エピソード 4ー1

 それから数日が経ち、帝都にお祭りの日がやって来た。軍部の人達は変わらずのお仕事だけど、日中からどこか浮かれているように見える。

 でも、一番浮かれていたのはきっと私だろう。


 私は祖国で何度かお祭りを見たことがある。でもそれは、たまたま立ち寄った町でお祭りをしていたとか、そういう意味での『見た』だ。

 お祭りを見たことはあっても、自分がお祭りに参加したことはない。だから私は、彩花に誘われてからずっと、今日のお祭りを心待ちにしていた。


 その日の仕事を終えて部屋に戻ると、そこに彩花がやってきた。

 彼女は両手に自作の衣装を抱えている。


「レティシア、一緒に着替えましょ。私も一人で着替えるのは不安だし、あなたもハイカラさんスタイルの着物を着るのは初めてでしょ?」

「そうだね。私も手伝ってくれると助かるよ」


 ベッドの上に、服飾店で買いそろえた着物一式を並べる。

 朱色と白の矢絣柄(やがすりがら)の着物に、小豆色の袴。ハイカラさんスタイルの着物で、合わせて肌襦袢に長襦袢、それに裾除けと腰紐、それに帯と襟留めなどを並べる。

 後はニーハイのストッキングに、編み上げのブーツを用意した。


 女中の制服である着物を脱ぎ捨て、下着の上に裾除け、肌襦袢、長襦袢と身に付けていき、最後に着物を羽織る。この時点ではまだ腰紐で止めず、脱いだ仕事着を畳んでいく。


 余談だけど、着物や袴を畳むと長方形になる。故郷のドレスはどうやってもそのような形にはならないので、着物はとても面白い。最初はその畳み方に困惑した私だけど、女中として過ごす数ヶ月ですっかり慣れてしまった。

 私は仕事着の着物を手際よくたたみ終える。


 続いて、襦袢などを整えて、最後に着物を帯で止める。私の知っている着物は腰で止めて長さを調節するのだけど、この着物は最初から丈が短かった。


「彩花、この着物の裾はこれで大丈夫なの?」

「え? あぁ、袴を穿くから大丈夫よ」

「あぁそっか、それで最初から丈が短いんだ」


 着物は長さがぴったりじゃないとダメなので、腰の部分で長さを調整する。だけど、袴を穿く場合は多少短くても問題ないので、身軽さを重視しているらしい。

 長さの違いに意味があったことに感心しつつ、私は着物を帯で止めた。


「……ここから、どうしたらいいの?」

「初めてじゃ、さすがに説明しても分からないでしょ。やってあげるからこっちを向いて」


 彩花が私の前に膝を付き、袴を両手で私の腰の位置まで持ち上げた。


「はい、ここに足を通して」


 袴の前面と背面、二つの生地を合わせたあいだに足を通すように促される。私は言われたとおりに、左右の足をそこに通した。

 その直後、袴の前面、左右のヒモを握っていた彩花が私の腰に抱きついてきた。


「え、彩花?」

「動かないで。袴が結べないから」

「……え、え?」


 困惑する私を他所に、私の腰に抱きついた彩花の手が、私の腰の部分でもぞもぞと動く。なにをしているのかと思ったら、後ろに回した左右のヒモを一周させてまえにもって来た。

 さらに前面で、そのヒモが重なるようにくるっと捻って、再び私の背後に持っていく。


「はい、ちょっと絞めるよ~」


 言うが早いか、腰より少し下の部分でヒモがギューッと引き絞られる。


「ちょうどいいところで教えてね」

「ちょうどいいところが分からないけど、結構キツいかも?」

「帯とはまた違う位置を絞めるからね。慣れないと苦しいかも? という訳で、苦しくないように緩めにしておくね。緩すぎたら、歩いているうちに袴が落ちるけど」

「落ちたら大惨事だよね!? 我慢するからもう少し絞めて!」


 公衆の面前でスカートが落ちたらお嫁に行けなくなる。袴とスカートとは違うかもしれないけれど、それでも感覚的には凄く嫌だときつめに絞めてもらう。


「じゃあ次、後ろの部分は腰帯に乗せて……後は紐を締めて完成~」

「……これだけ?」


 最初のヒモはわりと絞めたのに、後ろの部分は、前に引っ張ってきたヒモを、正面の少し横、ちょうちょ結びみたいな感じで軽く結んだだけである。

 それこそ、ちょっと引っ張れば解けてしまいそうだ。


「大丈夫よ。そうそう脱げたりしないから」

「……そうそうは脱げなくても、希には脱げたりするんだ……」


 ハイカラさんスタイル、無防備すぎ! と、私は戦慄した。

 万が一を考えて少し動き回ってみるけれど、特に袴が脱げることはなさそうだ。ただ、せっかく着付けたのに着崩れたと彩花に叱られたけれど。とにかく、私はハイカラさんスタイルに変身。今度は、私が彩花のドレスを着付けてあげる番だ。


