<5-8 来訪>

 結局今夜は、王宮内の客室に泊まることになった。夕食をいただきながら、王女様と色々積もる話をした。

 まず、王女様に婚約式が一般の方に布告より先に知られていたこと、ヨシュアス殿下に関する悪い噂が思ったより広く広まっていること、しかもヴェルトロアの人との縁組みがまたも戦争時代に突入する前振りじゃないかと思われていることをお話しした。なお、このことについては、クローネさんの件の後、王様にリヴィオス王様からの親書をお渡しし、伝言も伝えてある。

 話を聞いた王女様の顔が曇る・・聡明な王女様のこと、事態の深刻さを即座に理解した。

 「私にヨシュが初めて結婚の申し込みをしてきた頃、確かに彼についての噂は最悪でした。それが結婚を断ろうとした理由の一つでもあります。申し込みの言葉が才色兼備のそなたを是非妻に迎えたいというだけだったのも、気に入りませんでした。今にして思えば、文章の苦手なヨシュの精一杯だったのかもしれませんが。」才色兼備を褒められたのでは?という思いが顔に出たのか、王女様が微笑む。「でもただ才色兼備というだけで妻にというのは・・大国の王太子のお飾りにされるような気がしたのです。」

 「お飾り・・」

 「幸い、オリータのおかげで手紙を交わすことになり、それでヨシュの人柄を十分に知ることができ、お飾りなどではなく私自身の存在を本当に必要としていることがわかりました。今は私も心の底からあの方を慕い、あの方が目指す道を共に進んでいきたいと思っています。だからこそ、今巷間に流れている噂には憤りを覚えます。ヨシュのことを全く理解していないことにも、わざわざ戦争を絡めてくることにも。」

 「王女殿下、」私は5通目の・・最後の手紙をデイパックから出した。「これを預かってきました。ヨシュアス殿下からです。」

 今朝、ヨシュアス殿下が私がヴェルトロアに行くと聞いて、超特急で書いていた手紙だ。

 王女様は受け取ってすぐに開いて読み始めた。

 その手紙、実はヨシュアス殿下のメモ用紙に書かれている。紙はどこに出しても問題ない書類の、いわゆる裏紙を使っているものだ。農業に向いた肥沃な土地が少なく、質素倹約を旨とするお国柄のため、王太子様でさえも紙を粗末にしないのだ。メモ用紙は4つにざっくり切っただけのもので、公文書に使う紙だから紙質はまあまあいいけど、いつも送ってくる美しい色や箔押し、花を漉き込んだ高級品じゃない。大急ぎで書いていたから、きっと筆跡も乱れている。

 それでも・・

 読み終わった王女様は、また丁寧にたたみ、そっと紙にキスをした。

 目はちょっと潤んでいた。

 デイパックから恐れ多くも私のハンカチを出して勧めると、笑顔でかぶりを振った。

 「ありがとう、オリータ。大丈夫よ。ヨシュが・・愛していると・・何があっても妻になったことを後悔させはしない、必ず守ってみせる故心配するなと・・」そしてクスッと笑う。「“私はそれほど弱い男ではないからな”ですって。」

 聞いた私も自然と頬が緩む。相変わらずの直球ストレートな愛のお言葉が、かえって新鮮で胸を打つ。それだけに・・

 「一体誰がヨシュを貶めようとしているのかしら。もどかしい・・翼があれば今すぐガルトニに飛んでいって、皆の誤解を解きたい。」

 「王女様・・」

 私と結月ちゃん、クローネさんは顔を見合わせる。

 「あの・・申し上げてよろしいでしょうか?」

 言ったのは、お茶のカップを置いたサシェさんだ。王女様がうなずく。

 「その噂、私が初めて聞いたのは3年ほど前です。ヨシュアス殿下を王太子とする綸旨があってから半年ほどだったでしょうか。それまでそのような悪い噂など全く聞いたこともなかったので、降ってわいたような、と思ったのを覚えております。」

 「そういえば・・」とクローネさん。「こちらに伝わってきたときも、このたび王太子になったヨシュアス殿下は冷酷非道、傍若無人な方で将来の王たるにふさわしくはないと、初めから最悪な内容でした。こちらではずっと彼の国と交戦してきた経緯がありますので、ガルトニの王族ならそんなものかと流されていたと思いますが。」

 王女様もそう思っていたという。

 「あの~・・そういう話って王太子になったら、逆に隠されるものではないんでしょうか?」と、結月ちゃん。「それに元々ひどい人だったら、王太子になる前からそういうのが何となくお城の外に伝わる気がしますけど。」

