第三十九話「よかれと思ったであります」

 説明しよう、怪人とは!


 ある日突然、超常的かつ多種多様な能力を発現した“元・人間”の総称である。

 公的機関においては法的に人類との区別を明確化するため、局地的人的災害と呼称される。


 すなわち人は怪人として覚醒した時点で、人間ではなく災害として扱うものと法的に定義されているのだ。


 法の上におけるヒーローの職務とは、“怪人の討伐”ではなく“災害の鎮圧”なのである。

 こんなものは屁理屈へりくつに他ならないが、人の身が怪人に立ち向かうためには詭弁きべんも必要なのだ。



 重要なのは怪人がその脅威の度合いに関わらず、国際的に駆逐の対象であるという点である。

 それはたとえ、元ヒーローであっても例外ではない。



「まあ、そういうことだ本子ちゃん」

「報告に感謝する、オリジンレッド」



 北東京支部で太陽から報告を受けた本子は、普段とは対照的に短く言葉を発するなり押し黙った。


 自らが司令官を務める部隊が怪人時限爆弾として意図的に集められていたと知らされたことは、もちろん衝撃だ。

 だが当事者いつきの叔父である太陽が、本子以上にショックを受けていることは明白であった。



 仲間たちがいつ怪人として覚醒してもおかしくないということは。

 一撃必殺のレッドパンチを、仲間に向けて撃たねばならない事態が発生しうるということだ。


 太陽は非情な決断を下せる男ではない、ということを本子は知っている。

 むしろこういうときほど無理をする男だということも。


「事情は理解した。オリジンレッド、今日のところは帰って休め」

「そういうわけにもいかねえ。俺もできることはなんだってやるつもりだ。しばらくは俺ひとりでオリジンフォースを支える。いままでだってそうしてきた」

「逆だ。いまの君こそ前線に送り出すわけにはいかない」


 本子の言う通りいまの太陽はもうひとつ、ヒーローとして活動する上で大きな問題を抱えていた。


此度こたびの一件で君のヒーロースーツの損傷率は85%を超えている。自己修復機能をもってしても、再び前線に出られるようになるまで少なくとも一週間はかかる」


 地下の崩落を支えるにあたって、無理をしすぎたのだ。

 いまこうして太陽が軽傷で済んでいるのも、ヒーロースーツがダメージを肩代わりしたからに他ならない。


「怪人覚醒率のことを知っちまった以上、あいつらだけにオリジンフォースを任せるわけにはいかねえ」

「私だってそうしてほしいのは山々だがね。損傷率が70%を超えたスーツは生身と同じだ。私には司令官として君を後方に留め置く権限と義務がある」


 他ならぬ今こそ、彼らのそばにいてやらなければならないというのに。

 太陽はヒビの入った赤いマスクのおでこに、あふれる悔しさをこらえるかのように己の拳を押し当てた。


 本子はなにも間違ったことを言っていない。

 自分の立場を十分に理解しているからこその悔恨であった。


 太陽の気持ちを察してか、本子が言葉を続ける。


「怪人覚醒しやすいといっても今日明日のことでもあるまい。復帰に備えていつでも動ける体を作っておくことこそ、いまの君が打てる最善の手だ、オリジンレッド」

「ああ、わかってる。わかってるけどよお」



 ピピピポポポピ!


 そのとき、太陽のオリジンチェンジャーがけたたましく鳴った。

 いつもの怪人警報ではなく、これは仲間からの通信コールだ。


「こちらオリジンレッド、どうした?」

『ややっ、これは隊長殿ご無事でありましたか! いやあ今回ばかりはダメかと思ったでありますよ!』


 コールの相手は渦中にいる当事者のひとり、スナオであった。

 彼女もまた怪人覚醒の危機に瀕しているらしいが、声を聞く限り元気そのものだ。


「スナオ、現場げんじょう報告なら本子ちゃんに……」

『いえ後処理はまだまだかかるでありますからして。じつは小官、隊長殿に折り入って大事な話があるでありますよ。よろしければ明日、少々お時間を頂戴したいであります』


 オリジンチェンジャーのスピーカーから聞こえてきたスナオの言葉に、太陽は黙って聞いていた本子と顔を見合わせた。


(なあ本子ちゃん、まさかスナオの大事な話ってのは……)

(ああ、ひょっとすると、すでに怪人覚醒の兆候が出ているのかもしれない)


