2-3 折田桐子、神作家に会う

 ウスイホンの買いだめに夕暮れのヴェルトロア王国王都ヴェルロアに繰り出し、一目散に一本の路地を目指す。そこは書店や美術品の専門街で、前回の訪問で何度か出入りしたので、今は顔なじみとなった本屋さんがある。

 「おや、オリータさん。」

 老舗の本屋“書店マウステンの塔”の店員シルスさんが、カウンターで微笑んだ。

 まだ20代前半だがいつ見てもこげ茶色の髪をきっちりシニヨンにまとめ、黒縁めがね(この世界にも私達のと同じめがねがある)に銀のイヤリング、全身黒の細身のワンピースで決めているので、かなり大人っぽく見える。

 「お久しぶりですね。」言うやいなやさっと周りを見回し、安全を確認してから私にささやいた。「あれから最新刊が続々入荷しましたよ。月下のベルナさんが二冊一気に新刊を出してそのうち一冊は新シリーズ始動です。『灰かぶりの騎士』に関する新刊は、今までに無い組み合わせが誕生して話題を呼んでいます。水銀のレルタリスさんが『湖畔の竜の物語』からの、水晶薔薇さんとディアラルンペルトさんが共同執筆で『氷棺の王子の物語』からのウスイホンを出しました。あと、有望な新人さんが何人か出ましたが、その中でも湖上のヴィオラさんという方がまあ・・すばらしい。お読みになります?」

 「なります。」

 もうおわかりでしょう。この方もこっち側の人です。同志です。

 もう一度さっと店内を見回すシルスさん。彼女のお祖父さんで現店主であるナラハさんの動向を探っているのだ。王国一の老舗書店にして王宮にも本を収めるこの店で、BLなウスイホンを扱うのはちょっとリスキーだ。でも、

 「若い女の子達が路地裏で一人本を売るのは、ときに危険なこともありますからね。」

ということで、シルスさんはお祖父さんに隠れて、作家さんから読み手へウスイホンの仲介を始めた。

 お祖父さんがいないことを確認すると、シルスさんは空中で手のひらを下に向けて水平に回した。白い魔方陣がフウッと光り、その下に大きな宝箱が現れ、カチリと音がする。箱が開くと中にはウスイホンがぎっしり、文字通り宝の山!でも急がねば。

 「んじゃ、まずは湖上のヴィオラさんのを。『灰かぶりの騎士』のギーズとジャレドものはありますかね。水銀のレルタリスさんの新刊と・・あと、これとこれとそれを。」

 「ギーズとジャレドものは今回は一冊だけです。あとはこちらに。」

 お祖父さんに見つかってはいけないので、素早く(クローネさんに借りた)お金を渡してデイパックに入れる。密輸業者ってこんな気分かな。

 「じゃ、どうも。」

 「またどうぞ。」

 目を合わせ、うなずき合って店を出ようとしたとき、銀鼠色のフードをかぶった人がささっと入ってきた。おもむろに懐から何か取り出してカウンターの上に置く。

 それは細い銀の針金を編んで作った、手のひらにすっぽり収まるくらいの丸い籠で、中に虹色に光る石が入っている。

 (魔石かな?)

 さっと引っ込めてしまったので、よくわからなかった。と、シルスさんが私を手招いた。

 「オリータさん、月下のベルナさんですよ。」

 は?

 「げ・・・月下のベルナさん?!あわわわわ・・」

 しー、しー、とシルスさんが必死に訴えてきて、私は思わず口を手でふさぐ。だが・・月下のベルナさんといえば、ウスイホンが出回り始めた頃からの書き手であり、絵も文章も上手くて、その独特な世界観と優雅きわまる作風は王女様も大ファンだ。『待宵薔薇―秘密の園の奥にて―』は増刷を重ねるベストセラーである。そんな神作家さんがここに!!

