聖霊の町【タルウス・ティグ】

体が丈夫そうな新たな旅の仲間①

 大魔導師ナックラ・ビィビィと単眼ラブラド種の女性剣士リャリャナンシーは、聖霊の町と呼ばれている【タルウス・ティグ】にやって来た。


 町の入り口にある、太さが大人数人が手を繋いで、やっととどくほどの大樹の幹をナックラ・ビィビィは懐かしそうに撫でながら呟く。


「植えた時は、儂がまたげるほどの高さのチビすけだった苗木が、ここまで成長したか……タルウス・ティグ村の目印の役目は立派に果しておるようじゃのぅ……おっと、村も発展して今は町か」 


 タルウス・ティグの通りを進む、ナックラ・ビィビィにリャリャナンシーが質問する。

「この町で、なにをする?」

「とりあえずは、ギルド酒場で情報収集じゃな……今夜の宿も確保しなければならん」

「助かった、三日間野宿が続いたので、久しぶりにベットで眠れる」

「それと、旅の雑用をする者も必要じゃ、洗濯に料理、荷物の運搬と多種多様な雑務を、酷使させても体力がある便利屋がのぅ……どこかに、そんな都合がいい者がおらんかのぅ」


 歩いているナックラ・ビィビィに前方から、故意にぶつかってきた若い男がいた。

 男は走り去っていく時に、ナックラ・ビィビィに向かって言った。

「おっと、ごめんよ……へっへっ」

 何事も無かったかのように歩みを進める、ナックラ・ビィビィにリャリャナンシーが言った。

「いいのか? 今の男に財布袋を盗られたぞ」

「心配ない、すぐにもどってきて助けを求めてくる。手が噛み切られる前にな」


 ナックラ・ビィビィの懐中から、硬貨や紙幣が入った布袋をスッた若い男は路地裏で、ズッシリと重みがある、袋の口を締めている紐を緩めて中を覗く。

「結構、入ってやがるな……さっそく金貨を拝むと」

 男が袋の中に片手を突っ込んだ……次の瞬間、金銭袋の口に鋭い歯が生えて、男の手を噛んで捕らえた。

「うわぁぁぁ!?」

 自分の手が噛み切られそうな恐怖に、路地裏から飛び出してきた男は、ナックラ・ビィビィを追って追いついて泣きつく。

「助けてくれ! この魔法生物の袋を取ってくれ!」

 冷ややかな目で、男を眺めながらナックラ・ビィビィが言った。

「金輪際、儂の財布を狙わないか、ついでに旅の仲間試験を受けるか……誓うなら手から外してやる」

「なんでも誓う! だからこの化け物袋を外してくれ!」

 ナックラ・ビィビィが呪文を唱えると男の手から袋が外れ落ちて、ピョンピョン跳ねながら大魔導師の手元にもどる。


 ナックラ・ビィビィが、どこからか上部に丸い穴が開いた木箱を取り出して言った。

「運試しだ……さあ、この毒サソリが入っている箱に手を突っ込め……運がよければサソリは刺さん」


 男は、ナックラ・ビィビィに背を向けると笑いながら逃げ出した。

「パーカ、他人の財布をスルようなヤツが約束なんて守るかよ、誰がサソリが入っている箱に手を突っ込むか、ふざけんなぁ! あっはははっ」

 逃げ出した、男の首に向かってリャリャナンシーが投げつけた。

 鎖シナイが絡みつき、リャリャナンシーが鎖を引いて男の首を締めつける。

「ぐえっ!」

 リャリャナンシーの口から、お約束の言葉が飛び出す。

「若葉月の五日……花嫁衣装姿の『アスナ』という女を殺したのは、おまえか!」

「なんのコトだ……ぐえっ」

「おまえだな! 白状しろ!」

 グイグイと、男の首を締めつけるリャリャナンシー。

「ち、ちがう! オレはその日……一晩中、夜空の星を眺めながら涙を流して口笛を吹いていた」


「本当のコトを言え、わたしの単眼モノアイは、下手なウソを見抜く」

「本当は…… 野賊長の育ての親のクソ親父と大ゲンカをして家を飛び出して、野外の岩の上でふて寝していた……ぐぇ、苦しい」

 男が意識を失うと、リャリャナンシーは男の口を指で開いて下顎に牙が無いコトを確認する。

「コイツでも無かったか……アスナ、おまえを殺した犯人は、この空の下どこにいるんだ」


 いつものように、リャリャナンシーの心の独り言を無視したナックラ・ビィビィが、無言で毒サソリが入っている木箱を男の片手に近づけると。

 リャリャナンシーは、気絶した男の片手を箱の穴から中に突っ込ませた。

 男の手を箱から引き抜くと、男の手の中には甲殻類の中身のようなモノが握られていた。

「これは、まさかこの男?」

 少し驚いた表情のナックラ・ビィビィが、箱の中から取り出したのは、脱皮をしたように中身が抜けたカニの甲羅だった。


 少しカニの脱け殻を眺めて考えていたナックラ・ビィビィが、呪文を唱えると地面の中から数体の等身泥人形が現れた。

 仏像に似た顔をしていて、ややお腹の辺りがポッチャリしている太め体型の身代わり泥人形『ダジィ』だ。

 ナックラ・ビィビィがダジィたちに命じる。

「その気絶した男を運べ」

「ダジィ」

 並んだダジィたちは、気絶した男を、逃げないように縛って台車に乗せて運ぶ。

 先頭を歩くナックラ・ビィビィに、リャリャナンシーが訊ねる。

「旅の雑用なら、この泥人形たちでも良くないか?」

「ダジィは、高度な作業はできん。頭と腹の中は泥しか詰まっておらんからな……身代わりの使い捨て人形じゃ」


 ギルド酒場に到着すると、気絶したままのスリの若い男は床に転がされる。

 それを見たギルド酒場にいた町の者たちが、口々に言った。

「なんだスリの『ギャン・カナッハ』じゃないか」

「ギャンのヤツ、また何かしでかしたのか?」

 町の者の言葉を聞いて、ナックラ・ビィビィが質問する。

「この者の名前は、ギャン・カナッハというのか」

「あぁ、手癖が悪いガキでな……町の者は、単純にギャンと呼んでいる。逆賊の家系の子だ」

「やはりそうか、カナッハ家の縁者か、どことなく面影があると思った。この子の両親はどこにいる?」


「母親はギャンを産んですぐに亡くなった、父親も鉱山事故で亡くなった……ギャンを育てたのは、叔父で荒野野賊の長だ。悪い男でな道標みちしるべを利用して旅人から金品を奪っている……向きを変えたり、場所を移動させたりして」

「なんじゃと!? 道標の向きを変えたり、移動させているじゃと!」

 ナックラ・ビィビィの体から、怒りのオーラのようなモノが噴き出す、オーラに触れたダジィたちが次々と土塊つちくれに変わる。

「ダ、ダジィィ」

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