1-5 指輪は折田桐子を導く
2日後。
今回の件が大広間で高官の方々に伝えられた。
ヨシュアス殿下から縁談が来て、それを断ったために戦争になりかけたところまでは皆さん知っていて(もちろん王女様が断った本当の理由は秘密だ)、その危機が回避されたということに皆さん安堵のため息を漏らした。
私は皆さんに会ったことがなかったが話は伝わっていたようで、クローネさんとローエンさん共々拍手喝采を受けた。そしてローエンさんには魔法研究費の増額が約束され、クローネさんと私には小さな木箱が贈られた。
中身はおそろいの指輪だった。
ちょっと幅広の銀の台に、クローネさんのものは真珠色の、私のものは黒の石がはめ込まれている。
「ローエンが作り、わしと王妃がそなたらに贈る。どうじゃ、気に入ったか?」
「「はい!」」
「“リンベルク”にお前達に最もふさわしい石を探させ、取り付けた。クローネ、その石はパレトス。授けられた言葉は“純粋”だ。」
うわー純粋ですって、とクローネさんが照れる。
「そして、折田。その石はブラゲトス。その意味するところは“信念”。」
おう・・“信念”とな。
指輪を見ると、石のつややかな黒の光がこう言っているように見えた。
『自分が信じるべきと思うものを信じて』、と・・
(うん、いいね。それでいこう)
何かが体内にわき上がってくる。
それはとてもすばらしい、希望に満ちた何かだった。
私は王様、王妃様、そしてローエンさんに心の底から感謝した。
「その指輪には距離を縮める力があるそうな。そうだな、ローエン。」
「はい。」ローエンさんが一歩進み出た。「指輪の持ち主が強く念ずれば、行きたいと思う場所にたちどころにいける能力を備えております。また、強く念じた思いを届けることもできます。」
「うむ。オリータには此度の功労者として、いつでも好きなときに我が国を訪問してもらいたい。姫も望んでおるのでな。」
見ると、王女様が小さくうなずいた。
これはちょいちょい来てもらって美少年談義をしたい、みたいな感じだろうか。
「こんな私にそこまでして貰ってありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます。」
大広間を出て私はローエンさんにお礼を言った。
「ありがとうございます。2日間大変だったでしょ?」
「なに、大したことはない。王女殿下のためを思えばな。お前も己の責任と立場を自覚しておるようだし。」
「・・はい?」
「結局病を治せておらぬ件だ。」
「ああ・・はい。それはまあ・・いや、王様と王妃様には申し訳ないと思ってるけど、真相を知っている私達的にはケリが付いたと思ってましたけど?王女様は病気じゃないってことで。」
「いや、わしはお前の責任を追求するぞ。ついてはその指輪には呼び出し機能をつけた。光を発したときはお前に用があるときだ。」
「そんなお風呂の満水を知らせるみたいな・・で、どーしろと?」
「光ったらすぐさま駆けつけろ。」
「無茶だ!」
「だまれ、病を治すどころか、火に油を注ぎおって。なんじゃあのウスイホン30冊は!」
「だからー!王女様には何の問題も無いんだって!あの件以外はちゃんとしてるでしょーが!」
「やかましいいわ、純真で清らかな何も知らなかった頃の王女殿下を返せー!」
「知らんがな!」
「ちょ、ちょっと、お二人とも!」
一緒に出てきていたクローネさんが割って入った。
大広間のドアがギギギと開き、両陛下と王女様、その他お偉方が出てきた。
「おお、その方ら、まだここにいたのか。」
王様がにこにこして言った。
「は、陛下・・その・・」
オロオロするローエンさんがちらちら私を見る。この間のお見合いの時と言い、いざというとき役に立たんヤツ!
