れのヒーローと一緒にいられる。

 ただそれだけで、わくわくした。


『ムテキレッド! あれ俺に教えてくれよ、ムテキック!』

『おい太陽、あんまりムテキレッドさんを困らせるなよ』

『ええー、兄貴だって生のムテキック見たいって言ってたじゃん!』


 あの頃は兄とふたりして、ヒーローのあとを追い掛け回したものだ。

 今こうしてヒーローを続けている身からすると、あれは迷惑以外のなにものでもなかったように思える。


 だが同時にこうも思うのだ。

 純粋なあこがれに応えることもまた、ヒーローのつとめなのだと。


 加えてこのところ厳しく当たりすぎたという自覚もあった。

 ならば同僚だからという理由でサービス精神を渋ることもあるまい。


「よぉし、いつき!」

「はァいッ!」

「いまからお前に“レッドパンチ”の撃ち方を教えてやる!」

「ええっ、今からですか!? ここで!?」


 きっとこれは嬉しいだろうと、太陽は踏んだ。

 その証拠に、いつきも声にならないほど驚いている。


 修行とはすなわち正義に燃える使命感だけが成しえるわざである。

 ヒーローという使命に対する純粋な思いがあれば、怪人に覚醒などしようはずもない。


 そんな考えも、太陽の中にはあった。


「腰を入れて撃つんだ! 拳に体重と魂を乗せろ!」

「こ、こうですか?」

「違ァう! 自分の存在すべてを前にぶっ放す感じで腕を突き出せ!」

「こうですかァ!?」


 北東京屈指のデートスポット、石神井しゃくじい公園。

 赤いマスクの男が若い女の子にげきを飛ばしてパンチを強要するさまは、まるっきりデートとはかけ離れた光景であった。


 特にいつきに至ってはワンピースにサンダルという、どう見ても運動をする格好ではない。

 もう身体中汗だくで、薄いとはいえメイクも落ちかけている。


 私はいったい何をしているのだろうという疑問を抱きつつ、いつきは一心不乱に突きを放ち続けた。

 そんないつきを見て、太陽は腕を組みうんうんと満足そうに頷いてみせる。




 …………。




「かぁーーーっ! そりゃないでありますよ隊長殿ぉ! はふはふっ!」


 物陰からふたりの様子をうかがっていたスナオは、屋台で買ったたこやきを頬張りながら自分のおでこをぺちんと叩く。

 完全に観戦モードと化していたスナオたち一行であったが、これにはさすがに頭が痛くなる思いであった。


「あの、イッチさん、今からでも着替えをお持ちした方がいいのでは? あの格好でトレーニングなんか続けたら風邪ひきますよ」

「そんなことしたら尾行がバレちゃうでありますよぅ!」

「いやしかし……はふっ!? はふあふぁ、あッつ、はっふぉ!」


 三人の中で唯一助け舟を出そうとしたモモテツは、いきなりアツアツのたこやきを口の中に突っ込まれて涙目になった。

 こと色事いろごとにおいて、穏健派は粛清される運命さだめなのだ。


「……たいちょ、絶望的に空気読めない……」


 最初は面白がっていただけのユッキーも、眉をギュムッとひそめる。

 このままではスナオが掲げた“隊長&イッチのラブラブデート作戦”はその本懐を果たすことができない。


「うむむ、これは予想外でありました。ユッキー、なにか策はないでありますか?」

「……おっけー、まかせて……」



 そう言ってユッキーが取り出したのは、ソースのボトルであった。




 …………。




「はぁはぁ……! これいつまで続ければいいですか……?」

「レッドパンチが撃てるようになるまでだ!」

「ひぃひぃ……! まったく撃てる気がしません……!」


 かれこれ三十分以上も突きの動作を繰り返していたいつきであったが。

 ふと美味しそうなソースの香りが彼女の鼻をくすぐった。



 そうユッキーの作戦とは!

 風上でソースだけを焼くことで香りを送り込み、食欲をそそらせてバカげた修行を中断させるというものであった!


 ちなみにマンホールの上にソースをたらし、オリジンシューターの火力で焼くという荒業である。



 ぐぅぅぅ。



 たまらずいつきのおなかの虫が鳴く。



「~~~~~~~~~ッ!!」



 思いのほか大きな音に、いつきは顔を真っ赤にして自分のおなかを押さえた。


「おお、悪い悪い。栄養も補給しねえとな」


 案の定音に気づいた太陽が周りを見わたすと、いくつかの屋台が目に入った。


 公園の利用者に向けられたものだが、ちょっとしたお祭りのようだ。

 たこやき、フランクフルト、焼きそば、ケバブ、それにクレープなんてものもある。



「よし休憩にしよう。いつき、何が食いたい?」

「あの……それじゃあ、クレープで……」

「わかった、買ってくるから座って待ってろ」



 太陽は駆け足でクレープの屋台に向かう。


 ようやく解放されたいつきは、ベンチにへたり込むと小さなため息をついた。





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