第十三話「“ネームド”の本気」
精鋭として集められたはずの仲間たちはまるで役に立たず、はやくも戦線は崩壊した。
無数のザコ戦闘員の中心で孤立した太陽の前に、
「クハハハハ!!! 愚かなりオリジンフォース! 一度ならず二度までも同じ手に引っ掛かるとはな!!」
「二度……?」
そのときようやく太陽は察した。
いや、確信したというべきか。
昨日から薄々感じていたことではあったのだ。
待ち伏せを受けたとはいえ、ヒーロー本部が太鼓判を押す“精鋭たち”がああもあっさりと捕らえられてしまうものだろうかと。
「お前らひょっとして……」
「隊長殿、ごめんでありますぅ。小官たち昨日も頑張ったのでありますが、まるで歯が立たなかったでありますよぅ」
足首にロープを引っかけられ、逆さ吊りにされたスナオがぷらんぷらんと元気なく揺れる。
そうなのだ。
彼らは、待ち伏せに遭い、無抵抗に捕らえられたのではない。
太陽が到着する前に、
猪突猛進で周りのことが見えていないスナオ。
融通が利かず自分で判断を下せないモモテツ。
どう考えても体力面に問題を抱えているユッキー。
“精鋭たち”がどのようにして敗北を喫したかは、想像に難くない。
「マジかよおい……ヒーロー本部の肝入りだって話じゃなかったのかよ……!」
人類絶滅団とかいう怪人たちとて、けして無策に区役所の襲撃などというわかりやすい挑発を行ったわけではない。
昨日の時点で、彼らの目的は明確に『オリジンフォース』であった。
当然、精鋭たちの戦力も計算に入れての行動だ。
「クハハハハァーーーッ! ようやく気づいたか愚かなる偽りの英雄め! 貴様らは我の深淵にも等しき虚空の頭脳から導き出されたる計略にまんまと引っ掛かっておびき出されたのだァーーーッ!!!」
「リベルタカスさん。虚空の頭脳だとあたまからっぽですウィ」
リベルタカスの悪魔的な高笑いが、板橋ジャンクションデルタに轟く。
漆黒の怪人が率いるザコ戦闘員の数、およそ二十体。
太陽にとっては絶望的ともいえる戦力差であった。
そこへようやく変身したオリジンピンク・モモテツが合流する。
「隊長、いかがいたしましょう」
「モモテツ。スナオとユッキーを頼む。隙を見て人質を避難させろ」
「はっ! 了解いたしました!」
モモテツに指示を出すと、太陽は改めて異彩を放つ怪人と向かい合った。
「……ご覧のありさまなんだけど、見逃してくれちゃったりしないよねえ……?」
「笑止。命乞いならば冥府でハデスにするのだな」
「そうかい。じゃあやるっきゃねえな……!」
いつもならば一目散に逃げだすところだが、背後には仲間たちがいる。
腹をくくった太陽は、腰からこれまた随分年季の入った光線銃“オリジンシューター”を引き抜いた。
いかにも古臭いデザインの丸いフォルムは、まるでおもちゃのようだ。
それが開戦のゴングとばかりに、リベルタカスも身構える。
「ククク、骨董品の銃などおそるるに足り……」
「ほらよ」
「へっ?」
銃を警戒するリベルタカスに向かって、太陽はオリジンシューターを
漆黒の怪人の胸元に、ヒーローの秘密兵器がぽすっと収まる。
いきなり投げ渡された光線銃の意図がわからず、リベルタカスの頭はゼロコンマ数秒ほど空白化した。
そこへ。
「必殺“レッド不意うち”!」
きょとんとするリベルタカスの顔面を、太陽は力いっぱい殴りつけた。
もちろん、ただ殴りつけただけではない。
そんなものは怪人の耐久力の前には無意味だ。
しかしヒーロースーツの身体能力増強効果により、太陽が放ったパンチの威力は人間のそれを遥かに超え、大型トレーラーとの正面衝突に匹敵する。
「うげぶぁーーーーーーーーッ!」
武器そのものを囮に使ったフェイントにより、太陽は完全にリベルタカスの不意を突いた。
