日和姫

夏伐

日和姫

 俺の地元ではてるてる坊主を作るときに、着物を着せてやることがある。

 山に住んでいる日和姫ひよりひめに晴天を願ってのことだ。


 日和姫は山の中腹あたりの洞窟に住んでいる。たまにその姿を見る人がいるが、顔だけはどうしても見たらいけないらしい。


 あるとき、家のじいさんが窓を見ながら言った。


「今日は姫さんがいるから晴れだぞ」


 俺はどうしても日和姫が見たくなって、日和姫のいると言われている山に登った。


 洞窟は確かに存在して、何となくそのあたりの空気が清々しい。

 少し時間が経った頃だと思う。

 洞窟の中に人の気配がした。


「日和姫、ですか?」


 何となく、そうだ、と言っている気がした。


 そうやって『何となく』の感覚で会話をしていると、日和姫はとても良い人だった。晴れている日、俺は洞窟に毎日通った。


「あの、なんで顔をみちゃダメなんですか?」


 日和姫は途端に怒ったようだった。


「あ、傷つけたならすみま――」


 今まで何もいなかった、気配だけがあった方向に女の顔が浮かび上がった。

 般若みたいだ。

 でも、とても美しかった。


「綺麗……」


 そう言ったら日和姫の顔から怒りが少し減ったように思う。


「あの、俺と結婚してもらえませんか……!! 昔話で人間に化けた狸や狐がいます! だから、あーいやあの……貴女さえ良かったら、おれ、僕と」


 バカだと思うけど、本当に言ったんだ。

 いきなりプロポーズはないよな……。


「――町はずれの家に住んでいる和晴という者を訪ねなさい」


 そんな声が聞こえた。それが日和姫との最後の会話。

 以来どんなに晴れていても俺だけは姿どころか気配すら感じることができなくなってしまった。


「じいちゃん、和晴って人知ってる?」


「あー、あのバカ野郎か」


 じいちゃんに聞くとどうやら知っているらしい。

 俺はすぐに和晴さんに会いに行くことにした。


 その人の家系は晴れ女・晴れ男ばかり。山神の子孫と呼ばれている人だった。


 その人の家に向かう途中、日和姫が歩いていた。

 恰好は現代風だけど、あの顔を俺が見間違えるはずがない!


「ちょっと待ってください!! なんで俺に会ってくれなかったんですか!? ずっと通っていたのに……」


 俺はすぐに話しかけた。


 はあ? と言われてしまった。どうやら別人のようだった。


「ふざけているんですか?」


「あ、すみません……人違いでした。あの、この近くに和晴という人が住んでいると聞いたのですが」


「和晴は私の父です」




 長いと思うだろうけど、これが俺たちの馴れ初め。

 奥さんはとても美人なんだけど、子供は俺に似たのか平均に近い顔をしてる。彼女にはお世辞で「お父さん似で良かったわね」と言われているようだ。


 全く。

 みんな目が変なのか?


 子供たちは晴れ女でも晴れ男でもない。日和姫にそっくりな人間は山の神さまの加護を受けていると言われていた。

 奥さんは瓜二つ、彼女は本当に晴れ女だ。


 子供たちは神さまの加護なんて迷信は得られなかったけれど、俺は美しい神様に縁結びしてもらって、今とても幸せだ。

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