「13」失敗失態失念

 俺は席を立つと、店の入り口近くにあるトイレへと向かった。

 男女別にトイレが分かれ、その手前にはドアに『STUFF ONLY』のプレートの部屋がある。


──此処はどうだろう?


 俺はドアノブに手を掛けようとして──思い止まった。先程からジーッとスキンヘッドの店長に動向を見られている。

 これ以上、変な行動を取れば店から追い出されかねない。

 それに──『STUFF ONLY』とはいえ、従業員であれば誰しも出入りが可能なのだ。そんなところに拐ってきた人間を閉じ込め、おいて置けるだろうか。


「あぁ……こっちじゃなかったか」

 俺は演技臭く大仰にそう言うと、奥のトイレの中に入って行った。

 一応、トイレも調べてみよう。


 扉に手を掛け、息を飲む。

 まさか、こんなところには居ないだろうな──。


 手に力を込め、ドアを引いた。


 トイレは──何処にでもあるようなトイレで、便器と掃除用具が置いてあるだけであった。


 当然、そこに娘の姿はなかった。




 ◇◇◇




 席に戻った俺は、テーブルにアイスコーヒーが置かれているのを目にした。トイレに行っている間に、店員さんが運んで来てくれたようだ。


 俺は砂糖とミルクをいれ、ストローでコーヒーを掻き混ぜた。


 意識をアイスコーヒーに向けていると、携帯電話が振動した。

「……えっ!?」

 不意に携帯電話が鳴ったので、油断していた俺は驚いて肩をビクつかせたものだ。


 画面には『非通知』の表示──。

 誘拐犯から連絡が来たということだろうか。


 俺は息を飲んだ。

 容疑者はこの店内に居るはずである。

 そう思って順々に、容疑者たちの顔を見て行った。


──あれ?

「いない……?」

 とある人物が、トイレに立っている間に姿を消していた。

──スキンヘッドの店長である。店の重鎮たる彼が、少し目を離した隙に居なくなっていた。


 慌てた俺は、振動する携帯をテーブルに置いたまま席を立ち、店員のお姉さんに詰め寄った。

「店長は何処に行ったんだ!?」

 突然、もの凄い剣幕で俺が声を上げたものだから、店員のお姉さんは怖がってしまったようだ。


「きゃあっ!」

 トレイに乗せていたカップを落としてしまい、床に破片が散らばった。

「す、すまない……」

 俺は店員のお姉さんの反応に動揺したが、かと言って此処で引くことも出来なかった。先程よりも若干優しげに再び店員のお姉さんに尋ねた。

「店長さんはどちらに? あのスキンヘッドの……さっきまで、あそこに居たと思ったが……」

 スキンヘッドの店長が先程まで居た位置を指差す。

 少なくとも、目で見える範囲にはそのスキンヘッド頭の姿はない。


「しょ、食材が足りなくなりそうなので買い出しに行くと仰られていたので……店を出られたかと……」

「何だとっ!?」


──しまった!


 俺は慌てて建物から外に飛び出すと、周囲を見回した。

 既に店長の姿はなく、どちらへ行ったのかも分からない。いったい何処へ雲隠れしてしまったのか──と、気持ちが大いに焦ったものである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る