「52」怪しい男

 靴を履いて家を出る。

──門を出たところで、たまたま通り掛かったらしいスーツ姿の男性と男の子が出会い頭にぶつかってしまう。

 相手は大人なので、ぶつかった男の子の方がよろけてしまっていた。


「あ、あの……すみません……」

 粗相をしてしまった男の子は大人相手に怯えながら頭を下げた。

 しかし、スーツ姿の男性には、てんでそんな謝罪の言葉は耳に入っていないようであった。

 心ここに非ずといった様子で、ただひたすらに困惑する男の子の顔をジーッと見詰めていた。


──明らかに挙動がおかしい。


「なぁ、君……」

 スーツ姿の男性が口を開いたので、男の子は怒られるのではないかと体を強張らせて身構えていた。

「元気かい? 見たところ体が細いようだが……良いものは食べられているかな?」


──なんだ、この人……?

 俺は不審な目を男性へと向けた。

 男性の目には俺の姿は写っていないらしい。

 ギョロギョロと目玉を動かし──ただ目の前にいる男の子だけを見詰めていた。


「は、はい……」

 男の子は頷いたが、どことなく弱々しげであった。

 スーツ姿の男性は自身の顎に手を置くとフゥームと唸った。

「良ければ、何か美味しいものでもご馳走してあげるけどどうかね? アイスクリーム、チョコレートパフェ……美味しいものがあるところに連れて行ってあげるよ」

「え、えっと……」

 スーツ姿の男性に誘われて男の子は困っているようであった。

 先程、たらふく焼きうどんを食べたばかりでお腹は減っていないが、元々気弱な性格らしく断りづらい様子だ。

 もしも一人で空腹だったのなら、気圧されてひょっこりとついて行ってしまいそうである。危なっかしい。


 俺はこの男性から良くない気配を感じたので、男の子の手を引っ張って男性の視界から外した。

「俺達、予定があるので結構です! ぶつかったのは、ごめんなさい! ……さあ行こう!」

 長居は無用と、即刻話しを打ち切って俺は男の手を引いて連れ去った。


 駆け足で遠ざかったが視線を感じて立ち止まる。

 振り返ると、まだスーツ姿の男性は家の前に立っていた。ジーッとこちらに視線を送ってきている男性と目が合い、俺は背筋がゾクッとしたものだ。


 逃げるように俺達はその場を離れたのであった。

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