第十二話「精鋭ですから」

 太陽が目を覚ますと、高いトタンの天井と切れかかった蛍光灯の明かりが目に入った。

 どうやらあまりの衝撃に気を失っていたらしい。


「いてて……ってアラッ!?」


 寝かされていたのはソファだったらしく、身体を起こそうとした太陽はあやうく床に転がり落ちるところであった。

 しかしすんでのところで丸太のような腕が太陽の身体を支える。


「隊長。ああよかった、まだ起きないでください。ご無理はなさらず」


 見上げるとパッツンパッツンに張り詰めたピンクのポロシャツが目に入った。

 新メンバーの中ではおそらく一番戦えそうな男性隊員、モモテツである。


「申し訳ありません、秘密基地に救急車を呼んでいいのものわからなかったもので。それにそのマスクも。とりいそぎ安静にはしておきましたが、できれば今からでも病院に」

「いい、大丈夫だ。身体はどこも異常なし、見た目通り頑丈でね。それよりお前たち、いったいなにやってたんだ?」

「実はその、さすがに掃除をしないかということになりまして。ついでに模様替えを……」


 なるほど、やはりこのボロ倉庫に辟易へきえきしていたのは自分だけではなかったのだと、太陽はひとり納得する。

 しかしいまひとつ用途のわからない機械たちを勝手に動かしていいものなのだろうか。


「で、他のみんなは?」

「それが……」


 はきはきと喋るモモテツが、急に言いよどんだ。

 ちょうどそのとき、入口の扉を開いてふたりの隊員が顔を覗かせる。



「あーーーッ! 隊長殿、起きたでありますか! おはようであります!」

「………………………………うぁ……」



 汗と泥にまみれたスナオが元気いっぱいに敬礼するのとは対照的に、彼女に引きずられたユッキーはだいぶぐったいりしていた。


 どうやらふたりは秘密基地周辺の草むしりをしていたらしい。


「いやあ見事なキックでありました! 小官はもう隊長殿が殉職じゅんしょくされてしまったのではないかと、気が気ではなかった次第であります!」

「その割に草むしりしてたんだね」

「……ぜぇ……んぜぇ……こひゅっ……こひゅぅーーー……」

「てかユッキー死にかけてるぞおい! こいつ俺よりやばいんじゃないのか!?」


 太陽が時計に目をやると倒れてから随分と時間が経っていた。

 その間ずっと草むしりに付き合わされていたのであれば、気の毒という他ない。


 そんな今にも溶けて消えそうなユッキーの背中を、スナオがとどめとばかりにバンバン叩く。


「だーいじょうぶであります! ユッキーもヒーローでありますからして、今からフルマラソンだって走り切れるであります! ねっ?」

「………………………………ぉぁ…………」


 それはあんまりにも無責任な発言なのではなかろうか。


 哀願するような目でみつめてくるユッキーに苦笑いを返すと、太陽は気を取り直してスナオに尋ねた。


「あのさ、聞いてもいいかな? もうひとりいたよね? いつき……じゃなかった、ブルーはどこいったの?」

「イッチなら泣きながら引きこもっちゃったであります!」



 そう言いながらスナオは基地の奥の扉を指さした。


 薄汚れたアルミ扉には、ご丁寧に『立ち入り禁止KEEP OUT』の札が掛けられている。

 あの扉の先はガレージだろうか。



「そっかぁ……やっちまったなあ」



 太陽はまだじわりと痛む顎をさすると、はてさてどうしたものかとマスクの下で唇を噛む。

 ひょっとすると“オリジンレッド”として失望されたかもしれない。


 これを機にいつきが自主的にヒーローを辞めると言い出したら、それはそれで安心もできるのだが。

 同時に守國もりくに長官以下、上層部の顔に泥を塗りたくることになる。


 当然のことではあるが、オリジンフォースを存続させること自体が難しくなるだろう

 まさに八方塞はっぽうふさがりの打つ手なしといったところである。



 青みがかった怒りに揺れるポニーテールを思い出し、太陽はそれとなくスナオに尋ねた。


「なあスナオ。ブルー……怒ってた?」

「ご安心ください隊長殿! いざというときは小官がふたりぶん頑張るであります!」

「うん、頼もしいけどそのときがこないことを祈るよ」


 スナオも悪い子ではないのだろうが、どうやら空気を読んだ会話は苦手なようだ。

 だが太陽としては、なんとしても人員を欠くような不祥事は避けたいところであった。


 なにせ復活した新生オリジンフォースは、長官手ずからの推薦を受けたヒーロー本部の肝入り・・・なのだ。

 メンバーはみな、全国から集められた“精鋭”である。


 たしかに昨日のいつき……オリジンブルーの立ち回りには、それなりに目を見張るものがあった。

 しかしながらあの大技を連発する粗削りな戦い方は、いつまでも安全に続けられるようなものではない。



「どうにかして仲直りはできねえもんかね」




 ビゴーンビゴーンビゴーン!!