 いかにも悩み事などなさそうなスナオの口から“大事な話”とくれば、ただごとではないことは容易に想像がつく。

 太陽はいったん呼吸を整え、慎重に言葉を返した。


「ああ、わかった、明日だな。場所は基地の個室でいいか」

『ええ!? それは困るであります! 隊長殿には申し訳ないでありますが、ちょっぴりご足労をお願いしたいでありますぅ』


 なにがなんでも仲間たちには聞かれたくないことらしい。

 もはや疑う余地はないように思えた。


「わかった、外で会おう。必ず行く」

『ありがとうであります隊長殿! それで待ち合わせ場所なのでありますが……』




 ………………。



 …………。



 ……。




 “石神井しゃくじい公園”

 百年以上の歴史を誇り、休日は多くのファミリーで賑わう都市公園である。

 ちなみにスワンボートにも乗れる北東京随一のデートスポットでもあったりする。


 スナオの意図はわからないが、少なくとも密談にはまるで向かないように思える。

 だが部下から大事な話があると呼び出された以上、隊長として応えないわけにはいかない。


「ねえママぁー、あのひと変だよ。ヘルメット被ってるよ」

「まーくん、あれはヒーローのマスクよ」

「じゃああのひとヒーローなの? スーツ着てないよ?」

「まーくん、世の中にはいろんなひとがいるのよ」


 日曜日の公園ともなると、人出が多い。

 その中にあって赤いマスクにジャケット姿の太陽はとんでもなく目立っていた。


 道行く市民のみなさんのギョッとしているさまが手に取るようにわかる。

 まるで新手あらて羞恥しゅうちプレイだが、大事な部下のことを思うと、ここで放り出すわけにもいかない。


「ちくしょう、早く来すぎた……」


 太陽のオリジンチェンジャーの時刻は、スナオとの待ち合わせ時間の30分前を示していた。

 あと30分も衆目にさらされ続けるのかと思うと本当に逃げ出したくなる。



 穴でも掘って隠れようかという考えが頭をよぎった、そのとき。



「オリジンレッド……さん……?」



 ふと、声をかけられた。

 だがその声の主は、待ち焦がれたスナオではない。



「い、いつき……?」



 そこに現れたのはスナオではなく、今朝早くに出ていった同居人のいつきであった。

 いつもの白いワンピースのすそと、青みがかったポニーテールが春の風に揺れている。


 太陽はすぐさまスナオにコールする。


『もしもしであります』

「いつきが来るなんて聞いてないぞ」

『無事合流できたみたいでありますな。あ、いやいやこっちの話であります。じつは小官、今日は撮り溜めていた忍●まを一気見するという重要な任務をすっかり失念しておりました! 申し訳ないでありますが、あとはおふたりにお任せするであります!』

「おい、ちょっ、任せるってなにを……」


 一方的にまくし立てた挙句あげく、スナオからの通信は切れてしまった。

 大事な話があるのではなかったのか。



「あ、あの、オリジンレッドさん。私、スナオちゃんと待ち合わせしてて……」

「ああ、そりゃあ残念だ。あいつ忍●ま一気見するから来れないって言ってたぞ」

「ええっ!? 忍●ま!?」



 思わぬところでふたりきりにされてしまい慌てふためく太陽といつきを、遠くからこっそり見張るみっつの影があった。


「うっしっし、作戦大成功であります! これで今日一日、隊長殿はイッチとデートであります!」


 そのうちのひとり、スナオは双眼鏡を覗き込みながら小さくガッツポーズをとった。

 スナオの後ろからふたりの様子をうかがうのは案の定、モモテツとユッキーである。


「あのう、本当にいいんですか? これじゃあなんだか騙してるみたいじゃないですか」

「……みたいもなにも……騙してる……」

「だってだって! 小官、無線で聞いたであります! 隊長殿はイッチとデートしてもいいって言ってたであります! 小官はきっかけを作っただけでありますぅ!」


 太陽といつき、ふたりを呼び寄せ引き合わせたのは、言わずもがなスナオであった。

 スナオの手法の強引さに、モモテツは大きな体をすっかり委縮させていた。


「おふたり、なんか困ってますよ。今からでも謝ったほうがいいんじゃ」

「イッチきっと心の中では喜んでるであります! 小官お手柄であります!」

「ほ、ほんとにいいんですかね……? あとで怒られたりしませんか……?」

「大丈夫であります! よかれと思ったであります!」


 まるで反省の色を見せないスナオのそでを、ユッキーが小さくひっぱる。


「……行っちゃうよ……ふたり……」

「はうあっ! 追跡するでありますよ!」


 三人はこっそりと、歩き始めたふたりの後を追った。





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