エピソード 3ー3

 トリガーを引いて発砲。ボルトアクションで排莢(はいきょう)し、新たな弾薬を送り込む。特務第八大隊の隊員達は片膝を突いて小銃を構え、次々に妖魔を排除していく。


 戦闘開始からどれだけの時間が過ぎただろう? 村の入り口から私達が敷いた防衛ラインのあいだには、おびただしい数の妖魔が亡骸となって横たわっている。


 それでも、村の人口を考えればわずかにも満たない数だ。一斉攻撃を受けたり、策を用いられたりすれば、私達は撤退を余儀なくされただろう。


 だが、大半の妖魔に策を弄する知恵はなく、また、山の斜面に囲まれた環境が、敵の一斉攻撃を防いでくれている。雨宮様の部隊は確実に敵の戦力を確実に削っていた。


 なにより凄いのは小銃だ。

 威力もさることながら、凄まじい連射性能だ。

 何発か撃つごとに弾倉を変える必要があるが、それだけで再び発砲することが出来る。これが魔術なら、よほどの大魔術師でなければこんな風に打ち続けることは不可能だ。


「特務第一大隊の方々も同じ装備を持っていたのですよね? これだけの火力を持ちながら、彼らはどうして危機的状況に陥ったのでしょう?」


 私は戦場の動向をうかがいながら、雨宮様に問い掛けた。

 小銃の発砲音が山道に轟くごとに、妖魔の命が失われていく。戦場を支配する圧倒的な攻撃力。これだけの力を持ちながら、特務第一大隊が危機に陥っている理由が分からない。


「理由はいくつかある。まず、彼らは村が妖魔に支配されているという情報を持っていなかった。だから、人員も装備も十分ではなかったはずだ。それに――」


 雨宮様が妖魔の集団に視線を向けた。私も同じように視線を向ければ、そこには、オーガもどきや、ゴブリンもどきなど、様々な妖魔が集まっている。


「どう見ても‘ナリタテ’とは思えない個体が多い。苦戦は免れなかっただろう」

「……‘ナリタテ’? あぁ、成り立てということですか。 この国の方々は、成り立ての妖魔かどうかで分類しているのですか?」

「その通りだが……レティシアの国では違ったのか?」

「はい。個体の形状などで細かく分類されていました」


 たとえばゴブリン、オーク、オーガなど、いくつもの種族に分類されている。

 ゴブリン一つ取ってみても、主に魔術を使うゴブリンシャーマンや、弓を得意とするゴブリンアーチャー、他のゴブリンを従えるゴブリンキングなど、多岐に分類される。

 ――と、そこまで説明した私は、この国でそういった分類がない理由に思い至った。


「故郷では、魔物の国がありました。魔物同士で繁殖を繰り返し、各種族が確立されていたんです。それに、形態によって特性が違いますから」

「なるほど。だが、いまここでそのような分類を覚えるのは不可能だな」

「では、纏ってる影の濃さを基準にしてはいかがですか?」


 私は押し寄せる妖魔の群れを観察しながら提案する。


「影がなにか関係あるのか?」

「私見ですが、影が濃いほど強力な妖魔のように見えます。おそらく、妖石の大きさや、瘴気の強さが関係しているのではないかと」

「なるほど。その基準で言うと、あれはヤバいのか?」


 雨宮様が視線を向けた先には、ひときわ大きな影を纏う妖魔が一体。


「他とは一線を画すると思った方がよろしいかと。形態によりますが、攻撃力、防御力、あるいは狡猾さで段違いの可能性があります」

「なるほど。では、あれが接近してきたら厄介だな」


 くだんの妖魔は、何度か銃撃を受けながらも近付いてくる。

 連射性能や、攻撃が見えないという特性に意識が向いていたけれど、威力という意味では、小銃はそれほど強くないようだ。硬い皮膚を銃弾で撃ち抜くのは難しいらしい。

 雨宮様が部下に向かって声を張り上げる。


「聞けっ! 暫定的に、影がひときわ濃い妖魔を中級妖魔と、他を下級妖魔と呼称する! 押し寄せる下級妖魔の群れに混じる、中級妖魔を優先的に狙え! 接近されたら厄介だぞ!」


