体が丈夫そうな新たな旅の仲間②

 ナックラ・ビィビィが怒りを鎮めると、床に縛られて転がされていたギャンが意識を取り戻した。

 ナックラ・ビィビィが、上から目線で言った。

「お主、ギャンと言うのか……儂の旅の仲間になって、一緒に地図作りの旅をせい。体が丈夫そうだから雑用人として、こき使ってやる」

「誰が、こき使われるコトを承知で、そんな旅の仲間になるか!」

 ナックラ・ビィビィは、なぜかリャリャナンシーに命じてギャンを縛っていた縄を斬らせる。


 途端に逃げ出すギャン・カナッハ。

「パーカ! おまえみたいな年寄り口調の女と、誰が一緒に旅をするかよ! パーカ、パーカ」

 逃げていくギャンに向かって、ナックラ・ビィビィは指にハメていた。

 ウサギの耳が付いた、金の指輪を投げつける。

魔導の指輪は、ギャンの頭のサイズに変形して、スポッとギャンの頭にハマる。

 Uターンして、ナックラ・ビィビィの所に戻ってきたギャンが、頭にハマったウサギ耳の指輪を指差して言った。

「ハズせ! この手の魔導具には嫌な予感しかしない……うっ、頭が痒い」

 ナックラ・ビィビィは木の小枝棒をギャンに手渡す、受け取ったギャンは頭にハマったリングと、頭皮の隙間に棒を突っ込んで痒い箇所を掻いた。

 不思議な材質のリングだった、柔らかく棒を突っ込んだ箇所は普通に掻くコトができるのに頭からハズすコトはできない。

 棒で頭を掻きながらギャンが、ナックラ・ビィビィに質問する。

「この木の棒は魔導の何かか?」

「いやっ、普通の棒だ……とりあえず、落ち着いて椅子に座れ。腹が減っているのだろう。運んでくる途中に何回も腹の虫が鳴く音が聞こえた……まずは食事をしてからだ、お主とは話したいコトがいろいろとあるからな……特に曾祖父そうそふのコトを」

「オレの、ひいじいさんのコトを知っているのか? あんたいったい?」

「以前、少しばかり関わったコトがある……儂の名前はナックラ・ビィビィ、こちらにいる単眼の忍者剣士はリャリャナンシーじゃ」

 ナックラ・ビィビィの名を耳にした、者たちがざわつく。

「ナックラ・ビィビィ! あの西の大魔導師か!」

「襲名した何代目のナックラ・ビィビィか? 本人なら化け物に近い高齢者のハズだぞ……幾百年に渡って伝説を持つ大魔導師ナックラ・ビィビィ」

 周囲の者たちの声を無視して、席についたナックラ・ビィビィは料理を注文した。


 ナックラ・ビィビィはギルド酒場で運ばれてきた料理の、ドラゴン肉ソーセージの煮込みを食べ。カシス飲料を飲みながらギャンと会話をする。

「お主は、自分が逆賊の血筋だと思っておるのか?」

「そう、育ての親から聞かされている……民衆を扇動して、小国を混乱させて王室に反逆の剣を向けた首謀者の、オレのひいじいさんは逆賊の卑怯者として処刑された」

「ふんっ、逆賊の汚名を着せて処刑か……欲に染まった権力者のアイツらが考えそうなコトじゃ、心配するでないギャンの曾祖父は、逆賊でも卑怯者でもない」

 ナックラ・ビィビィはスープに浸して、柔らかくなった黒パンを食べながら言った。


「重税に苦しむ民衆のために立ち上がったのがお主の曾祖父じゃ……権力者の都合がいいように、歴史が書き替えられておる……卑屈になる必要はないぞ、先祖の行いに誇りを持つのじゃ……少なくとも儂はギャンの曾祖父のコトはよく、わかっておるつもりじゃ」


