<4-2 王女エルデリンデは妹の通学カバンをひっくり返す>

 だいぶ見慣れてきた感のあるヴェルトロア王国王宮正門前に着き、衛兵の方に取り次ぎを頼む。クローネさんの一言で走って行く衛兵さんを見て、さすが~と褒めると、クローネさんは手を振って謙遜する。

 何しろ彼女は、日本ではひまわりマート三口町店店員の中核をなし、異世界の故国ヴェルトロア王国では史上最年少で国王の近衛騎士団長に就任した、凄腕の騎士なのだ。

 「いやあ、それが先のエライザ共和国での襲撃の件で責任をとることになり、王女様付きの近衛騎士団長に降格になりまして。」

 人が来るのを待つ間、さらさらの金髪ボブカットを揺らしながら、クローネさんはそう言って笑った。

 「襲撃での責任って・・だってあれって、呪術師が悪魔を使ってやったことでしょ?あんなの、剣で戦うクローネさんに防ぎようがないじゃない!」

 ところが、一部の武官から抗議の声が上がったのだそうだ。

 「王女殿下を拉致させてしまったのは事実ですので。地位としては一段下がったのですが、前々からこちらの役職の方を希望しておりましたから、私としては願ったり叶ったりです。ちなみに後任の近衛騎士団長は長兄のデュラントが就任しました。父が騎士団長ですので、家族経営などと陰口を叩く者もいるようですが。」

 ちなみにあと二人、双子のお兄さんがいて、辺境の警備や何かのトップについていらっしゃる。要は優秀な軍人一家なのだ。

 「さて、妹姫様方のことですが。ええと、年は14歳、見た目はお人形のようでとてもかわいらしいです。ふわふわした金髪が日の光に当たると、それは美しく光るんです。お二人とも目の色が青いのですが、第二王女殿下ミルデリーチェ様より第三王女殿下リルデレイチェ様の方が色が濃いんです。その可愛らしさで国民からは“二輪の黄金の薔薇”と呼ばれています。」

 「・・ゴメン、お名前をもう一回。」

 「第二王女殿下がミルデリーチェ様、第三王女殿下がリルデレイチェ様です。」

 「あの・・大変失礼ながら、名前が紛らわしい・・どなたがつけたんだろう。」

 「国王陛下です。」

 「そっかー。」

 文句言いづらいなあ。

 「慣れればすぐ区別が付くようになりますよ。基本的には素直で利発なお子様方です。多少やんちゃなところがあるとは聞いていますが、素行のせいで側室とは・・意味がわかりません。それにローエン様の要請ではありますが、私としては今折田さんをこちらに連れて来るのは本当は控えたいのです。例の“見えざる敵”のことがあるので。」

 前回の訪問でヴェルトロアとガルトニの両王様から警告されたヤツである。国家機密である両国の王女様と王太子様のデートの場所と日取りがバレていて襲撃をくらったので、何者かが両国の現王権に敵対し、その手の者が両国宮廷に入り込んでいる可能性がある、お二人と親しい私にも、何らかの行動が起こされるかも知れないということだった。

 「折田さんに命の危機が迫らないとも限りません。でも、折田さんのことは私が絶対お守りしますからね。」

 「いやあ、こんなしがない一庶民だよ?そんな大げさなことは起きないと思うよ~?」

 あはは、と笑って見せたが、ホントはちょっと怖い・・私とてダンナも子供たちも親兄弟親類縁者もいる身だ。よその国でうっかり死んだりなどできない。


 しばらくして王女様付き侍女のナナイさんがやってきた。

 「ご苦労様です、ランベルン様。お久しゅうございます、オリータ様。」

 ナナイさんは王女様付き侍女に数人いるBLオタクの一人で、私ともちょいちょい萌え話をする仲である。

 「ナナイ殿、ローエン様に取り次ぎを頼んだのだが、なぜ貴女が?」

 「ちょうど魔法講義の時間で魔導師様が王女殿下のお部屋にいらっしゃったのです。それで王女様の命で私が参りました。・・ところでオリータ様、近々出ますよ、湖畔のヴィオラ様の最新刊!」