太陽は空に手を伸ばすと、放り出され落下してくるオリジンシューターを
「銃を抜いたら銃を撃つ。まあ誰でもそう思うわな」
15メートルほど吹っ飛ばされたリベルタカスは硬いアスファルトに頭から落ちた。
「へぶぅ!」
「ウィッ!? リベルタカスさん!? しっかりしてくださいウィ!」
慌てふためくザコ戦闘員たちをよそに、太陽は腕をぐるぐる回して仲間たちに合図を送る。
「よっしゃ、今のうちに人質確保して撤退だ」
「ま、待て……そうはさせん……させんぞ……」
太陽が振り返ると、前歯をへし折られたリベルタカスがよろよろと立ち上がるところであった。
「今日この場で貴様らを葬り去ることがゼスロ様より与えられし我が使命……! ならば我は、いかなる手段をも用いる所存だ!」
ズシッ……。
太陽はまるで突然、重力が増したかのような圧を感じる。
リベルタカスの周囲に湧き起こった負のオーラが太陽の野生的な危機察知能力を凌駕し、脳から身体へ送られる命令を害しているのだ。
「この我の真なる闇の力を、魂に焼きつけ逝くがいい」
リベルタカスの悪趣味なコートを突き破り、黒く染まった身体が膨張する。
まるで本当に闇の力が暴走しているかのようだ。
闇は次第に、まるで節足動物の外骨格のようにリベルタカスの全身を覆い尽くす。
もはやかの者に痛い言動を繰り返す青年の面影はない。
「ふぅーっ、ふぅーっ。我はあまりこの姿になりたくないのだ。我が闇の系譜を紡ぎし美的感性がほつれかねん」
その姿はまさに、暗黒から生まれ落ちた昆虫騎士とでも形容すべき醜悪な怪人そのものであった。
黒い装甲に覆われた全身は鈍く光り輝き、顔とおぼしき場所には赤い四つの複眼が並ぶ。
全ての怪人は
だがある日突然、なんらかの要因によって怪人へと至る。
“怪人覚醒”と呼ばれるこの現象により、彼らは超常的な能力を手にするのだ。
そして手に入れた能力に応じ、人ならざる者へと千差万別にその姿を変貌させる。
これこそが、局地的人的災害と呼ばれる怪人の、真の姿なのである。
「おいおい、昨日は本気じゃなかったってか……?」
「無論、本気であったに決まっているだろう。しかし……」
ヴヴ……ッ!
太陽の耳に、かすかに羽音のようなものが聴こえた。
それと同時に。
「ぐっ……!」
隕石の直撃でも食らったような衝撃が、太陽の、オリジンレッドの赤い身体を襲う。
太陽は数十メートル弾き飛ばされ、首都高速の橋脚に激突した。
「隊長ーーーーーッ!!」
モモテツの叫び声は、がらがらと崩れ落ちる瓦礫の音にかき消された。
コンクリートが砕け散り、高架を支える筋繊維のような鉄線が剥き出しになる。
「がっは……っ」
「……この姿では手加減ができんのだ。街を丸ごと
防刃防弾、耐衝撃性に優れたヒーロースーツをもってしても、太陽の肉体へのダメージは深刻であった。
背中を中心に、焼かれるような痛みが太陽の全身を襲う。
太陽がとっさの判断でわずかながら急所を外して、なおこの衝撃力である。
こんなものを素人同然の仲間たちが食らったらひとたまりもない。
「くそっ……めちゃくちゃ痛ぇ……」
「クハハハハ、なかなか頑丈ではないか。壊し甲斐があるのはおおいに結構だが、我としても二度の
リベルタカスは黒曜石の輝きを放つ拳を握りしめ、ゆっくりと腰を落とす。
構えを取るリベルタカスの背後で、なにかがきらめいた。
ヴヴヴヴヴ……。
またあの羽音のような音が響き、暗黒騎士の周囲を風が舞う。
「我が神速にして必殺の一撃。いまの貴様がかわせるか、見ものだな」
ヴヴ……ッ!
羽音とともに、目にも止まらぬ死が太陽に迫る。
まさに、その瞬間であった。
「必殺!! ブルーキーーーック!!!!!」
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