 そのとき、耳をつんざくような音が倉庫内を震わせた。

 音の出どころはまさしく、四人の仲間を下敷きにしていたあの大きなスクラップである。


 同時に太陽の腕に装着された“オリジンチェンジャー”のランプが赤く明滅する。



「おいおい、昨日あれだけ痛めつけたのにもう次かよ!?」



 太陽と同じように、スナオ、モモテツ、ユッキーの三人も自身のオリジンチェンジャーを見つめていた。


「出動でありますか!? うひょーっ! いきなり腕の見せどころでありますね!」

「隊長、警報が鳴っていますがいかがいたしましょう?」

「…………はぁ、はぁ……ぇ……? いまから出るの……?」


 仲間たちは三者三様の反応で太陽の顔に、赤いマスクに視線を送ってくる。

 みな新生オリジンフォース“隊長”の言葉を待っていた。


 彼ら精鋭たちは昨日、卑劣な待ち伏せにより本来の活躍ができなかったのだ。


 だがしかし、今日は違う。


 万全の態勢で怪人たちを迎え撃つ準備はできている。

 いや若干一名万全じゃなさそうなのも混じってはいるのだが。


 太陽はひとつ咳ばらいをすると、拳を握りしめて彼らに最初の命令を下した。



「いくぞ。オリジンフォース、行動を開始する!」




 ………………。



 …………。



 ……。




 “板橋区役所”


 中山道の上空を覆うように敷かれた首都高速。

 その中央環状線と5号池袋線とを接続する交通の要衝、板橋ジャンクションデルタに囲まれた区政の中枢である。


 その正面玄関口に黒いタイツの一団がひしめいていた。

 彼らを率いるのは、ロングコートをはためかせた驚くほど顔色の悪い男・漆黒怪人リベルタカスである。


 彼とその隣に立つザコ戦闘員は、ふたり並んで拡声器を構えていた。


「親愛なる国家権力の傀儡かいらい諸君に告ぐ。貴様らの矮小わいしょうなる命のともしびは、我が『人類絶滅団』の掌中しょうちゅうで十三階段を踏んでいるものと心得こころえよ。運命ロゴスに抗いし愚者には我からこの言ノ葉を贈ろう。REBELLION IS DIE……」