 「なんですと?!」

 「ご安心下さいませ、オリータ様の分はとりおいてございます!」

 「うわあ、ありがとう!!でも、デビューして半年経ってないのに『白金の竜と黒金の騎士』シリーズはもう3冊目かあ。書くの早いねえ。」

 「ええ、執筆がお早くていらっしゃってお体が心配です。ああ、それと水銀のレルタリスさんが画集を出しますよ。妹である紅(くれない)のレルタリスさんと共著だそうです。」

 「え、ほんと?」

 レルタリスさんは文も絵も描く人だが、妹さんもまた有名な絵師さんとして名をはせている。むむ・・そっちもほしい・・

 そんな話をしつつ歩いて、王女様の部屋に到着。

 ナナイさんの先触れで中に入ると、王女様がわざわざ立って出迎えてくれる。部屋には弟さんで王太子のラルドウェルト様もいて、こちらに手を振ったので、会釈を返す。

 「お久しぶりです、王女様。」

 「お久しぶり、オリータ。元気でいて?」

 「はい。王太子様もお久しぶりです。」

 「うむ、久しいな。あれから新たにヒギアを一体完成させたので、後で見に来てくれ。意見を聞きたい。」

 「了解です。」

 ヒギアとはこの世界に伝わったフィギュアのことである。

 「あら?クローネ、少しふっくらした?」

 「うっ・・やはりそう見えますか・・いえその・・あちらでお世話になっている八(や)千(ち)代(よ)さんに、たびたび美味しいご飯をごちそうになっていまして・・」

 八千代さんとはクローネさんが働くコンビニの経営者であり、同じビルにアパートも持っている寺(てら)坂(さか)八(や)千(ち)代(よ)さん(70)のことだ。たった一人で日本に飛ばされ、公園で途方に暮れていたクローネさんを拾って連れ帰り、コンビニ店員の職とアパートの一室をくれた豪儀な方である。コンビニに強盗が入ったとき、店員を危険にさらしたという怒りのあまり、犯人が乗せられているパトカーのドアを木のサンダルで蹴り飛ばしていたのは、記憶に新しい。

 「一人息子さんのご家族が遠くに暮らしていて寂しい、孫代わりにかまわせておくれとおっしゃるので、お言葉に甘えております。特に肉じゃがはとても美味しいので、つい食べ過ぎます。」

 王女様は嬉しそうに微笑んだ。小さい頃から顔見知りのクローネさんが、異国の地で不自由なく暮らしているのに安心したのだろう。

 王女様が私達をソファに座らせ、ナナイさんに茶菓の用意を頼むと、今まで黙っていた人が口を開いた。

 「いや、実に早かったな、折田。」

 いきなりイヤミが飛んできた。雑な魔導師ダリエリス・ローエンさんである。

 「いやあ、王女殿下のためならどんとこいですよ。ええ、王女殿下のためなら。」

 「ほう、それはいい心がけだ。では、これを見よ。」

 ローエンさんは窓を背にして肘掛け椅子に座っていたので、つるりとした頭の照り返しが眩しい。その照り返しに照らされていたのは・・

 「マンガ原稿じゃないですか。」

 それがなにか?とローエンさんを見る。コマ割りがされて、吹き出しや集中線なんかも描かれた、どこからどう見てもマンガ原稿である。この国でも普通に見られるもので(非正規ルートでの流通だけど)、さして珍しくはない。

 「当たり前のごとくに言うな。これは第二・第三王女殿下が描かれたものだ。」

 「へえ!」

 原稿を手に取る。まだネームの段階だね・・まあまあうまい絵だけど、ちょっと人間のデッサン甘いかな。まだ14歳だっけ?内容は・・んー・・話の流れがよくわからないけど、セリフの詰めがちょっと甘いかな?

