俺はまだ去勢されたくないから

赤茄子橄

本文

 俺が自宅をでようとドアに手をかけようとしたとき、ふと声が聞こえた。

 場所は俺たちの自宅をでて間もなくのところだろう。


 キャハハウフフと近所の奥様方が数名集って楽しそうに話している。

 家のすぐそこだからだろう。断片的に話声が聞こえてきた。


「・・・・・浮気させない・・・・・・・・旦那さんの・・・・・・・してもらうのが・・・・・・」


「・・・さんのところの・・・・・・・したら安心・・・・・・・って言ってたわよ」



 まだ話の内容は詳細には聞こえてきていない。


 ふむ、井戸端会議ってやつかぁ。毎日のようによくやるなぁ。



 でも聞いた話だと、奥様方の井戸端会議は、腹のさぐりあいだとかマウントの取り合いだとか、地域のボスを決めたりだとか。

 そういうまぁまぁめんどくさい集まりになることがあって、必ずしもただ楽しくおしゃべりしてるってわけじゃないらしいしなぁ。


 円滑なご近所づきあいのために、面倒なコミュニケーションも卒なくこなす世の女性たちに敬意を懐きながら、玄関を出ようとドアノブに手をかけた。

 そのとき、とても聞き慣れた美しい声が響いてきた。




「なるほどぉ〜。それはいいですねぇ〜。うちも子どもができたらダーくんには去勢してもらうことにしようかな〜」




 ..................ふぅ〜..................うん、一旦落ち着こう。深呼吸だ。俺の聞き間違えかもしれないしな。


 俺が愛しのワイフの声を聞き間違えるなんてことあり得るはずもないわけだけど。

 気合と集中力を練れば、数キロ離れた場所からでも彼女の声をキャッチすることもできなくはないほどだけれども。


 疲れてたりうっかりしてしまうことも、あるかもしれないもんな。


 すぅ〜〜〜〜〜はぁ〜〜〜〜〜〜。よし、ちょっと落ち着いたぞ。





「ソラちゃんのところも、旦那さんがOKしてくれるなら、切り取ってもらっていつでも使えるように加工してもらったら〜?」


「そっかぁ! 確かに棒の部分を切り取って固めてもらったら、おもちゃとしていつでも使えるようになりますもんね! すっごーい! 天才じゃないですかぁ〜!」



 ぐはぁっ!!!


 お話中の近隣の奥方からソラちゃんと呼ばれて応えてるし、これはもう間違いない。


 というか、なんかさっきよりもさらに怖い話してる......。

 絶対本当にあってほしくない怖い話だ......。


 シンプルにタマヒュンしたわ。



 ソラちゃんと呼ばれている彼女は俺、渕簾灰かたすかいのお嫁さんで、世界一綺麗で可愛くて完璧な最高の女性である渕簾想來かたすそらさん。旧姓、六道想來りくどうそらさん。


 大学で知り合った俺より2歳年上の姉さん女房。


 青みがかった黒髪、162cmと適度な身長、大きすぎず小さすぎない胸部。優しい目つきでポワポワとした印象を与える顔。


 それらのパーツが織りなす満点の包容力で、疲れたときに甘えさせてくれる母性。

 それとは逆に、ちょっと抜けていて、庇護欲が掻き立てられるその人間性。


 俺はそんな想來そらさんのすべてが大好きだ! 愛してる! やっぱり年上の女性は最高だぜ!


 そんな最高の妻は声を聞いてるだけで癒やされて脳がとろけそうになるほどな魅力に溢れているわけだけど、今はあの会話内容のせいでとろけきれない。というかぶっちゃけ戦慄している。



 こんなん冷や汗出てるわ。


 深呼吸である程度落ち着くことはできたけど、身体はドアに手をかけようと腕を伸ばした姿勢で硬直して動いてはくれない。

 ドクンドクンと心臓の脈動が全身を叩きつけるように強く激しくなり、だんだん自分の心音以外の音が聞こえなくなる。


 ただの世間話の中での冗談を何もそこまでマジにとらなくてもいいだろって?


