第十一話 銀狼❸

セイと狼は息を切らしていた。しかしそんな事で足を止めるわけにはいかない。


自分の育った村へと近づくにつれ、過去の記憶が滲むようにしてセイの頭の中を犯していく。


三年前。その日は焚き火から一歩と離れられない程寒い日だった。幸いしばらく雨も降っていない為に薪はよく燃え、セイは火を囲んで家族や仲間と共にその日獲った熊と猪を食べていた。


獲物は両方ともセイの姉ローナが獲ってきたもの。

ローナはセイよりも数段狩りが上手く、セイは常に憧れを抱いていた。


「姉さん今日はどうやって仕留めたんだ」


「あんた、いっつもその話ばっか聞きたがるわね」


「私も早く姉さんみたいに上手く狩りがしたいのだ」


「あたしの肉でも食ったら上手くなるかもよ」


「それはいい、病気になる」


「なにそれ、ひどーい」


姉弟の会話は常に村の空気を和やかにする。


しばらくは談笑していたが不意にセイは立ち上がった。


「今から狩りに行ってくる」


セイは姉と話しているうちに熱を持った体を冷ます為、狼を一匹連れ出し短刀を腰に携え村の外へ出た。


兎の様に飛び、猿の様に枝から枝へ渡り、狼の様に駆ける。この時間がセイにとっては一番心地よいものだった。誰にも邪魔されることのない自由な時間。獲物を狩る事など忘れただ風に身を任せ縦横無尽に森を走り抜ける。


ふと影が伸びている事に気づいた。


息巻いて出てきたものの何も土産が無いというのは恥ずかしかったが、暗くなってしまっては帰るしかない。


セイはとぼとぼと歩き村へと向かった。


「、、、」


何かがおかしい。もう日は暮れかけているのに村の明かりが一切見えない。煙だけが立ち上っている。


セイは急ぎ村へと戻った。


たどり着いた先は色彩を失くした故郷だった。白と黒だけの視界に困惑し目を擦ってみるが、目の前に広がる景色が色づく気配は無い。


火が消えた後の炭と灰で出来た山。煙で白く霞む空気。さっきまで一緒に話していた人々は地に伏し、血の気の全く無い白い肌を覗かせている。中には腕や腹を切り裂かれている者もあった。


しかし不思議な事にどこを見渡しても血痕が見当たらない。家の壁、地面、そこらの木々、切られた腕の切り口からさえ一滴も見受けられない。


セイは姉の死体を見て獣の仕業では無いと確信した。姉ならどんな猛獣が相手だとしても負ける事は無い。傷口から見ても人間の仕業に違いない。


セイは一晩叫びつづけると、狼に姉を食わせた。


そして家族達を殺した者を探す為に村を出る事を決意する。



「、、、」


あれから三年経った今でも、セイの眼前の光景は変わる事無く色を失ったままだ。

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