 「それが問題だ。」

 「あー、デッサンとかセリフとか、もう少し直しどころがありますねー。」

 「馬鹿者、そこではない。」

 「じゃあ、どこに。」

 「どうやらそれにかまけて、学院の勉強や何かをおろそかにしているようなのです。」

 答えたのは王女様だった。

 学院、とはこの国の教育機関で正式には王立学院という。初等部(日本の小学校程度)、高等部(中学・高校程度)・学術院(大学程度)に別れ、王族だろうが貴族だろうが庶民だろうが一緒に同じ教室で学ぶのが、創立以来の決まりとなっている。王女様は今、学術院で月魔法を研究中だというし、弟さんの王太子ラルドウェルトくんは高等部5年生だ。

 今話題の妹姫様方は王立学院の高等部2年生である。

 「授業中も講師の授業をろくに聞かず、宿題も忘れがちで、生徒の保護者に向けた配布文書なども全く出さず・・」

 配布文書を・・出さず?

 「先日も母親だけの集まりがあったというのに、その告知文書をお母様にも乳母のシュレジアにも見せずすっかり忘れていて・・侍従長のエルベ殿が娘さんから聞いてお母様に知らせなければ、王妃が学院の会議を失念・欠席するという不面目な事態になるところでした。」

 むむむ!

 「それはいけませんね!」

 拳を握って力強く断言する。

 「そうでしょう?!」

 「最近我が家でも同じようなことがありまして。息子が部活にかまけて学校からのお知らせを見せなくてですね、大事な集まりをすっぽかすところでした・・ということは、妹様方の素行のせいで側室って・・」

 「ええ、これまでの妹たちの所行の数々が外に聞こえたようなのです。それで・・」

 王女様の視線を受けて、王太子ラルドウェルト様が話を引き取る。

 「昨夜のことだ。母上主催の晩餐会が開かれた。貴族の夫人が数十人招待されたのだが、その中にユスティア・ルーテイル第三文爵家夫人という者がいて、突如妹達の学院での素行の悪さを語り出し、これでは王族として心許ない、我が娘を側室に入れて優秀な御子を授けたいと思うが王妃様にはいかが考えるか、と。」

 「は?」

 ルーテイルさんとやらのお言葉を理解するのに2,3秒かかった。

 それは、王妃様に面と向かって言うことか?いや、王妃という身分でなくても失礼では?この国、いやこの世界では普通のことなのか?

 そんな疑問が顔に出ていたのか、王太子様が口を開いた。

 「王族や母上への侮辱ととらえているのであろう、オリータ。だが、我が国では時にここまで辛辣な言葉も“諫言”として許されることがあるのだ。」

 「諫言?あれがですか?」

 「物は言い様だからな。」

 王女様もうなずいた。

 「我が国の王族・貴族はエリオデ大陸諸国の中でも、屈指の結束力を誇りますが、平時にはそれなりに派閥争いがあります。王族がそれに巻き込まれることもあります。それで諫言という形で相手勢力の牽制をするのですが・・ここまで露骨に王族を攻撃するものは私もウェルトも初めてで・・」

 「昨夜たまたま機嫌伺いに晩餐会に顔を出したところ、ちょうどルーテイル夫人の演説が始まったところでな。全部聞き終えるまで物陰に隠れて、彼の者が一息ついたところで出て行って、追撃を阻止したのだが・・」

 「王妃様、大丈夫でした?」

 「いつも通り冷静に話を聞いていた。正直私の方が腹が立った。カルセドが止めなければ、くってかかっていたところだ。」

 カルセドくんは王太子様の側近・武術指南役にして、クローネさんの婚約者でもある。ただし、クローネさんはカルセド君に少々含むところがあるので、婚約者さんの名前を聞いて聞かないふりをしている。

 「オリータ、私はできれば父上に側室は迎えてほしくはない。ずっと両親と姉上、妹達という家族で暮らしてきて、今更母親が増えると言われても・・そもそも父上がほかの女性を妻とするなど、あまり見たくはないのだが・・」