 「あ、たしかに。」

 子どもの頃から悪い噂が聞こえてきているならともかく、王太子になった途端に最上級の悪い噂が広まるというのは、なんかしっくりこない。

 「これもまたヨシュを貶めんとするものの仕業とすれば・・その者は少なくとも3年前から下地を作り、その準備をしていたのでしょうね。」

 「それはさっき陛下方も仰ってました。陛下は前の宴でその噂は嘘だということはよくわかったって仰ってましたし、エドウェルさんも、クローネさんを怒らせたお父君をお諫めし、あのような席でも娘を思いやるお心の持ち主と感激したと。王妃様も北方の呪術師に誘拐されたとき、身を挺して王女殿下と私を救おうとしてくれたと感謝していらっしゃいました。ただ・・」

 話を聞き終えた王様の目は最後にリヴィオス王様が見せたと同じ、刃物の如き光をたたえていた。

 『このまま婚約式を挙行すれば、何者かの妨害があるやもしれぬ。例えば・・そうじゃな、最悪の場合はその者の扇動に乗った民の暴動など。』

 『うえっ・・』

 踏まれた蛙のごとくに驚いた私に反して、エドウェルさんは冷静だった。

 『確かに・・エルデリンデ王女殿下は、大陸に“黄金の白百合”と称され才色兼備で聞こえた我らヴェルトロア王国民が誇る姫君、そのような方がガルトニでも悪い噂の絶えぬ王太子殿下に嫁ぐとなれば反発する者がおりましょう・・和解に動いているとは言え、長く続いた戦乱の歴史から、我が国にはガルトニに恨みを持つ者はいまだ多くおります。』

 『うむ・・』

 王様は侍従長のエルベさんを呼んだ。

 『至急、宰相マースデを呼べ。エドウェル。ローエンも呼べ。』

 それで私とエドウェルさんは執務室から出て、エドウェルさんは招集のために、私は来てくれと言われていた王女様の部屋に向かうことにした。

 「最悪、暴動ですか・・でもわかるかも・・」

 理由を問う王女様に結月ちゃんが答える。

 「こちらに来たときに宿でご飯を食べていると、時々ガルトニの悪口は聞こえてくるんです。いえ、悪口というか、恨み言・・ですね。」

 空気がいっそう沈鬱になる。

 「せめてヨシュアス殿下への誤解が解ければいいんでしょうけど・・」

 私がため息をつき、クローネさんも同意した。

 「これまで直に拝見したお姿を見る限り、あの噂は嘘だと私も断言できます。でも、それは実際あのお方を目にした故のことです。」

 「そうそう、実際会うと全然違うんですけどねー・・」

 と、ノックの音がした。サシェさんが出ると、エルベさん立っていた。

 「ご夕食中にご無礼をお許しください、王女殿下。今しがた、ガルトニのリヴィオス陛下から連絡がありまして・・」

 「まあ・・一体どのような?」

 「ヨシュアス殿下が直々にヴェルトロア王国においでになるそうです。ご自分の言葉で国民の皆さんの誤解を解くためとのことです。」

 普段冷静な王女様の目が点になったのを初めて見た。


 結局、私と結月ちゃんは客室に案内されて王宮にお泊まりとなった。ダブルの客室に案内してくれたのは、サシェさんだった。銀髪を一つ結いにし、侍女の制服を着たサシェさんは私を狙った暗殺者にして、BL同好の士だ。お風呂やなんかの用意をちゃっちゃとしてくれるその様子は、以前よりかなり手慣れて見えた。

 「ありがとう、サシェさん。もしかしてここで働いてるの?」

 「はい。私、あれから王女殿下付の侍女として採用されたのです。実はあの後私は、侍従長エルベ様の預かりになりましたが、そこで毒での自殺を企てました。」

 「えっ・・」

 「暗殺に失敗した者は二度と組織に戻れぬうえ、口封じのために殺されることすらあります。私は自分の行く末に絶望していました。ですが解毒治療を受け、目を覚ますとちょうど見舞いに来た王女殿下がいらっしゃったのです。その際、私の手荷物から本が滑り落ちたのを拾ってくださったのですが、それが“湖畔のヴィオラ”様の本でした。」

 「おお・・持ち歩いていたんだね。」

 「私にとって唯一の心のよりどころでしたから。何度も読み返してぼろぼろになっていたのを、王女殿下がなぜかと尋ねられたので、心の支えであったことをお話ししたところ、突然お礼を言われ・・何事かと思いましたら、私の本をそんなふうに思ってくれて、ありがとう、と仰せになり・・」