 いやいやそうはいかない。



 想來そらさんは可愛くて優しくて甲斐甲斐しい最高の妻だけど、こういう雑談でも適当なことは絶対言ったりしないヤバまじめな人なんだよ!

 しかも心がピュアすぎて人が言ったことをかなりの割合で信じて実行に移す行動力まで兼ね備えてるときてる!


 だから、さっきの話を聞く限り、想來さんはマジで「俺たちの間に子どもがデキたら俺のナニを切り取っておもちゃに加工する」つもりでいるはずだ。



 でもなんでそんな話になるよ!

 え?俺なんかやっちゃったの!?



 彼女と出会ってからは想來さん一筋で7年間、当然不貞だとかそれに類することをしたことは刹那すらもないし、これからもないと自信を持って言える。


 だって自分のお嫁さんがこれだけ素敵なんだから、他所でなんかする必要あるわけないからね。


 なんか会話の中で「浮気」がどうとか聞こえた気がするからそれ関係じゃないかとは思うんだけど......。

 それ関係で俺は何も悪いことしてないよな!?


 会社の女性社員ともちゃんと適切な距離を心がけてるし、携帯端末のロックもフルオープン。

 メッセージアプリのCHAINチェインもいつでもチェックしてもらって大丈夫なようにアカウントは共有してある。俺が自主的にそうした。


 まぁ、ネットで拾った想來さん似の女性の18禁画像だけは、見つからないように不可視化した秘蔵フォルダに入れて保存させてもらってるんですけども......。


 けど、他をあけっぴろげにしてるから疑われてはないと思うし、想來さんはポワポワしててパソコンとかにも強くないはずだからバレてないと思う。

 っていうか、別にそれも浮気とかじゃないはずだし、見つかったら想來さんは良い気はしないだろうけど、そこまで怒られるってこともない......はず。


 ちなみに、想來さんからプライバシーを明け渡すようなお願いをしてくるとかはない。

 いつも、ふわふわとした笑顔で「わざわざCHAINとか携帯とかをあたしに見せてくれなくても大丈夫だよ〜」って言って、俺のことを信じてくれている。


 俺の友達の夫婦には、嫁さんに食事やらトイレやらも管理してもらっていて、家から出してもらえるのはごくたまにだけ、ってやつもちらほらいる。

 だから、そいつらと比べたら、想來さんはかなり束縛が弛いタイプだろう。


 そんな想來さんが、急に去勢なんて言い出したんだぜ!? そりゃあびっくりもするだろう!?


 それにしても......理由がわからない............。


 でも俺に悪いところがあって怒ってるなら全力で謝ろう。

 それでなんとか許してもらおう......!


 まずはもう少し情報収集だ。


 盗み聞きとは男らしくないかもしれないが、うちの前で行われているらしい危険な話題満載の奥様方の井戸端会議、もう少し聞かせていただきます!


 ドアに耳をあてて聞き耳を立てると声が聞こえてきた。



 どうやら隣の家の奥さんが話題の中心にいるらしい。


「うちの旦那さん、私にぞっこんなくせに、パソコンの中にネットからダウンロードしてきた他の女のエッチな画像を保存してたのよ」


「えー、ありえなーい!」


「そうでしょう!? しかも、問い詰めたら何回かそれをオカズにして自分を慰めたことがあるとか言いだしたの!」


「あー、それは旦那さん、よくないわねぇ〜」


「みなさんもそう思われますよねー! それで、もう私カッとなっちゃって! うちにはもう子どもも2人いるから、あの人のナニはもういらないと思って取ってもらっちゃった♫」


「「「あー、やっぱりそれが普通に良い・・・・・ですよねぇ〜」」」




 ヒエッッッッッッ。


 キュってなったわ。



 ってか、なんで話を聞いてる奥様方は、お隣さんの猟奇的な行動に合意してるの!?