 ああ、うん、まあ、そうだろうね・・私だって急にダンナがよその女の人を連れてきて一緒に暮らすとか言ったら・・泣くかも。アラフォーの私でもそうなのに、まだ17歳の王太子様はなおさら拒否反応が強いのでは・・王女様を見れば・・

 敵の中にあって堂々一人で演説する剛胆さを誇る王女様だけど、顔色は優れない。家族の危機にはさすがに不安を隠せないようだった。

 ううむ・・

 「何か策はあるか、折田。」

 肘掛けいすの中からローエンさんがそう言うけど、

 「マンガをやめさせるのは無理です。」

 「おい。」

 「いや、その手の相談で、私が皆さんを止めれたためしがありました?」

 「そういえばそうだった。」

 そもそも私がこの世界に呼ばれたのは、エルデリンデ王女様のBL趣味を止めさせるためで、その後王太子様のヒギア作りを止めることも期待されたけど、どちらも火に油を注ぐ結果になったばかりか、逆に自分がオタ界に復帰するという結果に終わっている。

 「そんなに苦々しい顔をしないでくれ、魔導師殿。私はこれでもヒギア作りに誇りを持って取り組んでいるのだ。」

 王太子様がそう言えば、王女様の方はそれはそれは美しい笑顔で微笑んでくれた。

 「それでオリータ、」王女様が身を乗り出した。「先ほどご子息が何かにかまけて文書を見せなかったとか・・何か対策はうって?」

 「あ・・いえ、対策というか・・ダンナが一言言ってくれて・・あと、他にも眠っているお知らせがないかどうか、学校カバンを逆さにして中身ぶちまけて・・そしたら見たことのないお知らせがさらに見つかりました。」

 「逆さにしたら、さらに文書が・・!」

 「王女殿下、そのようなはしたないまねをしてはなりませんぞ!」

 「でも、他にもミルデとリルデのバッグに大事な文書が残っていたら?ナナイ、シュレジアを呼んできて。それにミルデとリルデのバッグも一緒に持ってきて。あ、お母様達に知られぬよう、こっそりとね。」

 ナナイさんが一礼して部屋を出る。ローエンさんがじとっ、と私を見た。

 「高貴な身分の王女殿下に、庶民の妙な知恵をつけおって・・」

 「とりあえず未知のお知らせがないか、確認は必要ですよ。」

 「そうよ、魔導師殿。王家の恥になるようなことはもう許されません。先日はエルベ殿が知らせてくれたから助かりましたが、そのような偶然はそうそうありません。」

 むう、とうなって黙ってしまったローエンさんをよそに、私とクローネさん、王女様は花びらを焼き込んだ薄手のクッキーを楽しむ。柑橘系と薔薇の香りが混じる濃いピンク色のお茶で身体が暖まる。

 「あの・・差し支えなければのお答えでいいんですけど、ルーテイル夫人さんの娘さんていくつぐらいなんですか?」

 「ああ・・ルーテイル夫人に結婚適齢期の娘は一人だけよ。来月、20歳の誕生日が来るわ。」

 「王女様と・・同い年・・?」

 「ええ・・ふ。うふふふ。」

 なぜか王女様はクスクス笑い出した。

 「あ・・姉上?」

 「私としたことが少々狼狽しすぎました。」

 「どういうことです?」

 「彼女なら、今は側室になるどころではないと思うわ。」

 「?・・王女様、ルーテイル夫人の娘さんをご存じなんで・・」

 そこにナナイさんが帰ってきて、話は中断した。

 「シュレジア様をお連れしました。」

 「失礼いたします。」

 ナナイさんの後ろから入ってきたのは、薄いグレーの長衣に白いエプロンをつけた初老の女性だった。シルバーグレイの髪をきちっとシニヨンにしてうなじで引っ詰め、めがねの奥では青い目が眼光鋭く光っていて、細身の体と相まってなかなか厳めしい雰囲気だ。