 「思いがけず“湖畔のヴィオラ”さんご本人に会えた、と。」

 「はい。それでその場で誓いを立てたのです。たとえこの身が灰になり、魂だけになろうとも王女殿下をお守りしようと。そうさせて欲しいと願い出たところ、では侍女にならないかと仰せられました。もちろん手練れの騎士殿が護衛についてはおりますが、侍女ならば敵も油断するのではないかと。これはクローネ・ランベルン近衛騎士団長様のご提案でもあります。」

 「そっかあ・・」

 ほう、と安堵のため息をつく。あれからどうしているかと案じていたのだ。

 「私の人生にこんな幸せが待っていようとは、夢にも思いませんでした。私の命は暗殺に失敗したときに、血と泥にまみれて終わるのだと思っていましたので・・今はひたすらに侍女としての礼儀作法や仕事を覚えつつ、いつ何があってもいいように体を鍛えることも忘れてはおりません。」サシェさんはすっと姿勢を正した。「これもあのとき死ぬのを止めてくれたオリータ様のおかげ。いつかきちんとお礼を言いたいと思っておりました。ありがとうございます。」

 「いや、そんなそんな。わたしはほら、目の前で人が死ぬのに慣れてなくて、死んで欲しくなくて、それに私のせいで誰かが死ぬのもいやだったし・・言ってみれば自分のためみたいなもので・・」

 「いえ、それでも貴女様の立場なら私に死を命じても不思議はないのです。なのに助けてくださった。このご恩は一生忘れません。」

 「いや~、なんか照れるから忘れて。」

 「いいえ、忘れません。」

 そう言って笑ったサシェさんの笑顔は、初めて見たその年頃の娘さんらしい、かわいらしいものだった。そんなふうに笑えるようになったのだ。

 「なお、今はサシェではなく、以前のようにサーシャの名で働いております。今後もサーシャとして生きる所存です。」

 「了解。じゃあ、サーシャさん、これからもよろしくお願いします。」

 「はい、私の方こそ、よろしくお願いいたします。それではおやすみなさいませ。」

 「うん、おやすみなさい。ありがとね。」

 サシェさん改めサーシャさんは、もう一度微笑んで出て行った。

 「あの方が折田さんを狙ったという暗殺者さんですか。そして・・我らの同志。」

 「そうそう。いや~よかったよ、再就職先がいいところに決まって。とりあえず死なずにすんだだけでもよかった。」

 「ですね・・でも、ガルトニの王太子さん・・マジで本人が来るんでしょうか。」

 「・・やりかねないかな。こういうとこになんていうか・・チャレンジャーな気質・・が出ちゃうというか。目の前の問題から、簡単に逃げないんだよね。王女様のBL趣味を打ち明けられても、結局受け入れて、思いを貫いてこうして婚約まで至ってるし。」

 ため息をついてベッドにポスンと転がる結月ちゃん。

 「いいなあ・・クローネさんの婚約者さんといい、ヨシュアス殿下といい、こちらの男性って一途なんですかね・・楠本瑛太もそういうヤツだといいなあ・・」ん、そういうヤツならいいのか?結月ちゃん。「そういえば折田さんて、ダンナさんとどうやってお知り合いになったんですか?」

 ちょっとわくわくした目で起き上がった結月ちゃん。うちのダンナとのなれそめかい?

 「合コンで会ったの。」

 「え。」

 「え、て。」

 「すみません。折田さんが合コンに出るようなタイプに見えなかったんです。」

 「あはは、それは正解。数あわせに連れてかれただけだから。」

 結月ちゃんの言うとおり、合コンなんぞ面倒くさくて常に断り続け、行ったのは後にも先にもあの一度きりである。そんなふうだからちょっと有名なイタ飯屋さんに行けたのをいいことに、ひたすらもりもり食べて、ワインを飲んでいた。

 「そしたらこれもどうぞって、チーズを持ってきてくれた人がいてね。それがダンナ。向こうも頭数要員でさ。私も別の料理をおすすめしたりして、まあまあ話が弾んで。」

 「それでお付き合いしよう、となって?!」

 「ううん、そのときはそれでお別れしたんだけど、2ヶ月くらいしたら偶然ウチの実家の寿司屋に上司の方と食べに来て。その上司さんがウチの寿司を気に入って二人で度々食べに来るようになって・・ちょいちょい話してるうちに映画でも見ませんかってなって。」