「え、えと、その、」私の目に王都に向かって広がるバルコニーが見えた。「ここから見える景色の話をしてました!いや~、ほんとにきれいですよね、ローエンさん!」
「おお、そうだとも、我らが誇りとする王都ヴェルロワだからな!いや、あれだ、本当にここを第二の故郷と思っていつでも来ると良い。いつでも、な!」
「え・・いやあ、そう何度も来ちゃご迷惑では?」
ひっそりとローエンさんに反撃を試みると、それに応えたのは別の人だった。
「そんなことはありません。いつでも遠慮無く来て良いのですよ。」
優雅な微笑みでそう言ったのは王妃様。
「そうだとも。ローエンの言う通り、ここを第二の故郷と思ってよいのだ。それにそなたの国のことも色々と聞かせてほしいものだ。」
後ろに手を組んで鷹揚に言ったのは王様。そして最後に・・
「ええ、私もニホンの文化についてもっとよく学びたいと思います。」
王女様・・知りたいのはごく一部の偏った文化ですよね。
「これでは無沙汰はできんな、折田よ。わしも待っておるぞ。はっはっはっ。」
そう笑い捨てて、ローエンさんは王様達と立ち去っていった。
黙って見送るしかない私の肩をそっとたたいてくれたのは、クローネさんだった。
すぐ日本に帰ろうと思っていたけど、入れ替わり立ち替わり私への訪問客が来て、なかなかそのタイミングがない。
私の存在は語られてはいても顔は知られておらず、その割りいきなり華々しく外交の場に登場しちゃったので、皆が興味津々で・・まあ、観光客みたいなものだ。
3日ほどでやっとそれも落ち着いたので、いよいよこの国に別れを告げることになった。
ランベルン家にお世話になって数日、窓から見える美しい花と緑の町並みになじんできたところだったし、クローネさん始め、ご家族やお屋敷で働くスタッフの方々とも仲良くなっていたので、いざ去るとなるとちょっと寂しい。
ところがクローネさんが妙なことを言いだした。
「あ、私も日本に戻りますよ。」
「へ?なんで?もうお仕事は終わったんじゃないの?」
「あー・・それがですね。武者修行というか、社会勉強です。つまり、もうしばらくあのコンビニで働きながら、時々帰ってきて軍務もこなします。父が言うにはコンビニで働き出してから私は礼儀正しく気が利くようになった、その調子でもう少し世間の荒波にもまれるとともに、お世話になった店長さんに相応のご恩返しをしてくるようにと。」
「ほおほお。じゃあ、またあのコンビニで会えるんだね。」
ちょっとホッとした。
「私の指輪にも自由に日本への往来ができる力があるので、しばらくは近衛騎士団長とコンビニ店員の二重生活です。」
「大変じゃない?大丈夫?」
「いえいえ。こんな経験はそうそうできるものではありません。楽しみです。では早速ですが行きましょうか。確か店長さんが品出ししていたので、お手伝いしないと。あ、その前に・・」
クローネさんはコンビニ店員の制服に着替えてきた。
「よし、行こう。それでは、え~・・日本の某県天馬市の~クローネさんのコンビニ~コンビニ~・・」
指輪全体が突然光を発したかと思うと、次の瞬間、私達はあのコンビニに立っていた。
前と同じで時間はたっていない。あちらでは10日近く過ごしていたので変な感じ。
店長さんは小柄な体でパワフルに棚に商品を並べている。
ふと、レジ横のケースに並ぶ唐揚げが目に付いた。
ふむ、今日は葉物のサラダにこれをのっけてみようか。肉と一緒なら野菜嫌いの沙緒里もなんとか食べるんじゃないかな。
「すいませーん。」
呼びかけると、クローネさんがはーい、とやってきた。
向かい合うと、お互い何となく笑顔になる。
「唐揚げチキンくんのノーマル二つ下さい。あ、ダンナのつまみ用にチリペッパー味も一つ。」
「かしこまりましたー!」
「あ、袋も下さい。」
「はい、一枚3円になりまーす・・こちらおつりです。毎度ありがとうございます!」
「どうも。んじゃね。」
「はい。」
私は手を振って自動ドアをくぐった。
「どうもありがとうございました、またどうぞー!」
クローネさんの明るい声がガラス戸の向こうから聞こえてきた。
駐車場に駐めてあった車に乗り、木箱を開けた。
指輪は確かにそこにあり、私が日本と違う世界を行き来したことを証明していた。
ほおを赤く染めていた王女様を思い出した。ウスイホンを見てはしゃぐ王女様も。
昔の自分を思い出す。
オタクの自分も一回の県臨時職員で2児の母で平凡な人妻の自分も、全部私なんだ。
(まあ、半年ぐらいしたら王女様のところに顔出ししてみるかなあ・・)
オタク仲間と話すのも久しぶり・・ちょっと楽しみになってきた。
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