 「お言いつけ通り、第二・第三王女殿下様方の学院通学用バッグをお持ちいたしました。」

 青い目がじろり、と私を見た。目が合ったので立ち上がって挨拶する。

 「初めまして、オリータと申します。」

 頭を上げると、シュレジアさんはかすかにあごを上げ、私を見据えた。

 「初めまして。第二・第三王女殿下の乳母を務めております、シュレジア・ファラゼルと申します。」

 

 愛想も何もない、木が発したような声としゃべり方だった。

 「ご苦労でした、シュレジア。お母様方には知られていないわね?」

 「もちろんでございます。ですが、王女様方の許可無しに、バッグを調べるなど・・」

 「私も好んでしたいわけではありません。ですが、先日のようなことがまた起こらないとも限りません。」

 「それは私へのお怒りと受け取ってよろしゅうございますか?」

 ペンで空気に書けていたら、シュレジアさん以外の全員の頭上に?を並べていたところである。

 「私のしつけが行き届かない故、王女様方があのような不始末をしでかした、と仰せになりたいのでは?」

 私とクローネさん、ローエンさん、ナナイさんは顔を見合わせた。皆の顔にそこまで言ってない、と書いてあった。

 「叱責のために呼んだのではありません、シュレジア。貴女は妹達のためによく心を砕いてくれています。でも、あの子達ももう14歳です。我が身を顧みても、なかなか大人の言う通りにだけしたくない年頃です。とにかくバッグの中身を出してみます。まずはミルデから。」

 学生カバンにランドセルのベルトを着けた感じの通学バッグは、臙脂色に金の縁取りがつき、バックルが着いたベルトで蓋をするようになっている。

 「これは・・!!」

 私とローエンさんも思わずのぞき込む。

 「むむっ・・」

 「あれえ??」

 王女様は顔を上げ、シュレジアさんを見た。

 「教科書が入っていません!」

 「えっ!!」驚いたシュレジアさんが駆け寄る。「まっ・・」

 バッグの中は筆入れとおぼしきポーチと、紙が数枚はいっているだけだった。

 「なぜ教科書がないのかしら・・いいえ、それよりこの紙が未知の文書では?」

 「はっ!お待ちを、殿下!!」

 王女様が手を入れようとしたところを、ローエンさんが止めた。王太子様が問いただす。

 「何事だ?」

 「無礼をご容赦下さい。しかしながら、ごくごく軽微な呪いの気配があります。」

 「はあ?」

 「呪いだと?!」

 私と王太子様が開いた口がふさがらないでいる間に、ローエンさんの右手が光る。正確には右手にはめた超強力な魔具である指輪“リンベルク”が光る。光は徐々に手のひらくらいの魔方陣を作り、それが柔らかく変形して、ローエンさんの右手を手袋のようにすっぽり覆った。その手でバッグから紙をつかみ出す。

 「学院のものではなさそうね。」

 「学院がおうちへのお知らせに、呪いをかけたりしませんよね。」

 ローエンさんは白い石のテーブルの上に、その数枚の紙を広げた。見たところ何も書かれていない。

 「この呪いは、フロインデン女神の眷属で紙を司る神コゾのなしたものですな。紙に書かれたものを読もうとする者の手にいぼができる、簡易な呪いです。」

 ローエンさんが光る右手で紙から小さな魔方陣をつまみ出し、指を突っ込んでちょいちょい記号や文字をいじくると、魔方陣が不意にはじけて消えた。

 そして紙の上に徐々に何かが浮かび上がり・・・

 「「「「「「・・・・・・」」」」」」

 皆コメントに困る。

 全部がさっき見たようなコマ割りのマンガだった。裏に今後のプロットを書いたものもあった。余白に“この授業最低。”“早くお城に帰りたーい!”などと投げやりな字で書かれている・・このコマ割りは授業中にやったのね。

