第二十四話 死❹

ウヤクとセイが話す間にもタイカの息は刻一刻と細く小さくなっていた。

その様子を見てウヤクは少し早口で喋り出す。


「私の部屋に、騎士たちが持っていた回復薬入りの小瓶があります。それをありったけ取ってきてください。紫色の小さな瓶で中に液体が入っています。たぶんえー、布団の下辺りにあると思います」


一息に話し合えると大きく深呼吸した。


「わかった」


セイの姿は森の奥へと消えた。辺りを見渡せば幾分炎が弱くなっている。煌々と赤く光っていた空は再び闇に覆われていた。一体火事になってから何時間経ったのだろうか。ウヤクは自分の膝が傷だらけだとこの時気づいた。


「おい、姫さま」


タイカは意識を取り戻したがもう威勢のいい声は出す事が出来なかった。腹に力を入れようものなら途端に二つ開いた穴から血が水芸のように吹き出す事間違い無いだろう。


「いっそ殺してくれよ、あんたの奴隷になってやってもいい」


「助かりますから、安心してください」


ウヤクは自分の袖口を弱々しく掴むタイカの手をじっと見つめた。同情というものを何より嫌うタイカは何かを感じさっとその手を引いた。


「そんな事を言ってんじゃねぇ、惨めに生き残りたく無いって言ってんだ」


「生きてこそですよ、タイカさん」


「てめぇが言うか、400年間自分の手も汚さず大陸中の人間を殺戮してきた分際で」


つい言葉に力が入り腹を抱え悶えるタイカ。


「大丈夫ですか!」


「触るな」


「熱っ!」


タイカは何者にも触れられないように自分の体温を上昇させた。無理な魂操術によって自身の体力が削れていくのも厭わない程、タイカはウヤクという存在を嫌悪している。それはウヤクもひしひしと感じていた。


そこへ小瓶を5、6本抱えたセイが到着した。

セイはタイカが魂操術を使っている様子を見てすぐ様ウヤクの盾になる。


「おい、まだやる気か!」


怒鳴りつけるセイの後ろから、ウヤクは誤解を解こうと声を張った。


「違うんです!セイさん。全部私が悪いんですよ」


「ウヤク殿はこいつを助けようとしているのに、何が悪いのだ。無礼にも程がある!」


「殺せよ野生児くん」


二人の眼光は互いに鋭さを増していく。しかしタイカの体は既に限界を迎えていた。魂操術も解け、血の気が引いた顔は彩度を失いつつある。


ウヤクは急いでセイに小瓶を開けさせ、中の液体をタイカの傷口へと注ぐよう命じた。水と変わらない見た目をしたその液体は、傷口に触れるとまるで意思をもつ生き物の様に傷の中へと潜っていき、液体が体内へと全て吸い込まれると、そこから次第に傷口が塞がり始めた。普通の人間ではあり得ない速さで、再生はしないもののみるみるうちに治癒していく傷にセイは気持ちが悪いと思った。


そしてふと火傷した自分の手を見る。ケロイドどころか手相までくっきりと確認できるほど手は完治していた。セイは自分の体ながらやはり気持ちが悪いと思った。


「くそが」


タイカは悔しそうな表情を浮かべている。自分に課せられた使命も果たせず、終いに敵の情けで生かされた自分が腹立たしい。


「お前も、お前も、いつか絶対に殺してやるからな」


タイカは治っていく傷とは裏腹にぐちゃぐちゃになっていく感情の全てを目の前の二人にぶつけた。


「その事なんですけど」


タイカの悪態を途中で遮り、ウヤクは姿勢を正しタイカの方に体を向けた。


「私、ルエンに行こうと思います」


「はぁ?」


タイカは姫という身分の人間はこうまで我が儘なものなのかと感心した。チラリと横を見れば野生児くんも眉間に皺を寄せ難しい顔をしている。

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