プリン(2022年応募)

 焦げ茶色のカラメルが小鍋の底に広がっていく。泡が沸々と立ち上り、弾けて甘い香りを放つ。里紗は頃合いを見計らって小鍋を火から下ろした。iPhoneを構えた芳樹が喉を鳴らす。その照れ笑いに、里紗もつられた。

「二つでよかったですか? サークルの方々へ、お土産とかは」

「いやいやそれは、要らないですよ。悪いです。こちらがお願いしてばかりなのに」

「そうですか。では、二人占めですね」

 里紗が指を二本立てる。芳樹が凝視しているのが面白かった。

 撮影に協力してほしい。大学の構内で芳樹に誘われたとき、里紗はまず先に怪しんだ。その時の芳樹は赤の他人だったし、彼の所属しているという映画研究会ことも知らなかった。芳樹のたどたどしい説明を整理すると、制作中の映画で主人公の女の子が料理をするシーンがあり、本当はその子自身の料理風景を撮影をしたいが、本人が料理をかなり苦手としているため、代役として料理サークルに所属している人を片っ端から当たっている、とのことだった。

「手元だけでいいんです。あなたの手が一番、主演の子に似ているんです」

 思い返せば返すほど、変な落し文句だ。その奇妙さに里紗は興味を惹かれたのだった。

 テーブルに並べた小皿に、里紗は完成したプリンを載せる。小さな宝石のような表面に、二人の頭の影が映っていた。

「いい映像ができるといいですね」

 里紗が言った。プリンに目を奪われていた芳樹が慌てた様子で顔を上げる。

「できますよ、きっと」

 ささやかな願いは叶わなかった。

 芳樹が撮影した映像は、他のサークルメンバーの映像と組み合わさり、学生を対象にしたコンペに提出された。結果は出なかった。監督だった先輩は卒業という名の引退をした。

 その結末を芳樹に聞かされたときから、さらに十年の月日が流れた。大学生同士だった里紗と芳樹は同じマンションに住む二人になった。里紗は芳樹と毎日顔を合わせている。笑った顔も泣いている顔も知っている。知ることは近づくことだ。相手のことを自分のことのように考える。なるべくなら傷つけたくないし、悲しませたくもない。知っていることが増えるにつれて、里紗は芳樹と離れがたくなっていった。

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