 雨宮様の号令のもと、小銃による斉射がおこなわれた。

 先頭にいた中級妖魔は一度の斉射で絶命した。だが、二体目は二度の斉射を必要とした。そして中級妖魔に攻撃を集中させたことで、下級妖魔も距離を詰めてくる。


「第二小隊は引き続き小銃で後続の中級妖魔を減らせ! 第一小隊は刀を使って接近してきた下級妖魔の掃討だ。中級妖魔の動きに気を付けろ!」


 雨宮様が指示を出し、第一小隊の隊員達が抜刀、近付いてきた妖魔に攻撃を加える。


 特務第八大隊の隊員達はよく訓練されている。なにより、身体能力が故郷の兵士達よりも高いようだ。王国の親衛隊でも、ここまでの戦闘力は持っていないだろう。


 それでも、第一小隊の隊員達は苦戦を強いられている。徐々に敵の接近を許してしまう。そうして接近されれば、小銃による攻撃がままならなくなる。

 次第に中級妖魔が接近し、ついには第一小隊の隊員達と、中級妖魔の戦いが始まった。


 数人掛かりで中級妖魔を相手にする隊員達。訓練された美しい連携で中級妖魔を上回るが、個々の戦いで勝利を収めることが出来ても、物量で圧倒的に負けている。

 彼らが苦戦を強いられているのは誰の目にも明らかだった。


「雨宮様、行ってください」

「……なに?」


 指揮官は指揮を執るという重要な役目がある。指揮官が先頭に立てば士気は上がるかもしれないが、万が一があれば部隊は崩壊する。

 戦略的にみれば愚の骨頂でしかない。

 だけど、何事にも例外は存在する。


「見ていれば分かります。いつもなら、先頭に立って戦われているのでしょう?」


 本来の雨宮様はおそらく指揮をするタイプではない。これは私の予想だけど、笹木大佐様に指揮を任せて、自分は先頭に立つタイプなのだろう。

 彼が前に出れば、この不利を覆せるという予感がある。


 彼もそれは分かっているはずだ。

 さきほどから刀に手を掛けては、歯がゆい素振りを見せている。


「だが、俺がまえに出て、万が一にもおまえになにかあればどうする?」

「……私、ですか?」


 え、もしかして……まえに出ないのは、私をここに連れてきた責任を感じているから? 私のことを心配して、側で護ろうとしてくれているの?

 頬が緩みそうになって、私は思わず手で押さえた。

 それから表情を引き締めて雨宮様を見上げる。


「雨宮様、お忘れですか? 私は、自分の身の安全くらいは自分で守れます」

「だが、おまえは善意の協力者だ。おまえの協力がなければ、我らはいまより厳しい戦いを強いられていた。利益だけを享受して、状況が変わったと約束を違えるのは外道の所業だ」


 たしかに――と、納得してしまう自分がいる。

 約束が守られないなら、約束を交わす意味はない。これが王太子辺りなら『約束なんて知ったことか、いまの状況を考えろ』とでも言って、私の危険を顧みずに行動していただろう。