 「ダンナさんの方から?ダンナさんの方から誘ってきたんですよね?!おお・・それで気があってご結婚へ・・いいなあ・・そういう、ふとした出会いから気づいたら惹かれあって、みたいなのもいいなあ。」

 「いやいや、そんなロマンチックなもんじゃないから。ほぼほぼ実家の寿司屋で会ってて、父親も一緒にいたし。」

 何でだろう、結月ちゃんが言うと、BLの設定みたいに聞こえる・・

 「やっぱ会って話すのが一番なんですかね・・」

 「ん?」

 「魔石の力を借りたとは言え、お父さんと面と向かって話せたのはよかったし、クローネさんも、婚約者さんのお父さんに気持ちを打ち明けて騎士を続けられることになったわけで。てことは・・やっぱ楠本瑛太と会わなきゃいけないのか・・」

 「結月ちゃん・・結婚してもオタクやっていいよ、ってなったら楠本さんと結婚する?」

 「オタクやってもいいよってなったら・・いいかも・・いやいや、そういうものじゃないですよね?」

 「オタク許してくれても人としてクズじゃ、結婚生活破綻するわ。楠本さんってどんな方?お兄さんは昔と性格変わってないとか言ってたよね?」

 「だとすれば・・外面がよくて・・いえ、悪い意味じゃなく、完璧に一般人を装って生きているオタクだという意味です。あと、どっちかって言えば穏やかな・・お抹茶と和菓子が似合う人です。」

 「好きか嫌いで言えば・・」

 「嫌いじゃないです。」

 「会ってみなされ。」

 「やっぱりか・・ネレイラさんもダメなら断ればいいって言ってたし・・」

 「ああ、そうそう。お見合いでも断れるんだから。そこはお父さんのこととか気にしないでいいと思うよー・・自分の人生だもん・・」大きなあくびが出た。「ごめん。」

 「いえいえ。ところで折田さん・・デイパックからはみでてるそのケースに入ってるのって、もしかして。」

 「うん・・昼休みに車の中で描こうと思って、原稿とかペンとか持ってきてたのよ。でも今日はもう無理。お風呂入って寝るわ。」

 「私は馬車の中で少し寝たので、ちょっとさっきの計画をまとめます。折田さん、お先にお風呂、どうぞ。」

 「計画?」

 「はい。皆さんがクローネさんの件でお集まりの間に、ナナイさんと話していたんです。題して、“開催!第一回ヴェルトロア・コミックマーケット”ーーーー!!ドンドンパフパフ~~!!」

 「なんとーーーーー?!」

 「こちらの国でも“湖畔のヴィオラ”さん、“真鍮のレムリア”さんをはじめとしてすばらしい作家さんや有望な新人さんが一杯いますので、いい本が集まると思いますよ・・ふふふふ♡・・まずは王女殿下にお話ししたいところですが、当面お忙しいと思いますので、先に計画のたたき台を作っておきます。あ、ヴェルトロアのことは折田さんの方が詳しいので、明日以降、助言をくださいね。」

 「お、おう・・」

 目を爛々と光らせ、アイリスちゃん作の電気の要らないパソコンのキーボードをダカダカ叩き出した結月ちゃんを残し、アラフォーおばさんはお風呂に入った後、秒で眠りに落ちたのでした。


 その頃、ヴェルトロア王国主席魔導師ダリエリス・ローエンは、大神官ミゼーレ・ガイゼルと王宮の大広間にいた。大人数での会議場や外国使節の謁見を行う、政治の要の場所の一つだ。二人は真っ直ぐ玉座まで進み出て、礼を取る。

 玉座には、脇に宰相マースデと騎士団長エドウェルが控えた国王が座っていた。

 「すまぬな、二人ともこのような時間に。」

 「そのように仰せられますな。我が命は常に陛下のために役立てるものなれば、なんということもございませぬ。」

 ローエンが言い、ミゼーレも微笑みと共に続けた。

 「これがガルトニとヴェルトロア両国のためになることを信じて私は参りました。学友ネレイラ・バルガスと同じくする願いでもあります。魔導師殿は準備はよろしいので?心の準備という意味だけど。」

 「万全に決まっておろう。陛下と王女殿下のためだ。」

 「やれやれ素直じゃないねえ。まあいいさ、そろそろ時間だ。」

 ミゼーレは胸元のネックレスに下がるラベンダー色の魔石を額に当てる。

 「ネルと通じたよ。」ネルとはガルトニ王国の主席魔導師ネレイラ・バルガスのことだ。「呼吸を完璧に合わせないとだよ?私が両国の間に転移の道を開くのと、主席魔導師2人が両国の魔法障壁の結界を一部解除してその道を通すのが同時。さらにその状態を、ヨシュアス殿下が無事に到着するまで維持する。」

 「わかっとるわい。」

 「ネルと呼吸を合わせるんだよ?ネルと!」

 「くどい、わかっとるわ!」

 ローエンの右手で大陸に二つと無い魔道具と称される指輪“リンベルク”が激しく光る。

 (・・リエリス?ダリエリス?私だ。ネレイラだ。聞こえるか?)

