第8話 仲間

 昨日、蔵前総合高校とその近所一帯での出来事は大きな事件として取り上げられた。テレビニュースや新聞はもちろん、雑誌にネット上の書き込みやブログ、SNSなどおよそメディアというものの殆どが話題にしていた。ただ、そのどれもが事件の怪奇ぶりを興味本位とあてずっぽうな解説で垂れ流しているという感じで、およそ真相に迫っているものは皆無といってよかった。

「もっとも事の真相などわかるはずもないだろうけどね」

 月光館の指定席である端のカウンター席で広げていた新聞を閉じた麻里子は、四人席に座る志野と燐を見た。

「二人とも大変だったわね」

「我邪がこんな風に出てくるなんて思いもしなかったので焦りました」と燐。

「青龍が復活してもこんな状況になるとは、流石に想定外だったわ」

 どこか腹を立てた顔のまま麻里子は言う。

「それにしても何時になく被害が大き過ぎたわねぇ。お陰でどうやっても隠しようがないじゃない、ねぇ、おそのさん」

「でも、こんな風にしてところ構わずに暴れるなんて、普通は思わないじゃない」

「我邪は違う。そういうことね。やれやれ」

 麻里子は浮かない顔でそう言った。

「それはさておき、志野、あなたにはお礼を言わなくてはならないわ、ありがとう」

「あ、いえ、そんな」

 唐突に話を振られた志野は、何を答えたらいいものか困った。

「燐とコタローが無事だったのは、あなたが覚悟を決めてくれたからお陰だから」

 そういう麻里子の気持ちに嘘はない。

「わ、私は、その、二人がなりふり構わずに命を懸けているのことに対して、自分がその時できると思えた最善の方法を選んだだけで」

 志野は考えてのことだと納得しているつもりだった。

「でも、結果としてあなたにも生涯背負わなくてはならない重荷を引き受けてもらったことになる。この先どういう運命や結果が訪れるにせよ、この選択が間違っていたと志野に後悔されるのは私の思うところじゃない」

 麻里子は厳しい目を志野に向けた。

「前にこの運命から逃れる術はないと言ったけど、だからといって必ずこの道を選択する必要があるわけじゃない。これまでにもキズキビトになっても世界に背を向けて、どこかに隠遁している人もいないわけじゃない。かなり辛い生き方だけど」

 どこか遠くを見る目つきで麻里子は言う。これまで幾多の仲間の行く末を見てきたことか、そんな思いがそこにはあった。

「だから私としては志野には仲間になって欲しかった。あなたが世界から消えてしまうのは見ていて悲しい」

 麻里子は志野にそう言い、燐を見た。彼女も軽く頷き同意する。

「わ、私は最初に麻里子さんからモウリョウとその世界の話を聞いて凄く驚きました。そんなとても信じられない世界の話をどう理解したものかと。でもそれが嘘でも夢でも幻でもなく現実に存在して、人の命が関わるような出来事になっているとわかったら、何だか投げ出しちゃいけないんじゃないかとも思いました。今回のようなことが起きるなら、そこで自分にも何か出来る力があるというならば、見て見ぬふりのまま済ませるなんて考えられないと」

 志野は最初に麻里子と出会い、話を聞いたときから較べれば随分と意見が変わってしまったと思った。この半月、自分なりに考えてきたとはいえ、結局はどうやったらこんな得体の知れない運命から逃れられるのかという一点に尽きていた。

 しかし、降りかかってきた難題がどんな重荷であろうとも、放り出したところで何も解決しないということに気がついた時点で、もう話は変わっていた。この中から自分なりに道を切り開けばまた違った答えは見つかるも知れない。そんな風に解釈することにしたということか。ダメを押したのが今回の事件と言うことは、少し悲しい部分もあるのだが。

「そう言ってもらえると、私はこの上なく嬉しいわ志野。改めてありがとうと言わせてもらいたい」

 麻里子はそう言って左手を差し出し、慌てて右手に変える。

「あ、いえ、その、よろしくお願いします」

 そう答え、志野は麻里子の右手を取った。

「よかったわ、燐さん以来になるわね、いろは組に新しいお仲間が増えるのは」

 そのみはそう言い。心の底から嬉しそうに笑った。

「いろは組ですか?」さっそく志野には分からない言葉が飛び出す。

「まあ、いいわ、追々ね。それよりも志野、学校はどうなるの」と麻里子。

「あーまあ、こんなことが起きたお陰で、当面自宅学習という扱いです。新学期始まってまだひと月なのに」志野は答えた。

「へえ、じゃあこの先はどうなるのかわからないのね」

「何せ学校壊滅か?みたいな状況なのはご存知ですよね。もしかしたら生き残った生徒は分散して他の都立校に編入とかなるかもです。私立でもいいみたいですけど」

 生き残ったと言うところに今回の事件の生々しさが感じられるが、志野が聞いた範囲だけでも状況は酷い物だったらしい。昨日の今日で警察やらどことも知れない組織が実況見分を続けているし、巻き込まれた生徒、巻き込まれなかった生徒、教師や学校周辺の住民からの事情徴収も行われている。そんなわけで学校は一時閉鎖、志野も本来は自宅待機の身だが、今日は蔵前暑に出向いてひとしきり話をしてきた帰りでもあった。

「あ、ねぇ、私立でもいいならウチにこない」

 不意に燐が話を振った。

「え、ウチって燐さんの東都女学院ですか・・・」

 聞いてああ、とも思いつつ流石にあの超ウルトラお嬢様学校へは行けないなと、志野は考える。あの可愛いセーラー服は着てみたいし、燐と一緒になれるのはやぶさかでないと言うか、むしろ歓迎すべきことなのだが一般市民の娘としては、それこそ荷が重く感じられないこともない。

「やー流石に東都は」

 そう苦笑しつつ、やっぱり無理だと志野は悟る。

「あれ、志野は気負い負けした」

 麻里子はニヤリと笑う。

「べ、別にそういうわけじゃないですよ、だだ私には不相応だというだけです」

 少しむくれて志野は答えた。

「あら、そうかしら。志野さんが一緒ならと思ったのだけど」

 燐はかなり残念な表情を隠せない。

「志野、私たちと一緒に動いてもらえるようになるわけだから、それなりにいろいろと整えないといけないことがあるのよ。ほら一応、ここも秘密組織みたいなものだしね」

「秘密組織ですか?」志野はそんな麻里子の言葉に反応する。

「まあね。それが『いろは組』という名前なのだけど、ああ、それと来月早々の大型連休は何か予定はあるのかしら」

 麻里子はカウンター席の机に置いたタブレット端末をいじり志野に尋ねる。

「連休ですか、あ、いえ特に。学校もこんなで、部活も開店休業ですし」

「そう、じゃ前半の3日間は空けてくれる」

「恐らく大丈夫だと思いますけど、何かあるんですか」

「うん、そうねぇ、早い話が合宿するから」

「合宿ですか?え、何のですか」

「そうねぇ、新人歓迎のキズキビト特訓コースかな。鍛えます、みたいな」

 ニカっと笑う麻里子はどことなく、とても楽しげな雰囲気だと志野には思えた。

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