 彼女が作ったは、紺色の生地を使った、オフショルダーのAラインドレス。スカートの長さアシンメトリーになっているデザインで、肩にはメッシュ状のボレロを纏っている。

 胸元の露出を抑えつつ、うっすらと残る傷を隠す効果も狙っている。

 ちなみに、髪は私とおそろいでハーフアップだ。

 彩花と私、対照的なデザインの衣装に身を包み、仲良く帝都のお祭りへと足を運んだ。



「うわぁ……いつにも増して凄い人の数だね」


 近年、帝都の人口は爆発的に上昇していて、いまは二百万人を越えているそうだ。故郷の国では、王都でも数十万が精々だったので、この国がいかに発展しているのかがうかがえる。

 そんな帝都の人口が、今日だけは何倍にもなったように感じられる。


 表通りには出店が並んでいて、提灯の明かりでライトアップされている。さらに街灯の明かりが街を照らし、夜なのに信じられないくらい周囲が明るい。


「凄い凄い、こんなに大きなお祭りだなんて思わなかったよ!」


 クルクル回ってはしゃいでいると、子供を見守るような目をした彩花と視線が合った。私は急に恥ずかしくなって俯く。それから、ちょっぴり上目遣いで彩花を見た。


「えっと……凄く、大きなお祭りなんだね」

「だよね。私も初めてお祭りを見たときは驚いたわよ」

「そういえば、彩花も帝都には最近来たんだっけ?」

「ええ、数年前にね」


 彩花は上京を機に、オシャレなモガを目指す可愛らしい女の子であると同時に、田舎の家族に仕送りをするために頑張る優しい女の子だ。


 戦場に身を置いて、ときに非情な決断を下す私なんかより、ずっとずっと聖女だと思う。そんな彼女が、この世界に来て最初の友達になってくれたのは、私にとっての幸運だった。


「ねぇ彩花、ありがとうね」

「なによ、急に。お祭りに誘ったことを言っているの?」

「そうだね、そんな感じかな?」


 ここで『友達になってくれてありがとう』なんて言っても呆れられるだけだろう。だから私は表情をほころばせ、彩花の手を引いた。


「ね、あっちのお店見てみようよ。簪(かんざし)が売ってるよ」

「あっちにはコサージュが売ってるわよ?」

「コサージュより簪の方がいいじゃないっ」

「レティシアは本当に和風の物が好きなのね」

「彩花は洋風の方が好きだものね。でも私、こういう和洋折衷のデザインもいいと思うよ」


 私が身に付けているのはハイカラさんスタイル。着物や袴は日本古来のものだけど、編み上げのブーツは外国から流れてきたものだ。

 女性が袴を普通に着用出来るようになったのも最近で、外国の影響を受けた結果らしい。ハイカラさんスタイルは、和の装いであると同時に、外国の文化が取り入れられている。

 私は、そのハイカラさんスタイルがすっかりお気に入りだ。


「そんなこと言って、ほんとに袴が脱げないか、何度もたしかめていたくせに」

「デザインが気に入るのと、脱げないかどうか不安なのは別だもの。それにそんなことを言ったら、彩花だって胸元がスースーするとか言ってたじゃない」


 文明開化でずいぶんな変化があったとはいえ、オフショルダーで胸元の開いたドレスは前衛的だ。彩花はボレロを羽織っているけれど、それでも顔をしかめるものはいるだろう。


「私だって、恥ずかしいのは恥ずかしいわよ。レティシアと違って私はスタイルもよくないし、こんな大胆なドレス、似合わないかもしれない……って」

「そんなことないわよ、よく似合ってる」

「……ホント?」


 上目遣いで問い掛けてくる彩花がとても可愛い。

 私は本当よと笑って、彼女の髪に異空間収納から取り出した髪留めを彼女に渡す。聖女の力で浄化した小さな魔石がワンポイントの御守り、プラチナ製のバレッタである。


「小物を作る時間はなかったでしょ? 彩花の髪はサラツヤだから、きっとそのバレッタは栄えるよ。今日のお祭りに誘ってくれたお礼にあげる」

「え、そんな、もらえないよ」

「いいから、動かないで」


 彩花の肩を抱き寄せて、その髪にバレッタを付ける。黒い髪には、小さな魔石の輝くバレッタがよく映えると、私は表情を綻ばせた。


「ほら、まるで彩花のために作られた一点物みたいに似合ってるよ」

「も、もう、ほんとに、レティシアって人は……っ」


 なぜか真っ赤な顔の彩花に、上目遣いで睨まれてしまった。


「……彩花、気に入らなかった?」

「そんな訳ないでしょ。でも私、レティシアからもらってばっかりじゃない」

「そんなことはないけど……」

「あるのっ。もう、今日の買い食いは全部私のおごりだからね! これからオススメの場所に連れて行ってあげるから、私についてきなさいっ!」


 左手を腰に手を当てて、右手をビシッと突きつけてくる。

 私は笑って、彩花の後をついて回ることに決めた。


 輪投げで遊んでみたり、出店でワッフルを買って二人で並んで食べる。いくつかの出店を回ってお祭りを満喫していると、背後から二人組の男性が近寄ってきた。

 

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