 「シュレジア、クローネの隣に座って。」シュレジアさんの顔色がちょっと悪くなっていた。「次はリルデの方を。」

 王女様と王太子様は、今度はやや慎重にカバンをのぞき込む。

 「な・・」

 「な・・?」

 「なぜ教科書が2冊ずつ入っているの?!」

 「はあ?!」

 「あ・・姉上、地理の教科書が3冊入っています!」

 「「「「「!!!!」」」」」

 シュレジアさんがふらりとソファの背もたれに倒れ込み、ナナイさんが慌てて水差しから水をくんで駆け寄る。

 「呪いはかかっていませんね?では、出しましょう。全て。」

 軽く力仕事なので私とクローネさんがその役目をかって出る。見た目になんかバッグが膨らんでいる気がしたのだが、こんなことになっていようとは。いや、待て。もしかしてこの大量の教科書の下に・・

 「やっぱり!紙が一杯入ってますよ!!」

 「呪いはないようですな。」

 バッグの底に、駿太の倍くらいの量の紙がぐちゃぐちゃになってつぶれていた。そこにいた者全員の背筋が寒くなる。

 「と・・とにかく一枚ずつ確認しましょう。」

 王女様の号令一下、具合の悪くなったシュレジアさん以外の全員で紙を広げていく。

 「『入学式・始業式の日程』・・これはいいわ、本人だけに関わることだから・・」

 「姉上、教科書販売の知らせが!!」

 「そ、それは口頭でご連絡いただき、代金をお持たせし、領収書も得ております・・」

 シュレジアさんが額に冷たい布を当てながら答える。

 「『運動会の実施について』・・これも口頭ね?私も聞いた記憶があります。『参観日のお知らせ』・・これは?」

 「両陛下にお二方が口頭でご連絡いたしまして、王妃陛下がおいでに・・」

 「姉上、もしや二人とも、文書をもらったその日、口頭でシュレジアや父上・母上に伝え、それで終わっているのでは?だから紙は外に出ず、バッグの底に眠ったままに・・」

 「ですが王太子殿下、参観日の告知文書には、出欠のどちらかを丸で囲み、提出せよとありますぞ。」

 「それも紙を忘れた体にして先生に口頭で連絡すればすみますよ、ローエンさん。基本、王様や王妃様がドタキャン・・ええっと、直前でやっぱり欠席とかすっぽかすとかするわけないと、学院側は思ってるでしょうから。」

 「シュレジアに伝えているだけよしとするべきなのかしら。いいえ、この妥協はしてはいけない気がするわ。将来公務として国の書類を扱うことが増えるはずだから、こんないい加減な処理をしているようではいけない。」

 「あ、これは・・うわ、王女殿下、学院の緊急連絡網です!」

 「シュレジア、今までこれが必要になったことは?!」

 「ご、ございません・・」

 良かった、と全員胸をなで下ろす。

 「あ、これ、学院の給食がお休みのお知らせ!!調理場大清掃のためで、先月3日間あったみたいです!」

 「そ、そ、それは聞いてございません・・ああ、なんということ・・姫様方のお昼食はいったい・・」

 「学院に向かう途中で何かお買いになっていったとか?ひまわりマート三口町店にそんな高校生がよく来ますが。」

 クローネさんの言葉に王女様がうなずく。

 「おそらくそうでしょう。学院の行き帰りに見る屋台の食べ物を食べたがっていたことがありました。」

 それからもいろんなお知らせが出てきた。

 教授の学会出席のため授業交換になる件、保健だよりみたいなの、図書館からの新刊紹介、さらなる教材販売のお知らせ、王女様方所属の学級だよりや学院校務部から出ている月行事予定・・

 「口頭で連絡すればすむか、それも要らない程度のものばかりね。」

 一生懸命発行しているであろう学院関係者さん方には失礼ながら、王女様はそう結論を下し、最後の一枚を開いた。

 これが例の、危うく王妃様がすっぽかしそうになった“母親の会”の集まりのお知らせだった。

 「これで終わりのようですな。」

 ローエンさんが言い、皆がホッと胸をなで下ろす。

 「あ。」

 「なんだ、クローネ。」

 クローネさんはバッグに手を突っ込んで底板を取り出した。そして、

 「やはり!何か見えたと思ったのです!」

 と、高々と紙を掲げた。

 さすが、“ランベルンの隼”の目・・しかして、その中身は?!