 そういう意味で、私は雨宮様の考え方に好感を抱いている。


 ――だけどね。

 私は、自分のせいで誰かが死ぬのも嫌なんだよ。


 自分が蔑ろにされるのは嫌いだけど、自分が優先されて誰かが傷付くのはもっと嫌だ。我ながら面倒な性格をしていると思うけど、これは性分だから仕方がない。


「雨宮様、これをお使いください」


 私は腰に吊していたオリハルコン製の刀を差し出した。


「戦線が崩れれば、どのみち私も危険に晒されます」


 協力者の安全と、部下の安全。二つの安全を天秤の両皿に分けて載せる彼に向かって、私は自分の安全という重りをもう片方の皿に移動させた。

 私のために、彼らを救え――と。


「レティシア、おまえはいい女だな」

「こ、こんなときになにを言っているのですかっ!?」


 キッと睨みつけるが、雨宮様は答えず、慌てる私からオリハルコン製の刀をふんだくって、代わりに自分の刀を私に押し付けた。


「おまえの刀ほどではないが銘刀だ。その身を自分で護るというのなら持っておけ」

「……助かります」


 刀を交換すると、雨宮様は部下の一人に私の護衛を命じた。直後、彼は地を這うように駈けだし、中級妖魔とすれ違い様に抜刀した。

 二メートルを遥かに超える妖魔。巨体であり、皮膚も銃弾を弾くほどに堅い。それでも、雨宮様の一閃は妖魔の足の腱を絶ち、膝を突いた妖魔の首を返す刀で討ち落とした。


 その鮮やかな手並みをまえに「雨宮副隊長が来てくれたぞ!」と、苦戦を強いられていた隊員が沸き上がる。その機会を狙ったかのように、雨宮様は刀を天に掲げた。

 オリハルコンの美しい刃が夜明けの光を受け、隊員達に希望の光を届ける。


「怯むな! 敵の数は多くとも、我らに勝てぬ相手ではない。いまこそ、特務第八大隊の底力を見せるときだ! 鼻持ちならぬ特務第一大隊に大きな貸しを作ってやれ!」

「「「おおおおぉおおっ!」」」


 戦場に雄叫びが上がった。

 勢いを失っていた部隊員達の目に希望の光が宿る。

 反撃の狼煙だ。

 第二小隊が小銃による斉射をおこない、後続の下級妖魔を間引いていく。

 第一小隊は三人一組になり、一人が正面から中級妖魔の攻撃を捌き、残った二人が側面から足の腱を狙う。そうして膝を付かせたところで三人でトドメを刺していく。

 雨宮様の攻撃を参考にしたのだろう。これまでよりも格段に手際がよくなっている。


 戦闘が始まってからどれほど時間が過ぎただろう? 味方のは士気は否応もなく高まっており、倒した下級妖魔は数知れず、中級妖魔を倒した数も優に十を超えている。

 この状態が続けば、問題なく救出作戦に必要な時間を稼げるだろう。

 だけど――


「雨宮副隊長、中級妖魔を遙かに上回る影を持つ個体が現れました!」


 後続を間引いていた第二小隊の者から報告が上がる。

 その者が指差す先に、たしかにひときわ濃密な影を纏う個体が存在した。その姿を目の当たりにした私の背筋に嫌な汗が流れる。


 身体のサイズは人と変わらない。にもかかわらず禍々しい影を纏うその姿は、元の世界にいた魔族を彷彿とさせる。戦場で、もっとも厄介なタイプの敵だ。


「雨宮様、気を付けてください! あれは高い知能を持つ可能性があります!」


 私の声が聞こえたのか、彼は交戦の最中に小さく頷いた。

 雨宮様の「警戒しろ」という声が上がる。その直後、上級妖魔とも呼べる存在が雄叫びを上げた。それを切っ掛けに、妖魔の動きがいままでと明らかに変化する。

 各個撃破されていた妖魔達が、二人一組になって戦闘を開始したのだ。


 これにより、一体を倒そうとしても、もう一体が邪魔をするという状況が発生する。さきほどまでは苦もなく倒せていた下級妖魔にも苦戦するようになった。


 中級妖魔に至っては、複数の下級妖魔をサポートに付けている。これによって、味方は三人一組でも押されるようになってしまう。


 こちらの数は限りがあり、数で対抗することは出来ない。殲滅速度が落ちることで、敵の増援が増えていく。特務第八大隊の部隊は劣勢に立たされていった。


 それを察したのか、雨宮様はいままで以上の無理を始める。中級妖魔を斬り伏せ、並み居る下級妖魔のあいだを突破して、指揮をしているとおぼしき上級妖魔に躍り掛かった。