 頭の中に直接聞こえる元妻の声。

 (聞こえるぞ。用意はいいか?)

 こんなに落ち着いた話しぶりになったのはいつ以来だったか・・そう思い、それをかき消し、答える。

 (用意はいい。三つ数えて、でいいか?ミゼーレは?)

 (ああ、いいよ)

 ミゼーレの体の周りには、まぶしい白光で形作られた魔方陣が四方に展開されている。

 ローエンはリンベルクの光をまとった人差し指で、エメラルドグリーンに光る魔方陣を描き上げた。ガルトニでは同じことをネレイラがしているはずだ。

 (では、3)

 (2、)

 (((1)))

 青緑色の魔方陣が人の背丈ほどにふくれあがり、そこにミゼーレの魔方陣から飛んだ白色の光が突き刺さる。続いて白光は青緑色の魔方陣に白い光の穴をうがち、穴はみるみる広がり・・

 光の中に2つの人影が見えた。影は落ち着いて光の中で歩を進め、やがて、その足が大広間の絨毯の上にふわりと降り立った。

 やや背の低い方の影が国王ブリングストの方を向き、歩を進め、玉座の足下まで来た。

 「久しぶりじゃのう、ヨシュアス殿。」

 どっしりとした巌のような体躯から発せられる鷹揚な、力強いブリングスト国王の声。

 ガルトニ王太子ヨシュアスは臆することなく右手を胸に当てて礼を取り、頭を下げた。2つめの影、護衛のハル・デナウア将軍もまた同じく礼を取り、頭を下げる。

 「ガルトニ王国王太子ヨシュアス・ヴァレンティオ・ガルティノスにございます。急な願いを快くお聞き届けいただき有難うございます、ヴェルトロア国王陛下。」

 「なに、気にすることはない。したが・・危険は覚悟の上かな?」

 「はい。」“危険”の言葉にもヨシュアスは動じない。「父には、私に何があっても気になさらぬよう、よく話してきました。」

 「ほお・・してリヴィオスはなんと?」

 「濡れ衣だろうが火のないところに煙は立たぬ、いずれ私の不徳より発生した噂であろうから、まずヴェルトロアにて全力で打ち消して参れ、と。」

 「厳しいのう。だが、ヴェルトロアで消せぬ噂なら、倍ほども大きいガルトニで打ち消すのはさらに難しかろう。」

 「はい、父もそのように申しました。陛下、私は困難に怖じ気づいて隠れるようなまねはいたしたくはありません。これが私の戦、これより先のガルトニの戦です」

 「うむ。」ブリングストは微笑んだ。「力を貸すぞ、ヨシュアス殿。」

 「心強きお言葉・・ありがとう存じます。」

 「だが、今夜はもう遅い。客室を用意してある故、まずは休んで英気を養われよ。デナウア将軍もな。どのように事を進めるかは明日朝の話といたそう。」

 「ありがたきお言葉。深く感謝いたします。」

 ヨシュアスとデナウアは再び礼を取り、頭を下げた。

 「エドウェル、案内をせよ。粗相の無きように。」

 「もちろんです。さあ、殿下、ハル、こちらへ。」

 エドウェルの先導でヨシュアスとデナウアが夜の廊下に出て行き、静かに扉が閉まる。

 「マースデ。」

 「は。」

 「そちはヨシュアス殿をどう見た?」

 「ガルトニ王家の好戦的なお血筋がよく現れておいでです。ただし向かう方は戦とは真逆ですな。より困難な方向に踏み出すというのに、全く躊躇なされておられませぬ。」

 「それが心底からのものか、上っ面だけのものかは明日以降わかる。」ブリングストは玉座から立ち上がった。「エルデの夫に、わしの婿にふさわしき者かどうかが、な。」

 「は。」

 どこにいたのか、侍従長のエルベがそっと現れて付き従い、三人は大広間から出た。

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