 え、っていうか、「うちの旦那さん」ってなんだ!?


 ご近所の旦那さん方は、当たり前に去勢されてしまっているのか!?


 それが普通なの!? 俺がおかしいの!?


 お隣の奥さんはさらに続ける。



「うちの人ったら、『取るね?』って言ったら、なぜか・・・絶望したみたいな表情になってたんだけど、いざ取ってあげたら、余計な表情がなくなったのよ!」


「素敵! 怖いのは最初だけってことね!」


「そうみたいなの! それで、取ったモノを私が毎日おもちゃとして使ってあげたら、たまに優しく微笑むようになってね? それが可愛いのなんのって〜。余計に大好きになっちゃった♡」



 ガタガタガタガタガタ。


 いや、表情がなくなった・・・・・・・・って......。それ怖いのは最初だけだったとかじゃなく、単に絶望が限界を超えたから、心の安寧を保つために感情を殺しただけなんじゃ!?


 言われてみればお隣の旦那さん、ちょっと前から表情が暗くなったというか、あんまり表情が変わらなくなってたわ。

 え、それが原因なの!?


 なんて残酷な......。


 けど、奥さん的にはそこにはまだまだ愛があるみたいだし......。そういう愛情表現の形もある......のか?


 過度な愛情表現をする人はこの町ではありふれたものだし、命を取られたって話も別に少なくないけど、「取る」っていうのは寡聞にして聞いたことがないぞ。


 いやはや、お隣の旦那さん............、エッチな画像を保存してしまっていたばかりに......。ご愁傷様です........................。



「そうなんですねぇ〜。うちのダーくんも、秘蔵コレクションとか言って、パソコンにエッチな画像保存してるみたいなんですよね〜。あたしに似てる女の子の写真ばっかり集めてたみたいだから見逃してあげてましたけど〜。あたしもダーくんの取ってあげたいですけど、うちはまだ子どもいないからなぁ〜。2人はほしいですし〜」


「「「あ〜、じゃあもうちょっと待たなきゃねぇ〜」」」




 ......待て。............待って。待って待って待って待って待って待って待って待って。


 え!? 想來さん、俺の秘蔵コレクション知ってたの!?

 しかも、今のままじゃ、うちに子ども2人できたら俺のやつられちゃうの!?


 やばい。最近精力的に子作りしてたし、そろそろ1人目ができてもおかしくない。これからしばらくは想來さんにこっそり避妊薬飲ませよう。


 そんでその間に、できるだけ迅速に、想來さんの考えを変えなくては!

 とりあえず後でパソコンに入ってるエロ画像は全部廃棄して想來さんに全力土下座で謝ろう。


 ............ん? 次は、お向かいの奥さんが何か喋ってる......?




うちも・・・取っちゃったな〜。確か、テレビ見てたら女優さんが過激な水着着てるシーンがやってきてね。そのときパパのアソコがちょっとだけ反応してたみたいだったから〜」


「「「やっぱりそうなるわよねぇ〜」」」


「うちもそのときにはもう子どもいたし、パパについてる必要ないよねって、お薬で眠らせてあげて、その間に病院で取ってあげたら泣き喚いて喜んでくれてさ〜」


「「「きゃー!素敵〜!!!」」」



 んー、そうはならんでしょ。何が素敵なんですかね?


 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い! 怖いから!


 え? ご近所のお子さんがいるご家庭の旦那さん、みんなちょん切られてるの!?


 お向かいの旦那さん、テレビの女優さんにちょっとだけ・・・・・・反応しただけで持っていかれたの!?



 等価交換の法則は!? 錬金術より交換効率悪い、っていうか交換になってないだろ! 持っていかれただけで真理の扉の開けないまま、持っていかれ損じゃねーか!