 雨宮様が先制攻撃を加える――が、上級妖魔はそれを軽く上半身を反らして回避した。無駄のない動きで、雨宮様に出来た隙に反撃を繰り出す。

 その攻撃を雨宮様は難なく回避した。


 どちらも小手調べの状況。

 現時点で、二人の実力は互角のように見えた。

 だが、二人の戦いが長引けば、不利になるのは数で劣っているこちらの方だ。


 それを理解しているのか、上級妖魔は防御に徹し始めた。徐々に味方が押され始める。このままでは、遠くない未来にこちらの戦線は崩壊するだろう。

 私は思わず、雨宮様から受け取った刀の柄に手を掛ける。


「レティシアさん、ご安心を。雨宮副隊長の命により、私があなたを御守りします」


 私が怯えていると誤解したのだろう。柄に手を掛けた私に対して、護衛についてくれている隊員が声を掛けてくれる。それで私は我に返った。


 私は平穏な生活を望んでいる。誰かに使い潰されるのなんて絶対に嫌だ。聖女としての力はもちろん、自身の戦闘能力を大勢に見せることは、私の将来にマイナスにしかならない。


 だけど――と、私は戦闘する彼らに視線を向ける。

 雨宮様は戦況を覆そうと上級妖魔と死闘を繰り広げ、部下の隊員達は雨宮様の援護をしようと必死に戦っている。ここにいる人達はみんな、自分のことなんて考えていない。

 仲間のため、そして巫女や特務第一大隊の面々を救うため、彼らは命を賭けて戦っている。


 それはどちらかと言えば、私と共に魔王を討伐した者達と同じ側の人間だ。安全な王城に引きこもり、事が終わった途端、用済みの私を処分しようとした王太子達とは違う。


 このまま見守っているだけでいいのかな?


 そんな風に自問自答する私の視線の先で、雨宮様が死闘を繰り広げている。一進一退の攻防。いつまでも続くかのように見えるけど、そうでないことを私は知っている。


 勝負がつくときは一瞬だ。

 さっきまで仲良く話していた戦友が、次の瞬間には物言わぬ骸になることもある。


 戦場に身を置いていた私は、そういう現実をいくつも目の当たりにしてきた。何度も何度も、仲間が私を残して死にゆく様を見送ってきた。


 雨宮様と上級妖魔が一進一退の攻防を繰り広げる。その拮抗した状況を崩すため、中級妖魔が雨宮様の背後に回り込もうとしている。

 それに気付いた瞬間、私は刀の柄に手を掛けて駈けだしていた。


 私が一歩を踏み出した瞬間、雨宮様は上級妖魔に攻撃を加えた瞬間だった。そして次の瞬間、上級妖魔が反撃を繰り出し、雨宮様がそれをギリギリで回避する。


 だが、そこに放たれる更なる一撃。上級妖魔の棍棒のように太い腕が振るわれる。雨宮様はその攻撃をギリギリで側面に避けようとして――中級妖魔の存在に気が付いた。

 中級妖魔は、雨宮様が避けようとした進路上に待ち構えていた。


 おそらく、中級妖魔が雨宮様の回避先を読んだのではない。中級妖魔の存在に気付き、上級妖魔が雨宮様をそちらに追い込んだのだ。

 雨宮様は、その罠にまんまと踏み込んでしまった。


 彼は上級妖魔の攻撃をギリギリで回避。中級妖魔の攻撃に備えようと身を捻る。だが、その回避は間に合わない。中級妖魔の一撃が、無防備を晒した雨宮様に吸い込まれる。

 ――直前、その死を呼ぶ一撃を私の刀が弾き返した。


「レティシア!? なぜここにいる!?」

「この敵は私が引き受けます。だから、雨宮様はそいつに集中してください!」

「だが――っ」


 セリフの途中で、上級妖魔が雨宮様に攻撃を加える。

 雨宮様はそれをとっさに回避して、大きく舌打ちをした。


「レティシア、決して無理はするなよっ!」

「もとよりそのつもりです」

「……ならばいい。レティシア――」

「今度はなんですか?」

「さっきは助かった。背中はおまえに任せる」


 一瞬、ここが戦場であることも忘れて息を呑んだ。

 ……凄く残念。

 ここが戦場じゃなければ、雨宮様がどんな表情をしているのか確認するのに。そんなことを考えながら、私はあらためて中級妖魔へと向き直った。


「どこからでも掛かってきなさい。いまの私は負ける気がしません」

 

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