 「あああ、あ、あの、そうだ・・」デイパックからスケジュール帳を取り出して白紙のページとペンを差し出す。「サインお願いします!」

 「あ、サインですか?・・えっと・・え?!え・・?!あれえ?!」

 なぜかベルナさんは、とてもびっくりしている。

 「どうしました?!」

 「あ、い、いいえ、何でも無いです・・えと、サインとか無いんで名前でいいですか?」

 「はい、折田桐子さんへと・・あ、いや、この世界だからオリータです!」

 「お・・おおおおおおおり・・おり・・おり!!!!!・・・あああ、はいはい、オ、オリータさん・・ですね?はい、こ、こんな感じでいいですく?いや、いいですか?」

 何だろう、この狼狽。でもまあいい、異世界とはいえ神作家さんのサインだ、わーい!

 「今日も新刊買いました!帰ったら早速読みます!次の新刊、いつですか?冬コミ・・はここにはないか。でも、必ず買いますから!」

 「は・・はい・・ど、どうもありがとうございます・・」

 ベルナさんは例の二冊出した新刊の増刷分を持ってきたということで、シルスさんが手早く受付を済ませ、今までの売り上げを渡した。

 「毎度ありがとうございます。またどうぞ。」

 「は、はい・・ではまた・・」

 私にも小さく会釈をして、月下のベルナさんはそそくさと出て行った。

 「もしかして・・月下のベルナ殿とは相当に内気な方か?」

 今までずーーーーっと黙って事の次第を見ていた、クローネさんが言った。

 「ええ、そうですねえ・・いつもああやってフードを目深にかぶって・・あ、ウスイホンの作家さんが本を売りに来るときはだいたいそうなんですけど、あの方は特にこう目立ちたがらないっていうか・・さっときて用件だけ済ませてさっと帰るという感じですね。」

 「そうか・・」クローネさんは入り口から顔を出して通りを見た。「もういない。」

 「早っ。走って帰ったのかな。」

 後にはかすかにシトラス系の香りが残っていた。

 顔を知られないまま、残り香だけを残して、あっという間に姿を消す神作家。

 ちょっと神秘的だ。


 帰りの馬車の中、ウスイホンをほくほくとめくっているとクローネさんが言った。

 「折田さん、今夜は我が家に泊まっていきませんか?少し確かめたいことがあるのです。ローエン様に聞くのが一番良いと思うのですが、もう夜になりますので・・」

 「私は良いけど・・確かめたいことって?」

 「先ほどの月下のベルナ殿が持っていた魔石です。私の目が確かならば、あれはとんでもないものです。」

 「え・・そうなの?」

 「ですが私は魔石にはあまり詳しくはないので、ローエン様にご教示を仰ごうかと・・転移はまだ2人で行った方が安全のようなので、ローエン様と話したあとで帰ろうと思うのです。」

