第十話「人類絶滅団」

 都内某所、とあるビルの地下室に四人の男女が集まっていた。

 いずれも見た目こそ人間と大差はないが、年齢や容姿にはまるで統一性がない。


 にもかかわらず、彼らには暗い地下室にそぐわない妙な“達観”があった。

 まるで自分たち自身が、人間という身など超越した存在であるかのように。



「……作戦は失敗しました……その、やつら報告以上に連携が取れていまして……」



 そのうちのひとり、紫のロングコートに穴あきグローブの男が床に地面に這いつくばる。


 赤羽でのオリジンフォース襲撃に失敗した、漆黒怪人リベルタカスであった。



「そぉれでぇ~? 逃げ帰ってきちゃったんだぁ~? ぷぷぷーっ、オツカイもできないなんてなっさけなぁ~い。それで四頭目を名乗るなんて恥ずかしくないのぉ~?」



 コンクリ打ちの床にりつけられた頭を、いかにも生意気そうな少女が手にした乗馬用のムチでつんつんと突く。


「ぐっ……そもそもやつらがヒーローとして使い物にならない連中だという情報をもたらしたのはネーヴェル、貴様だろうがっ……!」

「なぁ~にその反抗的な目。実際五匹中三匹はざこだったんでしょ? これってネーヴェルちゃんのせいじゃなくない?」


 リベルタカスは硬い床に拳を叩きつけながら、悔しさに打ち震える。


 見事な退き際であったとはいえ、ほとんど無傷で帰還した彼に対する仲間たちの目は厳しかった。

 特に彼をひたすらなじり飛ばしているのは、若いリベルタカスより更にふたまわりほど年下の幼い少女である。


 しかしネーヴェルの身体を包むのは、その見た目に反して煽情的な黒いボンテージであった。



 彼らを含めたこの場に居合わせる四怪人こそ、ヒーロー本部に仇なす怪人地下組織『人類絶滅団』の最高幹部たちである。



「ちょっと攻撃かすっただけでおめおめと帰ってきちゃったんでしょ~? へぇ~、弱いだけのざこかと思ってたら、へたれ属性もあったんだ。もうちょっとアタマ・・・使ったら?」


