2-4 折田桐子、異世界の書店で働く

 「え・・月下のベルナさんが狙われている?!」シルスさんはカウンターから身を乗り出した。「どういうことですか?!」

 「詳細は・・不明だ。だが、この国に姿を見せると、城下の警備兵に捕縛されるかもしれない。故に、この折田さんをここの店員にしていただきたい。折田さんなら私にすぐに連絡が取れる。警備兵らに捕まる前に、何とかできるかもしれない。」

 シルスさんはちょっと考えてから言った。

 「わかりました。ここで働く件については問題ありません。月下のベルナさんも心配ですが、実は祖父が昨日腰を痛めまして。」

 「ナラハ殿が?」 

 「寝込んでしまったので、ちょうど人手がいるな~と思っていたところだったのです!普通の本の扱いは私がやらねばならないため、“例のもの”の処理をする人がほしかったのです。オリータさんなら安心してお任せできます!ただその・・お給金はあまり期待しないでいただきたいのですが・・」

 ここの書店の購買層は王族から貴族、高位の武官や神職といったハイソだったり専門職だったりが多い。故に一冊あたりの単価が高くなりがちな割りには、一般の国民が頻繁に来て買うことは少ないため、月々の売り上げは思いの外多くはない。

 「お給金はいらないですよ。私、一度書店の店員さんってやってみたかったんです。」

 「ホントですか?良かった・・よろしくお願いします。」

 「こちらこそです!」

 で、私はランベルン家のお屋敷から歩いて20分のこの書店で、店員さんとして働くことになった。

 だが、いざ待っているとなかなか来ないものである。

 ウスイホンの売り買いに来た人はそこそこいて、月下のベルナさん以外の神作家さんにも会えたりして、その上魔術や占い、歴史なんかの本を立ち読みしたりして、なかなか楽しい時間を過ごしてはいたが、1週間もたつとちょっと焦りが生じる。ランベルン家にあまり長くお世話になるのも何だなあ・・と思い始めた矢先だった。

 「折田さん、いますか?!」

 息を切らせたクローネさんが店に飛び込んできた。

 「どうしたの、クローネさん!」

 「王宮に来て下さいませんか?王女殿下の要請です!」

 「王女様の?」

 一体何が?シルスさんを探そうとしたら、もう一人店内に入ってきた人がいた。

 「・・あ!」

 クローネさんがガッ、と銀鼠色のローブ越しにその人の腕をつかむ。

 「ひょえっ?!な、なんですか・・痛いです!」

 「月下のベルナさん!」 

 私とクローネさんで慌てて彼女をカウンターの中に押し込んで、3人でしゃがみ込む。

 「何ですか、何ですか、これ・・あ、おりた・・お・・オリータさん。」

 「はい、オリータです。お静かに。」

 「月下のベルナ殿、ここに来るまでに誰かに会ったか?」

 クローネさんに聞かれて、月下のベルナさんはぶんぶんとかぶりを振った。

 「私、石の魔法で瞬間異動できちゃうので、家からここのお店の前までパッと・・」

 「ならば良い。貴女はその・・オタクか?」

 「ほえっ?!え、ええ、そんなようなものですが。」

 「では、オタクの神にかけて、包み隠さず話してほしい。貴女は他国の間者か?」

 「かんじゃ?」

 「月下のベルナさん、あなたに、この国滅亡の準備をしている工作員容疑がかかってるんだよ!」

 「め、滅亡?!なんですか、それ、ありえないです!工作員なんてとんでもないですっ!」

 「真実か?」

 「真実です!私はこの世界でただ、思う存分創作活動をしたかっただけで・・それ以外には何もしてません!」

 「・・・・」

 クローネさんの翡翠色の目が、じっとフードの中を見る。

 「折田さん、どう思いますか?」

 「オタクはオタクに、滅多に嘘はつかないよ。」

 「わかりました・・私も信じます。目に嘘は無いと思いました。とりあえず、放免します。すぐにここを出て・・いや、この国を出てほしい。さっき折田さんが言ったようにあなたには間者の疑いがかかっていて、捕縛命令が出ているのだ。」

 「マジですか?!」

 「さあ、急いで。私も立場上、捕縛命令が出ている者を見逃したとなると・・」

 私はうなずいた。

 「クローネさんに迷惑はかけられないよ、急いで。」

 「わ、わかりました。じゃ、これお願いします。先日シルスさんに頼まれた増刷分です。」

 「どうも。これ、前回の売り上げ分です。」

 「どうもです。それじゃ・・」

 胸元から出てきた魔石アイリストスを握りしめ、頭をたれたかと思うと、不意に月下のベルナさんは消えた。

 ほーっと、クローネさんは息を吐いた。

 「ありがとうねー、クローネさん。」

 「いえいえ、とんでもありません。私は折田さんを信じてます。“リンベルク”に選ばれしオタクの折田さんが信じるオタクなら、信じられる人でしょう。ところで、はったりをきかせたまでなのですが、オタクの神って本当にいますか?」

 そこは私も気になっていたが。

 「聞いたことないな・・」

 でも、日本には八百万の神様がいる。一人くらいオタク担当の神様がいるかもしれない。

 「ところで、クローネさんはなんでここに?」

 「あ、私は・・あーーーーっ!いけない、王女殿下の要請です!折田さんにすぐ来ていただきたいとのことなのです!」

 「王女殿下の要請ならば行きなさい、オリータさん。」

 ずしりと重い声がした。

 “書店マウステンの塔”店主ナラハさんが立っていた。背はそれほど高くはないが横がその背と同じくらいの幅の正方形な体格の方で、胸ぐらいまで伸びている銀色のひげも相まって実に貫禄がある。腰が完治していないので杖をついていた。

 「すみません、すぐ戻りますから。」

 「いや、以前国の危機を救った方であることは聞いております。存分に働くがよろしい。」

 いつの間にか来ていたシルスさんもうなずいた。

 「ありがとうございます。じゃ、行ってきます。」

 私とクローネさんは馬車に飛び乗り、王宮に向かった。

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