 「私は大丈夫だよ。」

 王国と日本の往来にはタイムラグが発生しないので、こちらで数日過ごしても、出発した直後の時間に帰れる。晩ご飯の支度に問題は無い。

 「魔石の話も聞いてみたいし。いきなり泊めてもらう方が逆に恐縮だけど・・」

 「それはご心配なく。私の客人ですし、使用人達も折田さんにまた会いたいと常々言ってましたから。」

 にっこり笑ったクローネさんの言葉に照れながら、私はまたランベルン家にお世話になることにした。


 翌日。

 「・・全く、今回もまた王太子殿下の趣味を野放しにしおって。」

 「そこはそれ、王女様も手打ちにしましたから。」

 今日は良い天気で、ローエンさんの工房も窓から陽光がさんさんと降り注いでいる。おかげで、ローエンさんのつるりとした頭からの照り返しがまぶしい。

 「それでクローネ。その月下のベルナとやらが持っていたものが、虹色に光っていたことは間違いないか。」

 「はい。」クローネさんはうなずいた。「見たのは一瞬ですが、間違いありません。」

 「うむ。“ランベルンの隼”の目ならば確かであろう。」

 ローエンさんは、壁を埋め尽くす本棚から厚い本を一冊手に取った。

 「『魔石大全』・・この大陸に産する全ての魔石それぞれの名称と、特性について記した本だ。さて、色別索引・・虹色は・・462ページ。」

 「ローエン様、虹色の魔石はそうはなかったと思いますが・・」

 「うむ。魔石は現在365種類が知られておるが、虹色のものはこの“アイリストス”のみだ。」

 開かれたページをのぞき込むと、魔石の名前の下に金箔で押された星が9つついている。

 「この金の星は何なんです?」

 「希少度を表しておる。星が多いほど希少度が高く、最高は“ダムトス”の10。10となるのはダムトスのみ、9がこのアイリストスを含む数種。」

 「希少度が高い上に唯一虹色に光るって、すごくないですか。」

 「うむ。9の星の魔石を持つのは我が国では“ヴェルトス”“フォスストス”を国王陛下が併せて3つ、王都神殿の大神官殿がヴェルトスを1つ所有しておる。ガルトニでも王が数個、神殿に数個所有すると聞く。他にも東の隣国ツボルグ王国の王と大神官が併せて3個、西方の都市連合に設立された大陸の最高学府・トリスメギス学術院の魔法学部長が1個所有しておる。」

 「9の星の所有者って・・結構ヤバくないですか?王様クラスの方々が持ってる感じですよね?」

 「左様。その9の星の中に含まれるアイリストスもまた、所有するのはそれ相当の身分でなければならぬということだ。」

 私はクローネさんを見た。

 「つまり、そのくらい貴重な石を持っていた月下のベルナさんは・・」

 「一体何者なのでしょうか?」

 確かに・・何者なんだろう?ただの神BL作家さんじゃないんだろうか・・?

 「昨日書店を出てから姿を消すのが随分早かったのも、魔石の力でしょうか?」

 「うむ、アイリストスならできるだろう。魔石は各々特性として様々な力を持つが、アイリストスには転移する力の記載がある。だがなんといってもこの石の最も優れた点は、望むままにものを創造する力だ・・といっても、命無き物に限るがな。虹色は奇跡の色。故にこの石も奇跡を宿すのだ。ちなみにいっておくが、お前達の石には元来転移の力は無い。この“リンベルク”の持つ転移の力を付与しただけだ。どちらも星の数は6程度、石の魔力と希少性は比例する故、転移などと高度な領域の力は無いのだ。」

 「そういう細工をしてくれたために、あの指輪を作るのに3日かかったんですね?」

 「そういうことだ。篤く感謝して、以後呼びかけにはすぐ応えろ。」

 「それとこれとは別です。」

 ぐぬうー・・とにらみ合ったあと、ふん、と鼻を鳴らしてローエンさんは歩いて行き、窓際に置かれた丸机の側に立った。その上には机一杯の大きさの白い何かがある。

 「クローネさん、あれ何?」

 「王国の模型です。王国の地理と地形を正確に再現しています。」

 ローエンさんが手をかざし何かつぶやくと、手の下に黄緑色に光る三角形が浮かび上がった。三角はつながって数を増やし、最後には模型を覆う半球のドームになった。

 ローエンさんは目を閉じ、手をかざしたまま数秒黙り込み・・

 「王国内には、もうアイリストスはない。」

 とつぶやいた。

 「わしの結界にて探索したが、9の星の魔石の気配はこの王宮と神殿以外にはない。」

 「おお、結界とか魔法っぽい!」

 「魔法だ!とにかくそのアイリストスの持ち主は、今この国にはおらんということだ。」

 「普段どこに住んでるのかな。王国以外の場所は調べられないんですか。日本の陰陽師みたいに、式神とかぱーっと飛ばして。」

 「シキガミ・・はよくわからんが、魔法で調べようとすれば各国の魔法結界を突破して、国内に侵入せねばならん。他国の魔法結界を魔法で破ったとなると外交問題になるわ。」

 「そりゃまずいですね。」

 「うむ。だが、その月下のベルナ・・気になる。」

 「本、読みます?!」

 「読まんわ!目を輝かせるな!他国の間者ならばどうするのだ、という話だ!」

 「間者ですって!」

 「間者ですと?!」

 「そうだ。ウスイホンを広め、我が国の誇る“黄金の白百合”たる王女殿下を男同士の恋愛に夢中にさせ・・王女殿下のみならず、侍女や城下の娘達にその文化を広げるのに一役かっているのだろう!王女殿下はじめ、娘達が普通の男女の恋愛に興味を示さなくなればどうする?この国は滅んでしまう!その種をまくために送り込まれたのかもしれぬ!」