 ......いや、言われてみれば、お向かいの旦那さんの顔はある意味悟ってる・・・・ようにも見える。


 いつも爽やかな笑顔なんだけど、ときどきそこに感情がないような気がしてたんだよ。まさか......。


 俺も前にテレビで女性アナウンサーが温泉に入ってリポートするシーンでほんのちょっと反応してしまったことがあったけど!

 それはあくまで、そのシーンを見て、想來さんと一緒に風呂に入ったときのことを思い出して反応してしまっただけだったんだよ!


 あのとき想來さんバチギレてたもんな〜。

 表情は穏やかで、見ようによってはニコニコしたままだったけど、口元は一切笑ってなかった。目もキレてた。


 あの時は、全力で謝って、必死に理由を説明して、一緒に風呂に入ったら機嫌を治してくれた......ようには見えたけど............。



「そういえばうちのダーくんも、テレビの女優さんのお風呂シーンに反応してたことありました!」


「「「やっぱりできるだけ早めに取ってあげた方がいいでしょうねぇ〜」」」



 奥様方!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 まじでがちで頼むから想來さんに余計なこと吹き込まないで!!!!!!!!



 想來さんごめんなさい。


 一生ネットでえっちな画像を検索しませんから。

 2度とテレビの女優さんに反応しませんから。

 絶対に、なにがあっても浮気とかしませんから。


 だから。だからどうか切除するのだけは勘弁してください!!!



「それじゃあ、みなさん。そろそろお互いの愛しい旦那さまが寂しがってる頃でしょうし、このあたりで解散にしましょうか」


「そうですね。うちもそろそろ私とキスしないと禁断症状がでるころですし」


「あぁ、うちもそろそろアソコ舐めさせてあげないと発狂しちゃいますからね」


「そうなんですね!みなさんもラブラブで羨ましいです〜」



「「「「それじゃあまた〜」」」」



 うん、想來さん。それはラブラブとか羨ましいとか、そういう感想を抱く場面じゃないと思うんですけれども!


 ってか、ご近所の奥様方、最後まで爆弾置きまくりだな!


 なんだよ、キスしないと禁断症状でるとか、アソコ舐めないと発狂するとか!

 どんな苛烈な調教されてんだよ!


 旦那さん方、みなさん大事な男のシンボルを盗られた挙げ句に、完全に飼い慣らされて依存しきってるとか......。


 これから彼らに会った時、どんな顔してたらいいかわかんねぇよ!



 ざっざっざっ。



 って、それどころじゃない!?

 想來さんがうちに向かって歩いてくる音が聞こえる。



 やばい......今の聞いてたってバレたら、「聞いてたなら話は早いね。子どもできたら、取っちゃおうね♫」とかって言われる流れになる気しかしない!


 しかもパソコンの中の18禁画像も消してないし、想來さんへの謝罪の言葉もまだ考えられてない。

 なんも心の準備もできてないっ!



 ガチャッ。



 だめだテンパりすぎて玄関から動けなかった!



「あ、かいくん! ただいまぁ〜。なぁに、玄関にいるなんて、あたしのことお出向かにでも来てくれたの〜?」


「そ、想來さん! おかえりなさい!い、いや、実はこれからコンビニにでも行こうかと思っててさ!」


「あ〜、そうなんだぁ〜。じゃあ、あたしも一緒に行ってもい〜ぃ?」


「も、もちろんだよ! ちょうど俺も想來さんと一緒に買い物行きたいって思ってたし!」



 テンパったままだけれども、もちろん、これは本心。

 俺は想來さんのこと大好きだからね!



