第十話 銀狼❷

それからまた夜明けを何度も繰り返し、風はさらに暖かくなった。


「すみませんセイさん一つお願いを」


あいも変わらずセイに対し他人行儀を貫くウヤクであったが、最近出会った頃よりも纏う空気が軽やかになっているようにセイは感じていた。


「なんだウヤク殿」


「髪を切っていただきたいのですが」


ウヤクの髪は、痩せ型でくっきりと形の分かる彼女の鎖骨を隠す程の長さだ。微かに見える首元は汗で濡れ艶めいている。元の髪型など思い出せないがセイはとりあえず二つ返事で了承した。


とはいえこの場に鋏や剃刀など無い。仕方無しにセイはいつぞやの鉈を手に取った。


「人の髪など切った事はないが大丈夫か」


「はい、今までも騎士達に剣でやってもらっていたので」


「ほう」


ウヤクは切り株に腰掛けた。その後ろにセイが立つ。緊張を逆撫でするようにウヤクの赤い髪が揺れている。


セイはウヤクの髪を片手に収まる最大限ぐっと掴むと、鉈を当て、一息のうちに手前に引いた。


髪を切ったとは思えない鈍く歪な音とともにウヤクの隠れていたうなじが露わになる。セイの左手元には切り離した髪が握りしめられている。


突然セイは切り落とした髪を眺め微動だにしなくなった。


「どうかしましたか、セイさん」


「髪だ、、、」


「髪ですけど」


「姉の髪ならあるが、依代になるか」


「依代にはなり得ないですが、持っていればセイさんの声がお姉様に届きやすくなるはずです」


「本当か、それなら後で取ってこよう」


「それがいいと思います」


「あと、このウヤク殿の髪も貰っていいか」


「私は死んだら戻って来ませんよ」


「いや、ただこの赤が綺麗だったから」


「そ、そうですか、なら持っていて構いませんよ」


セイは嬉しそうにウヤクの髪をポケットに入れる。


その後セイなりに目一杯ウヤクの髪を整えた。結果左右の長さが揃う事はなかったが、ウヤクはそれでも満足そうにセイに目配せをした。


散髪が終わるとセイはすぐさま自身の村に戻る支度を始めた。


「今から村へ行ってくる、おそらく帰りは三日後くらいだと思うが、構わないか」


「ええ、大丈夫です」


その日の夕方、セイは帰省した。狼もセイと一緒だ。


しばらく味わっていなかった完全な孤独。


『人の気配が全く無いなんて久しぶり』


少し空気が冷たく感じたウヤクは日が暮れて早々に自分の部屋へと入った。


窓から覗く壊れかけの小屋をしばらくの間眺めてから、その残像を瞼に残して眠りにつく。

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