 日本の忍者にも何代にもわたって敵国に潜み、活動する人達がいたと聞くが・・

 「あー、それ心配しすぎ。王女様は結局ヨシュアスさんと、ちゃんとお付き合いしてるじゃないですか。」

 昨日ご飯を食べながら聞いたところによると、すでに十数通のお手紙が往来しているそうだ。はにかみながら嬉しそうに語る王女様は実にかわいらしかった。

 「それに・・別に男同士だって一生懸命恋愛して、一生懸命子育てしてる人もいますよ。あと、オタクだって普通の恋愛と結婚は可能!オタク封印期とはいえ、私だってちゃんとダンナと結婚して、子どもも2人産んでるし!国の滅亡とかちょっと大げさだと思いますけど。」

 「むむ・・」 

 私の反論に苦々しい顔をしつつ、ローエンさんは椅子に座った。

 「ま、まあ、アレだ、国の大事にあたるかどうか、証が立たぬうちはわしは月下のベルナが間者であることを疑うぞ。なにせ希少な魔石を持っているのだ、ただ者ではあるまい。次に現れたときは捕縛して、じっくり話を聞かねばな。」

 「捕縛って・・ちょっと、まさか拷問とかしないでしょうね。」

 「国のためだ、吐かんと言うなら手段は選ばん。」

 「えー・・」

 手をけがされたら作家活動に支障が、と思ったが、間者とか言われては反撃しづらい。ローエンさんの危惧はほぼほぼいらん心配だと思うけど、絶対というものは世の中にはない・・

 ローエンさんはお弟子さんの一人を呼んで、メモを手渡した。

 「法務官にこれを届けよ。間者の疑いがある者が城下に出没しておる故、一応捕縛して尋問することを推奨するとな。」

 「いや、ちょっと・・」

 「お前達も次に会ったらすぐに捕まえるか、城下の警備兵に知らせよ。いいな?よし、ではそろそろ帰れ。弟子達が実習に来る。」

 「・・・・」

 「・・では・・」

 廊下に出て、しばらくは二人とも無言で歩いた。

 はじめに口を開いたのは、クローネさんだった。

 「折田さん・・あの月下のベルナ殿は間者に見えました?」

 「いやあ・・間者って会ったことないんでよくわからないけど、私には内気な普通の女性としか・・」

 「私もです。間者であれば少しくらい武術の心得があるものですが、あの人は最初から最後まで隙だらけでした。ローエン様は考えすぎだと思うのですが、やはり希少な魔石を持っているということが、どうも引っかかります。」

 うーむ・・目的達成のために、高位の人間から希少な魔石を預けられて任務に当たっているという可能性もなくはないか・・

 「何とかして会えないかな・・また増刷分や新作を持ってこの国に来たら捕まっちゃうよ。そしたら、王女様や私を含め、ファンの子達が涙に暮れる!」

 「・・えーと・・はあ・・どうしたものかなあ・・」

 悩んでいるクローネさん。そうか、王国近衛騎士団長としては、これは悩むことではない。王女様や私が絡むから悩んでくれているのだ。

 「もう一度あの方に会えないでしょうか。警備兵やローエン様に先んじて接触し、真相を確かめれば、何とかなるかもしれません。」

 「でも、どこに住んでいるのかわからないしねえ・・あとは・・次に来るまで“書店マウステンの塔”に張り付くとか?」

 クローネさんは私を見た。

 「折田さん。そうしましょう。多分、一番会える可能性が高そうです。」

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