 ひっ、と息をのんだシュレジアさん。王女様と王太子様は呆然としている。ローエンさんは口が小さく開いている。私はそっと紙を手に取った。

 「『第一回学院理事会開催のお知らせ』。」

 タイトルだけでもヤバいにおいがぷんぷんする。

 「が・・学院の運営に関与する理事会は、学院長初め学院関係者と様々な身分・職業から選抜された者で構成されていますが、その筆頭・・つまり、理事会長は代々の国王・・つまり今はお父様です。学院は王都だけでなく国の隅々まで設置され、国の文化の根幹をなすもの。故にその理事会会議はとても重要な意味を持つのですがそれが・・」王女様の声が震える。「それが今夜だなんて!!しかも出欠を知らせる締め切りは5日前だわ!」

 沈黙が流れたのは、全員静かにパニックに陥っていたせいである。

 と、突然シュレジアさんががばっと跳ね起きて、よろけながら床に跪いた。

 「ああ!お許しください、王女殿下、王太子殿下!!全て私の監督不行届の結果!!今度こそお叱りを受けても当然です!!そう、これより責任を取って辞職のお願いを・・」

 「落ち着いて、シュレジア。」何とか微笑む王女様。「貴女は一生懸命やってくれていると言ったでしょう?まず、何ができるか考えましょう。」

 「そうだ、シュレジア、さあ、座ってくれ。何しろやんちゃな妹達だからな。」

 お二人の優しい言葉にむせび泣くシュレジアさんを、ナナイさんとクローネさんが介助してそっとソファに座らせる。

 「まずはクローネ。お父様の今夜の日程をエルベ殿に確認してきて。理事会のことはまだ、お父様のお耳には入らぬように。もちろんお母様にも。」

 「承知いたしました。」

 すぐに出て行くクローネさん。

 「シュレジア。」

 「は、はい。」

 「そろそろミルデとリルデが乗馬の授業から帰ってくる時間だわ。部屋で待っていて二人をここへ連れてきて。」

 「はい、必ずや。」

 「私も行こう。文句を言うなら兄の私が許さぬ。」

 王太子様が付き添ってシュレジアさんが出て行く。

 「魔導師殿。」

 「は。」

 「・・理事会員全員の記憶を操作する魔法はあるかしら。」

 怖ろしいお題が飛び出した。

 「記憶の神モシュネーについて、急ぎ調べて参りましょう。」

 ローエンさんが出て行く。

 最後に残った私は自ら申し出た。

 「この教科書、仕分けますね。でもなんでリルデレイチェ様は、ミルデリーチェ様の教科書まで持っているんでしょう。」

 「まったくだわ・・3冊目の地理の教科書の持ち主のこともあるし・・」

 5分後、3つの教科書の山ができあがった。

 一つはミルデリーチェ様の教科書、もう一つはリルデレイチェ様の教科書、もう一つは3人目の誰かの教科書。3人目の誰かは3人いた・・地理学の他に錬金術と経済学の教科書も1冊ずつあり、それぞれ違う名前が書かれていたのである。

 「間違って持って来ちゃったんですかね。」

 「・・自分の手の中に教科書が2冊あるのに、なぜ気づかないのかしら・・」

 「あ、でもウチの駿太もあったなあ、小学校3年生の時、図工の教科書が2冊カバンに入ってて、その日のうちにその子の家に連絡して、次の日学校で返させたんですけど。」

 「1教科ですからいい方です・・リルデは3教科です・・」

 「王女様、気を確かに。そだ、湖畔のヴィオラさんの最新刊、出ますよ!」

 「・・そう・・ですね・・」

 「あと、レルタリス姉妹の画集が出るそうです!」

 「なんですって!それは是非ほしいわ!!」

 王女様がやっと元気になった。

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