 それから俺たちは家を出てコンビニに向かう。

 道中、さっきの話の続き。



「うふふ、灰くんってば、やっぱりさっすがあたしの大好きなダーリンなんだから♫あたしがほしい言葉をなんでもくれるよね♡」


「き、気に入ってもらえたなら何よりだよ」


「うんっ、灰くん。あたしの大好きなお婿さんの言葉はいつもあたしのお気に入りだよっ」


「は、はははっ。それは光栄だなぁ〜」









「ところで、なんかさっきからちょっとカミカミで、焦ってるようにもみえるけど、何かやましいことでもあるのぉ?」




 ................................................。


「そっかぁ。あたしに何か隠してるんだねぇ〜? お嫁さんは隠し事されて、とっても悲しいです。ぐすんっ」


「ごめんなさい、さっきうちの前で近所の奥様方と話してるの、盗み聞きしてしまいました......」



 想來さんの涙を目の前にしてしまえば、俺は自己保身なんかに走ることはできず、あっさりと白状してしまった。



「なぁんだ! そんなことかぁ! ふふっ、灰くんも、ご近所の旦那さんたちが羨ましくなっちゃったのかなぁ〜?」


「えっ......? い、いや、羨ましいっていうか......」


「そうだよねぇ〜。何年経っても、子どもができてもラブラブでさぁ〜。もっと夫婦円満の秘訣をたくさん伺ってみなくちゃね!」


「そ、そうだね。あんまり......過激じゃない秘訣を聞いておいてもらえると、俺的には嬉しいかなって」



 ナニを取る、なんてことが夫婦円満の秘訣であってたまるか!

 仮にそれがご近所の各ご家庭の夫婦円満の秘訣だったとしても、それをうちに取り入れさせるなんてわけにはいかねぇ!



「うん、わかったぁ。これからも・・・・・日常生活の中で取り入れられるような秘訣、聞いてきます!」



 ビシッと可愛く敬礼して宣言する想來さんは、今日も最高に可愛い。

 やっぱ、世界一素敵なお嫁さんだわ。



 ......ただ、今、「これから」って言った? 気のせいかな? 今日のやつを日常生活に取り入れられる秘訣扱いしてるわけじゃない、よね?