 ネーヴェルはリベルタカスの頭を、ムチを使ってまるで変な虫をいじめるかのようにねちっこくなで回す。



 地下怪人組織『人類絶滅団』は、リベルタカスやネーヴェルを含む四人の“ネームド”によって管理されていた。

 だが四頭目と呼ばれる彼らには明確な“序列”が存在しているのだ。


 漆黒怪人リベルタカスは幹部でありながらも四頭目の中では一番下っ端である。

 そしてネーヴェルと呼ばれた生意気な少女は下から二番目であった。



「そこらへんにしておけネーヴェル。お前の情報に誤りがあったことも事実だ」

「うっ……ネーヴェルちゃんは悪くないもん! 悪いのは情報を持ってきた下僕だもん!」

「部下の失態は上司の教育不足によるものだ。口を慎め」

「ううっ、わかったわよ! もう、ゼスロ様のいじわる!」



 ネーヴェルを一喝し黙らせた大柄で強面の男。


 彼こそが四頭目の筆頭にして、人類絶滅団を率いるネームド『覇道怪人ゼスロ』であった。


 オールバックに固めた髪と高価なスーツに身を包んだ姿は、一見するとまるでヤクザの組長のような風体だ。

 組織に入ったばかりのザコ戦闘員などは彼に睨まれただけで失禁することも多々ある。


 なによりその見た目通り圧倒的な強さと実績を持つゼスロは、リベルタカスたちとはまるで別格の大怪人であった。



「失態だったな、リベルタカス。お前ならもう少しやれると思っていたが」

「ゼスロ様、申し訳ございません! 作戦の失敗は俺が撤退命令を下したからです。だから部下たちにはどうか寛大なご処置を……!」

「よくぞ、ひとりも欠けることなく帰還した。部隊を休めて次の作戦に備えろ」



 ゼスロはリベルタカスの肩を軽くたたいて労うと、薄暗い地下室を後にする。

 四六時中怒っているような見た目のせいで威圧的な印象を受けるが、この寛大さとカリスマ性こそがゼスロが組織の頭目として慕われるゆえんであった。


「ふ~んだっ! へたれ陰キャのくせに、ちょっ~とお目こぼししてもらったからっていい気にならないでよね!」


 ネーヴェルも「べーっ」と舌を出しながらゼスロの後に続く。


 彼女の言動に苛立ちもしたが、なによりリベルタカスは“次の機会”を与えられたことに胸をなで下ろした。



 そんなリベルタカスの肩を、細く白い指が怪しくなぞる。



「良かったですね、リベルタカスさん。次は頑張りましょうね」



 リベルタカスとともに部屋に残された四頭目最後のひとり、金髪碧眼の美女が未だ床に這いつくばる彼に声をかけた。


「きょ、恐縮です、メギドーラさん……」

「そう緊張なさらずに……リラックスしてください。誰も貴方を責めたりしませんよ。ゼスロさんもそうおっしゃったではありませんか」


 深い闇色の修道服をまとったメギドーラは、まるで子供をあやすように優しく語り掛ける。

 彼女は若く美しく、そして物腰が柔らかく誰にでも優しい、まさに聖母のような女怪人だ。


 だがこう見えてゼスロに次ぐ人類絶滅団のナンバー2なのである。

 この組織でゼスロのことを“さん”付けで呼ぶのは彼女ぐらいのものだ。


 そして彼女の地位以上に、リベルタカスが緊張を強いられる要因があった。


「お疲れでしょう。さあこのアルティメット濃縮還元水をお飲みになってください」

「いや……遠慮しておきます。俺にはお構いなく……」

「まあいけません。心に傷を負って他人を信用できなくなってしまったのですね。まるで雨の日に捨てられた仔犬のよう。一度日曜礼拝に参加されてはいかがかしら。今ならこの食べられるナチュラルハーブ石鹸もお配りしているんですよ。よければおひとつ、さあ」

「ほんとに構わないでください。いやほんと、俺無宗教なんで。新聞も取らない派なんで」


 リベルタカスの不健康そうな顔を、大量の冷や汗がつたう。

 彼の横顔を覗き込むメギドーラの青い目は、美しく整った顔の上で深淵に通じる穴のごとく暗く澱んでいた。


「お顔が優れませんね……あら、おでこに擦り傷が。でも安心してください。我が教団が所有する農園で栽培されたこの100%有機野菜は、傷の治りが早くなって頭も良くなる上、がんとインフルエンザにも効くともっぱらの評判で……」

「ししし、失礼しますッ!」


 リベルタカスはメギドーラとの会話を一方的に切り上げて部屋から飛び出した。



 彼女は悪の怪人とは思えないほど“いい人”なのだ。


 その正体が宗教法人・光臨正法友人会の代表であることを除けば。





 会議室から出てきたリベルタカスを、部下のザコ戦闘員たちが出迎える。


「リベルタカスさん、大丈夫でしたかウィ!」

「すいやせん、俺たちがザコなばっかりにウィ……」

「構わん。次はオリジンフォースとやらに目にものを見せてやるぞ。虚ろなる凶星ジェノサイドスターの名にかけてな」

「「「ウィーーーッ!」」」



 リベルタカスとその部下たち『†幽玄の咎人ザ・シンズ†』が人類絶滅団に拾われたのは、ほんの一ヶ月ほど前のことであった。


 組織からはぐれた“野良怪人”はヒーローに狩られるのが世の定めだ。

 ヒーローに追いつめられ傷ついた彼らを拾い上げてくれたのが、ゼスロであり人類絶滅団なのである。


 部下たちを守るためにも、今さら野良の身へと後戻りするわけにはいかない。

 汚名をそそぐ以外に道が残されていないのであれば、示されたその道を進むのみだ。



「ククク、そろそろだ……闇が天を覆う刻、今宵もまた月が我が酔いを充たすであろう!」



 リベルタカスはコートの裾をひるがえすと、颯爽さっそうと廊下を歩きだした。

 たくさんのザコ戦闘員が彼の後を追う。



 漆黒の怪人は血色の悪い顔に薄い笑みを浮かべ、新たな任務へと向かうのであった。



 打倒、不屈戦隊オリジンフォースの使命を帯びて。



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