 複雑な表情でギャンは、ハメられた頭のリングに付いているウサギ耳を指差してナックラ・ビィビィに訊ねる。

「どうして、ウサギなんだ?」

「可愛いじゃろう、ネコ耳とウマ耳もあったが……ウサギ耳が気に入ったので選んだ、気に入ったか」

「いや、可愛いとか気に入ったとか、そういう問題じゃなくて……やっぱりアレか、このリングは頭蓋骨を締めつけて命令に従わせる魔導具か?」

「似ているが、少し違う……締めつけたりはせん安心せい」


 リャリャナンシーが、発酵させた黒マンドラゴラの皮を剥いて、黒く甘い果肉を食べ終わり椅子から立ち上がると。

 食事が終了した、ナックラ・ビィビィも立ち上がってギャンに言った。

「さあ、お主の育ての親に会いに行くぞ荒野賊の巣窟に案内せい、道標を悪用した者を懲らしめなければならぬ」

 途端に逃げ出すギャン。

「パーカ! パーカ! 誰が逃げ出してきたクソ叔父の所に、わざわざ戻るかよ!」

 ナックラ・ビィビィが、冷ややかな口調で呪文を唱えると。

 ギャンの頭にハマっていたウサギ耳のリングが広がりはじめた。

 それに伴って、ギャンの頭も大きくなっていく。

「うわぁ!? 頭がでかくなった?」

 二頭身サイズにまで膨れ上がったギャンの体は、バランスを失い頭を下にゴロンと逆立ちした。

 リングが大きくなると頭もリングサイズに合わせて大きくなる、魔導具だった。

 膨張を続ける頭が、いつ破裂するかもしれない

恐怖に悲鳴を発するギャン。

「わ、わかった案内するから、リングを元のサイズに戻してくれ! 頭に身体中の血が集まってきた! ひーっ!」

 ナックラ・ビィビィが呪文を唱えると、ギャンの頭は風船が萎むように収縮して元にもどる。

 三日月型の魔導杖の底で床を打ち鳴らして、ナックラ・ビィビィが言った。

「さあ、荒野賊の長にお仕置きじゃ」 


 ギャンに案内されて岩山にある荒野賊の隠れ家にやって来たナックラ・ビィビィ一行を見て、隙間が空いた乱杭歯の荒野賊長がギャンに言った。

「やっと戻ってきて、荒野で旅人を襲って身ぐるみ剥ぐ気になったか」

 ウサギ耳のリングが頭にハマったギャンが、反抗の視線を下品な叔父に向けて言った。

「誰が野賊を継ぐかよ! 冗談じゃねぇ」

「そう言いながらも、ちゃんと身ぐるみを剥ぐ獲物を連れてきたじゃねぇか」

 ナックラ・ビィビィと、リャリャナンシーを取り囲む荒野賊たち。

 手には錆びたり欠けたりした、戦斧や剣や槍が握られている。


 ナックラ・ビィビィが呟く。

「殺すでないぞ」

 荒野賊長が、乱杭歯を見せて笑う。

「それは、おまえたちの態度次第だ……大人しく身ぐるみを剥がされれば、殺しはしない」

「お主、何を勘違いしておる……儂はリャリャナンシーに言ったのじゃ」

「なに?」

 リャリャナンシーの姿が消えたかと思うと、荒野賊長近くの地面から土遁の術で飛び出してきて、鞘に入ったままの刀で荒野賊長の腹を突く、腹を押さえて倒れる賊長。

「ぐげぇ!?」


 一瞬でリーダーを倒された荒野賊たちが驚いていると、ナックラ・ビィビィは手の甲に出現した魔導生物の楕円形をした縦長瞳孔に、魔導のカードをセットして呪文を唱えると。

 荒野賊たちが持っていた武具が空中に集まって、武器が融合した巨人となった。

 身長三メートルの武器巨人にナックラ・ビィビィが命じる。

「暴れろ」

 戦斧や剣の巨人が暴れて、荒野賊たちは一人残らず吹っ飛ばされる。

「おわぁ!」

「ひいぃ!」

 巨人が崩れて武器の山に変わると、ナックラ・ビィビィは気絶している荒野賊長の額に、ある種の魔導紋章を浮かび上がらせて言った。


「道標を私利私欲のために悪用した、報いの魔導じゃ……おまえが壊したり、方向を変えた道標の代用で……儂がこの地を再び訪れて新たな道標を作るまで、お主が生きた道標になるのじゃ……毎日、道標があった場所に立って、朝も夜も旅人に指差しで道を示せ」


 ナックラ・ビィビィは、荒野賊の部下たちにも言った。

「お主たちのリーダーは今日から道標じゃ。旅人に道を訪ねられたら、行き先を示す言葉しか発するコトはできん……雨風をしのげる場所を作ってやり、食事も運んでやれ……儂が無事にこの地を、忘れずに訪れるその日までな」


 意識を取り戻した、荒野賊長はスタスタと洞窟を出て、ナックラ・ビィビィが指示した場所に向かい、部下たちが後を追って出ていくと。

 ナックラ・ビィビィは、荒野賊たちが旅人から奪った物品の中から旅に必要なモノだけを選んで、背負いの宝箱に積めるとギャンに言った。

「運べ……儂とリャリャナンシーが使えそうな女モノの下着も含まれているから、手荒く扱うでないぞ」

「どうして、オレがそんな……」

 ナックラ・ビィビィが、頭のリングを広げさせる呪文を唱える素振りを見たギャンは。

「よ、喜んで運ばせていただきます……お嬢さま方の下着が入った宝箱を、よっと」

 こうして、調理器具や修繕道具などの生活必需品が吊られた。宝箱を背負う、雑用人のギャン・カナッハが旅の仲間に加わった。



聖霊の町【タルウス・ティグ】~おわり~

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