 ここはあんまり掘り下げないのが吉か。


「あー、えっと、うん。よろしくおねがいします」



 それからはその話題もでず、普通にコンビニに行って帰った。



*****



 あれから6年。


 最初の2年くらいは無事に避妊が成功してたんだけど、子どもができなくて悲しそうな表情をしてる想來さんを見ていられなくなって、もういいやってなってた。

 お陰で今や無事に2人目の子どもが生まれてすでに数ヶ月が経過した。



「はい、灰くん。ココアだよっ!」


「おっ、いつもありがと、想來さん」


「全然だよ! 灰くんこそ、お仕事で疲れてるのに家のお掃除とかもしてくれて、ほんとにありがとね!」



 想來さんの言葉の通り、俺はできるだけ家事も積極的にこなすように意識して生活している。


 さっき部屋のフローリングにコロコロをかけ終わって、今は子どもたちも眠っている。

 まだ1歳未満の子どもがいるので、普段はめちゃくちゃ慌ただしい。


 子どもたちが夜泣きの少ない子たちで、本当に良かった。


 ともあれ、掃除も終わった今は、夫婦2人っきりの時間。

 寝る前のひとときに、ココアを淹れてくれた想來さんの気遣いが嬉しい。


「何言ってるの、俺は当たり前のことをしてるだけだよ」



 最近の穏やかながらも、仕事と子育てに忙殺されるこんな日々の中で、俺はあの日聞いた恐怖の話題のことなどすっかり忘れていた。



 それがいけなかった。


「ところでさぁ」



 穏やかな声だったし、普段と変わらない様子だったから、めちゃくちゃ油断して振り向いた。


「んー?なになにー?」



 それが尋問開始の合図になろうとも知らずに。


「灰くん。これ、なぁに?」



 ダラダラダラダラ。


 ヤバい汗が全身から吹き出してくる。


 質問をする想來さんが手に持っていたのは、何の変哲もない携帯端末。

 問題は端末自体ではなく、そこに映し出された画像。


 昨日友達から送られてきた想來さん似の女性の裸の写真だった。


 実は昨日の夜、友達とオンライン飲み会をしていた。


 久々に酒を飲んで酔っ払っていて、一緒に飲んでいた友達から送られてきたその画像があまりに想來さんに似てて盛り上がってしまい、冗談で保存してしまっていた。


 あのときも、一旦保存するだけして、すぐに消そうと思っていたはずだった。

 でも酔っ払っていたせいで、そんなこと、今の今まですっかり忘れてしまっていた。


 その結果、俺の携帯端末には、大事な大事なお嫁さん以外・・の女性のあられもない姿が映し出されるとこになっている。というわけだ。


 ここにきて、6年ほど前に耳にした井戸端会議での話が頭をよぎる。



<うちも子どもができたらダーくんには去勢してもらうことにしようかな〜>



 こんなことを言っていた。それを聞いたから内緒で避妊してもらってたのに、ここのところの生活でいつの間にか意識から外れかけてた。


 その話のときに、エロ画像とかを持ってたらやばいって話もあった。お隣の旦那さんはそのせいでナニを持っていかれたと言っていた。



 まずい。


 俺はまだ去勢されたくない。



 まだまだこれまらも、たまには想來さんのナカで気持ちよくなりたいし、男としてのシンボルは持ち続けていたい。


 そんなことを考えていたせいだろうか。気がつけば、想來さんの問いかけに何も返事をしない無言の時間ができてしまっていた。


「ねぇねぇ、灰くんってばぁ? これ、なぁ〜にぃ?」



 無表情の笑顔、という一見矛盾する器用で怖い表情を披露してみせながら再度俺に問いかけてくる想來さん。

 正直、ちびってしまいそうだ。


 それはそれで、まだナニがついてることを確認できて幸せなことかもしれない......。

 いや、そんなアホなことを考えている場合じゃない。


 ここで答えを間違えたら......盗られる。


 嘘をつくのは、俺的にはなしだ。

 ここは素直に本当のことを話して、謝ろう。


「あ、あの、えっと、それは、昨日の飲み会の時友達が送ってきたやつで......。冗談で保存して、忘れてたやつでして......。決してずっと保存しておこうなんて思ってなくて、すぐに消すつもりだったんですけど......酔ってて忘れてたみたい......です」



 想來さんは俺が辿々たどたどしくも話し切るまで、黙って聞いてくれた。


 こういうところも、本当に良いお嫁さんだと思う。

 良いお嫁さんついでに、去勢だけは勘弁してもらえないかな。


「ふぅん、そっか、まぁそれは嘘じゃないみたいだね。わかったぁ」



 ほっ。よかった、わかってもらえたらしい。

 これで俺のナニは守られ......



「でもこれってお嫁さんへの裏切りだと思わない?」



 ......へっ?