「えー、板橋区役所職員の皆さんにお知らせしますウィー。抵抗したらボッコボコのボココにするのであきらめて大人しくしててほしいウィー」


 区役所の中では、職員や取り残された市民たちが身を寄せ合ってガタガタと震えていた。


 怪人とは人智を超えた能力と、人間を遥かに凌駕する身体性能を有した災害である。

 一般市民には為すすべなどありはしないのだ。



 太陽以下四名からなるオリジンフォースは、首都高の高架上から区役所の様子を眺めていた。


 本来であれば五人で出動するところなのだが、セクハラ騒ぎがあった手前いつきを無理やり連れ出すわけにもいかなかったのだ。


 とはいえ残る三人、スナオ、モモテツ、ユッキーはヒーロー本部が太陽にあてがった折り紙つきの“精鋭たち”である。

 彼らを活かすも殺すも太陽の采配次第というわけだ。


 ヒーローらしからぬ慎重さをみせる太陽に、オリジンイエローことスナオが興奮気味に話しかける。


「隊長殿、一大事であります! 一般市民が襲われているでありますよ!」

「いいか、スナオ。市民の安全も大事だが、まずは俺たち自身が生き残ることが最優先だ」

「なんででありますか! ちんちんまだ痛いでありますか!」

「ちんちんは関係ないッ!」


 国家公安委員会に属するヒーローとは、怪人から社会の安寧と市民の財産を守る特殊部隊なのだ。


 つまるところその職務は、局地的人的災害、通称・怪人の殲滅である。

 けして無策に突っ込んで殉職することではない。


「まずは情報分析室からの報告を待ってだな……」


 太陽が振り返ると、スナオではなく不安そうな顔のモモテツと目が合った。


「……モモテツ。スナオどこ行ったの?」

「それがその、隊長。自分は止めたのですが……」


 モモテツはおそるおそるといった風に正面を指さす。

 その先では“変身”した黄色い背中が、今まさに黒タイツの集団に突っ込んでいくところであった。


「市民の平和と安全はオリジンフォースが守るであります!」

「「「ウィーーーッ!?」」」


 使命に燃え、叫びながら突撃する黄色い戦士。

 当然のことながら、十数人のザコ戦闘員が一斉にこちらに気づく。


「おいばか! なにやってんだ!?」

「“破戒はかい健脚けんきゃく”オリジンイエロー! 行動を開始するであります!」


 いくらヒーロースーツを身にまとっているとはいえ、これだけのザコ戦闘員を相手に立ち向かうのは無謀というものだ。

 そう思ったときには既に、太陽は安全な高架上から飛び降りていた。


 人海戦術とは極めてシンプルでありながらも、孤立無援で戦うヒーローにとっては鬼門なのである。

 ひとりで戦うことの脆さと危険を太陽はこの数年、嫌というほど噛みしめてきた。



「局地的人定災害を確認! ロック解除!」



 危険極まる戦場の中心へと走りながら、歴戦の勇士・火野太陽は左腕を天にかざす。

 彼の手首に装着されているのは、長年間愛用され続けた“オリジンチェンジャー”である。


 ギアが高速回転するのに合わせて、太陽は赤い光に飲み込まれた。

 傷だらけの赤いマスクに加え、赤いスーツが太陽の全身を一瞬にして包む。



「“紅蓮ぐれん剛拳ごうけん”オリジンレッド! 行動を開始する!」



 胸に輝く“OFオリジンフォース”のエンブレム。

 20年のキャリアを誇るベテランヒーロー・オリジンレッドは、真っ赤な拳を握りしめザコ戦闘員たちの中心に躍り出た。


 ひとりではけしてこのような蛮行とも呼べる突撃はできなかっただろう。


 だがしかし、今のオリジンレッドには頼るべき仲間がいる。

 それもヒーロー本部が新たに選抜した精鋭たちが。


 背を預け合える者たちの存在が、太陽に黄金時代の勇気を思い起こさせた。


 かつて絶対的英雄と讃えられたヒーロー本部の“エース”は、十年という時を経てついに帰ってきたのだ。

 すべてが輝かしかったあの頃、兄とともに駆け抜けたあの戦場に。




「スナオ、モモテツ、ユッキー! 背中の敵は任せたぞ!」


「「「………………」」」




 しかし頼れる仲間たちからの返事はない。


 太陽が振り向くと、イエローに輝くマスクが信号機から逆さまにぶら下がっていた。


「なにやってんの?」

「隊長ごめんなさいであります。まさかこんなところに罠が仕掛けられていたとは予想外でありました」



 スナオの遥か後方ではピンクのスーツがザコ戦闘員に囲まれ、ボッコボコに殴られていた。

 オリジンピンク・モモテツは鎧のような筋肉を小さく丸め、敵の攻撃に反撃することもなく必死に耐えているではないか。


「おいモモテツ、反撃はどうした! タコ殴りじゃねえか!」

「ぐっ、うぅ……! 隊長、行動開始の許可と……武器使用の許可を……!」

「許可する許可する! ってか、いちいちそんなの待ってたらミンチになっちまうぞ!? そういやユッキーはどこだ!?」

「…………ぱひゅー……ぱひゅー……」


 オリジンブラックことユッキーに至っては、現場に駆けつけるまでのダッシュでわずかに残されていた体力をすべて使い果たしてしまったらしい。

 頭に濡れタオルを置いて微動だにせず、もはやザコ戦闘員にすら相手にされていなかった。



 無謀な突撃で呆気なく罠にかかる無鉄砲。


 攻撃を受けても頑なにマニュアルを守る堅物。


 ヒーローとして戦う以前に酸欠で倒れる素人。



 彼らのあまりの“精鋭”ぶりに、太陽は敵前であるにもかかわらず赤いマスクを抱え込む。



「じょ、冗談だろ……?」



 ことこの状況にあっては、太陽も認めざるをえない。

 ヒーロー本部が用意した新たなメンバーは、まるで使い物にならない曲者ぞろいであった。




 新生オリジンフォースに、はやくも壊滅の危機が迫る。




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