<4-3 双子の王女は授業を休みたい>

 “二輪の黄金の薔薇”とは、さもありなん。

 ふわりと波打つ輝く蜂蜜色の金髪と頬と唇が健康的に色づく白い肌、青い目は好奇心に満ちてキラキラ輝いている。当然顔立ちも美少女と呼んで差し支えなく、お姉さんのエルデリンデ王女様が“黄金の白百合”と呼ばれ、三日月を思わせる優美な美しさなのに対し、この双子の王女様方は太陽のような溌剌とした美しさである。

 今はエルデリンデ王女様の部屋で神妙に並んでソファに座っている。シュレジアさんはさっきまでローエンさんが座っていた肘掛けいすに座っているけど、元気がない。

 とりあえず駆けつけ一杯のお茶を飲んで、妹姫様方のお一人が口を開いた。

 「それでお姉様、ご用は何でしょう?」

 「良い質問です。ナナイ、一つ目のあれを。」

 ナナイさんがワゴンに乗せて持ってきたのは、3つの教科書の山と二つのバッグと呪い付きだった紙数枚。

 お二人の目が丸くなり、何か言おうとしたところを王女様の言葉がぴしゃりと遮った。

 「まずリルデ。なぜ貴女はミルデの分まで教科書を持っているのです。」

 そう呼ばれたのは、ピンクが基調の服を着た子。もう一人の子より目の青さが濃い。つまりリルデレイチェ様だ。

 「ミルが大事なものを運ぶからよ、お姉様。」

 明るくはきはき答えるリルデレイチェ様。

 「大事なもの、とはあの紙のこと?ミルデ、何も全てリルデに持たせなくても、あのくらいの紙ならたやすく持ち帰れるでしょう?」

 「あれは大事な紙なので、リルが教科書に押しつぶされてはいけないと、自分からかって出たの。」

 すごいでしょ、と言わんばかりに堂々と胸を張るリルデレイチェ様・・胸を張るところじゃないですよ・・エルデリンデ王女様は呼吸を整えて次の質問に移る。

 「二つ目です。紙に呪いをかけたのはなぜ?」

 「見られては困るからよ。」とミルデリーチェ様。こちらは水色が基調の服を着ている。「今ね、学院の女の子の間で、ああいうのを描くのが流行ってるの。“マンガ”っていうのよ。」

 王女様がちょっと黙り込む。クローネさんの視線も相まって私はいたたまれなくなる。これは後で、柚月ちゃんに話すべきだな。なにしろ柚月ちゃんはオタク文化をこの世界に持ち込んだ張本人だ。異世界に自分の世界の文化を持ち込むことの影響についてちょっと考えるべき時かも知れない・・

 「・・呪いと何の関係が?」

 「マンガを描いている子は皆やっているの。自分のマンガを見られて、まねされるとイヤだから、呪いをかけて見られないようにしておくの。ことに、あと少しでマンガのコンテストがあるから、みんな自分のマンガをまねされたくなくて呪いで防護しているわ。」

 パクリ防止に呪い・・

 「・・三つ目、です。他の子の教科書を持ってきたのはなぜ?」

 「「え?!」」ナナイさんが3冊の他人の教科書を差し出す。「「間違えたわ!!」

 「では・・四つ目・・なぜ、学院から渡されたものを全てシュレジアに出さないのです!!先だってそのせいでお母様にご迷惑をかけたばかりでしょう!あれは学院に通う子どもを持つ母親達の大事な集まりだったのですよ?!なのにまた、」差し出したエルデリンデ王女様の手に、ナナイさんが理事会のお知らせを渡す。「こんな大事な文書を出し忘れるとは!!」

 「「あ・・」」

 文書のタイトルを見て、さすがにお二人の顔色が変わる。

 「理事会は今夜です。」深呼吸して続けるエルデリンデ王女様。「ですが出欠を知らせる締め切りは5日前です。」

 「「!!」」

 「先程確認したところ、お父様は今夜の理事会のことはご存じで、出席なさるよう、都合が付いていらっしゃいました。」

 これは今部屋の前で警備に当たっているクローネさんが、5分で確認してきた情報だ。故に、ローエンさんの記憶の神様についての調査もそこで終了、今はとりあえず工房にいる。王太子様はここに妹さん達を連れてきた後、公務があって途中退場している。

 「「よかった・・」」

 「よくはありません!!お父様がご存じということは、理事会の事務局から出欠の照会があったということです。その際、お父様が理事会開催のことを全く知らずにいた、ということが、城の外の者達に知られてしまったということなのですよ?ヴェルトロア王国国王たる方が!代々国王が会長を務めてきた理事会開催を全く知らずにいたということを、です!これを恥と言わずして何と言うのです!!」

 普段は優雅・冷静を絵に描いたようなエルデリンデ王女様だが、起こると結構恐い。

 お父さんのヴェルトロア国王ブリングストさんは、とても温厚な方なのだが、戦場ではその勇猛さから“暴風王”の異名を取っており、娘さんにもその血は脈々と受け継がれている模様である。

 かくて妹姫様方はシュンとなり、乳母シュレジアさんは肩をふるわせ泣いていた。

 「もう一度聞きます。なぜ、学院から渡されたものを出さないのです。」

 二人の王女様方は顔を見合わせた。

 「だって・・忘れてしまうの。ずっとマンガのこと考えてるし・・」

 「マンガを描くのが楽しくて、忙しくて・・王宮に帰ったら、馬車の中で考えたお話をすぐ絵にしたいと思うから。」

 そんな私の目の前でエルデリンデ王女様は、“この授業最低。”等が書かれた紙を妹姫様方に突き出した。

 「授業中にも描いてしまうほどに、ということなの?」

 お二人はもう一度顔を見合わせ・・こくりと頷いた。

 「授業なんかより、ずっとずっと楽しいもの。」

 「学院に行かないで、一日中マンガを描きたいくらい。」

 眉間にしわが寄るエルデリンデ王女様・・ああ、妹様方、せめてなんかもう少しオブラートに包んだ言い訳を・・いや、逆にいっそ潔いかな、ここまで正直だと・・

 ふと、己の過去が思い浮かんだ。

 私も小学校から大学まで、授業そっちのけでよくノートに落書きしていた・・中学・高校時代は授業中にプロットやネームを考えてたし、大学時代にはオタ仲間と手を組んでノートを取る係と創作だけ考える係(後者は出席しているだけ)とに別れたりして・・しかもあれなんだよね、授業中とかそういうときの方が妄想が湧きやすいんだよね・・いいネタ浮かぶとメモせずにはいられないし・・

 (・・・・)

 ちくりと胸が痛んだ。

 学生時代の創作活動のその先の、苦い記憶がよみがえった。

 それは私がオタクの世界から足を洗う原因の記憶だ。

 今くらい世の中でオタクが認知されていれば。

 今みたいに図太ければ。

 今みたいに心に余裕があれば。

 いや、それより、今みたいに“覚悟ができて”いたならば。

 「・・とにかく、授業にはきちんと集中なさい。そして学院から渡されたものは、全てシュレジアに渡しなさい。貴女達だけのことではすまないこともあるのですから。」

 いつか聞いたような言葉が聞こえてきて、我に返った。

 妹様方は素直にうなずいた。

 安心して立ち上がろうとしたシュレジアさんが倒れそうになったので、クローネさんが呼ばれて、部屋に連れ帰るために軽々おんぶする。

 が・・

 「ところでお姉様、乗馬と歌とダンスと礼儀作法と魔法の授業を2日休みたいの。どうすればいいかしら?」

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