「だって、酔ってたとはいえ、いやむしろ酔ってて理性じゃなく本能がむき出しになってるときに、あたしじゃなくこの女の人の身体に魅力を感じたんじゃないの?」


「い、いや! 決してそういうわけじゃ!」


「ふぅん、そうなの?この人、とってもあたしに似てるのに、興奮しないの?それってあたしにも興奮しないってこと?」


「そんなわけないよ! 想來さんの美貌には興奮しっぱなしだよ!」


「じゃあ当然、この子にも興奮したんでしょ?」



 ............したかしてないかで言えば、した、と思う。


「ほぉら、やっぱり。ね、これはやっぱり裏切りだよ」


「......ごめんなさい」


「ふふっ、素直に謝れるかいくんのこと、大好きだよ♫」


「ありがとうございます......とても反省しています......」



 本気で反省した。


 あと、心の片隅で、去勢が回避できそうな流れが見えてきたことにガッツポーズを取った。



「まぁでも、ついでだし、そろそろいいかなぁって思ってたところだったし、やっちゃおっか!」


「へっ? やるって......なにを......?」



 い、嫌な予感がする。ってか、予感どころか、ほとんど確信に近いなにかだけど。



「なにって、決まってるじゃない。そろそろ灰くんの男の子の部分を取っちゃおって話だよ♫」


「へあっ!? ご、誤解は解けたんじゃなかったの!?」


「えー、確かに今回のことの経緯はわかったよ? でもそれとこれとは別っていうかさぁ〜。なんていうか、もういらないじゃない?」


「い、いるよ! 俺まだ想來さんといっぱいえっちしたいし、想來さんのこと気持ちよくしてあげたいもん!」


「か、灰くん......!」



 いかにも感激だ、と言わんばかりに手を口元に当てて赤くなる想來さん。可愛い。

 なんとかこの場は乗り切ったんだろうか。


「でも、だめだと思う」


「......え?」


「だって、このまま灰くんの灰くんが灰くんについてたら、またあたし以外の女の子で興奮しちゃうかもしれないでしょ? あたし、それに耐えられなさそうなんだぁ」


「いや、待って待って!」


「えー、なにを待ったらいいのぉ?」


「えっと......その............。あ、そうだ! ね、ねぇ、想來さん? 夫婦でさ、パートナーの私物を勝手に取ったり捨てたり売ったりしちゃうご家庭ってあるらしいじゃん? あれって良くないと思わない?」


「うーん、そうだねぇ、それは良くないよねぇ。夫婦って言ってもお互いの領界ってあると思うし」



 よしっ! これで論理的に攻められる!


「だよねだよねっ! だからさっ......」


「でも今回はそれとは違うよね?」


「......え?」


「灰くんが先に私からの信頼・・・・・・っていう大事なものを勝手に捨てたじゃない? それにあたしは傷ついた。だから、お相子あいこにしたほうが良いと思うんだ〜」


「お、お相子って......」


「灰くんが他の女の子の写真で興奮しちゃって、私は妻として、女としての尊厳を損ねられた。だから、灰くんは男の子としての尊厳を、私にプレゼントすべきだと思うんだよぉ〜」



 ぼ、暴論じゃん。


「お、俺は、あんまりそうは思わないかな〜。あはは......」


「それに、あの日、約束したよね?次に女の子の写真が端末に保存されてるのを見つけたら、取るからね?って」



 あ......あぁ............。




 確かにした......井戸端会議を盗み聞きした日に、パソコンの中の写真を全部削除して土下座で謝ったときに......っ!


 だめだ。仕留められる......っ!

 ここは想來さんが落ち着くまで一旦逃げよう!


 ガタッ!

 椅子を引いて立ち上がろうとした瞬間。


 ふらっと立ちくらみのように視界がゆがんで、天井と床の方向がわからなくなる。

 そのまま立っていられず尻もちをついてしまった。


 力が......入らない。


「ふふふ、そろそろココアに入ってた筋弛緩剤と睡眠薬の効果がでてきたみたいだね」


「あ、あう......」


「えへへ、もううまくお話できなくなってきた?大丈夫だよ、灰くんがおやすみしてる間にぃ〜、全部取って、加工しておいてあげるからね。安心しておねんねしてて♡」



 い、いやだ......。でも、だめだ......。睡魔に......勝て......ない。



*****



「私、まだ新婚なんですけど、うちのダーリンがかっこよすぎて、浮気しないかとか、いつかどこかの変な女に逆に襲われちゃったりしないか不安で不安で......」


「それならいい方法があるよぉ! 旦那さんの旦那さんを切り取って去勢してあげるの! あたしのとこもねぇ、ダーくんのダーくんを切り取ってから、それまで以上にあたしにべったりくっついてくれてねぇ〜。とっても可愛いんだぁ〜。それでねぇ〜・・・・・・・・・・・・・・・」







「「「「「やっぱりその方法が、1番よねぇ〜」」」」」

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